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平均報酬は年1170万円…上場企業で増殖する「女子アナ出身の社外取締役」という日本固有の謎トレンド

プレジデントオンライン / 2023年12月15日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/champc

■福原愛氏が上場企業の社外取締役に

卓球Tリーグの「琉球アスティーダ」を運営する琉球アスティーダスポーツクラブは、2021年12月、オリンピック2大会連続のメダリスト、福原氏を社外取締役に迎え入れました。福原氏を選んだ理由は以下の通りです。

福原愛氏は、日本だけでなくアジアでも認知度が高く、卓球業界における豊富な経験と幅広い見識を有しております。

それらの知見を当社の企業価値向上に活かし、かつ独立した立場から取締役会の意思決定の妥当性、相当性を確保するための助言・提言をいただける人材であると判断したため、当社社外取締役に選任いたしました。

福原愛氏の就任により、当社のアジア戦略も加速してまいります。

同社の代表は、ベンチャー企業の支援などを行ってきた実業家の早川周作氏です。「琉球アスティーダ」は、2018年の秋に開幕した日本初のプロ卓球リーグ、Tリーグに参戦しました。最初のシーズンで最下位になり苦杯を喫しましたが、2021年2月にTリーグ優勝を果たし、同年3月に、プロスポーツチームの運営会社として日本で初めて、東京証券取引所「プロマーケット」に上場しました。

プロマーケットは、だれもが投資家として自由に市場参加できるプライム、スタンダード、グロース市場とは異なり、株式投資の知識や経験が豊富なプロ投資家に限定しています。

■なぜ1年半で辞めてしまったのか

早川氏は「福原さんを将来的には主要な経営メンバーとなるように、育てていきたいと考えています。今の日本の卓球界があるのは、彼女がいたから。僕は卓球とはまったく関わりがなかった人間ですが、スポーツ選手のセカンドキャリアとして、卓球の一時代を作り上げてきた選手が、上場会社の経営に携わって、という1つの形も示したい。これから2、3年をかけて、経営のノウハウもしっかりお伝えしたいと思っています」と高らかに宣言しました。

しかし、1年半後の今年6月、福原氏は社外取締役を退任。就任時やイベントに参加したときはニュースリリースを頻繁に出しましたが、退任時にはリリースを出していません。

チームの一選手が辞めるときはリリースを出し、早川会長がコメントも寄せているのに、社外取締役の辞任という重要な経営マターでは口をつぐんでいます。上場企業として説明責任があるはずです。

福原氏は、なぜ社外取締役を辞めることになったのでしょうか。なお、福原氏は2021年7月に離婚していますが、社外取締役に就任する前なので、それを理由に退任したとは考えられません。

不可解な女性社外取締役の就任、退任のケースは他の上場企業でもあります。インターネット証券最大手のSBI証券を傘下に持つSBIホールディングスです。

■フリーアナからフリーアナへ交代

SBIホールディングスは、2019年6月、NHK出身のフリーアナウンサー、久保純子氏を社外取締役に選任しました。

翌2020年6月、TBS出身のフリーアナウンサー、竹内香苗氏を社外取締役に選任し、久保氏は退任となりました。

久保氏も、竹内氏も、SBIホールディングスの代表取締役会長兼社長の北尾吉孝氏がナビゲーターとして財界人や文化人を招いてトークをするテレビ番組で、アシスタントを務めていました。テレビ番組のスポンサーはSBIグループです。

久保氏が1年で退任した理由は明らかにされていません。株主総会の取締役選任の決議では、久保氏への賛成率は98.2%で、北尾氏の96.7%を上回っており、株主からは支持されていたようです。

では、SBIホールディングスが久保氏、竹内氏を社外取締役に選任した理由はどのようなものだったのでしょうか。

■2人の選任理由は「1字違い」だった

久保純子氏の場合

社外取締役候補者とした理由

久保純子氏は、「女性の視点に立った経営戦略」が重要な当社にとって、その分野に極めて高い知見を有しております。家計における金融サービス選択の実質的な権限を女性が持つことが益々進んでいる状況下、女性の視点に立った商品開発が重要になっており、この「女性の視点」を取締役会においても有し、強化することが当社の大きな課題です。

また、メディアを中心に、過去及び現在幅広く活躍しており、当社グループの事業・産業に対する専門的知見を有する取締役とは異なる新鮮な視点で当社の経営を監督し、多くの個人株主を含む当社のステークホルダーの皆様のご意見を取締役会に反映するという点についても、適任であると判断したため、新たに同氏を社外取締役候補者といたしました。


竹内香苗氏の場合

社外取締役候補者とした理由

竹内香苗氏は、「女性の視点に立った経営戦略」が重要な当社にとって、その分野に極めて高い知見を有しております。家計における金融サービス選択の実質的な権限を女性が持つことが益々進んでいる状況下、女性の視点に立った商品開発が重要になっており、この「女性の視点」を取締役会においても有し、強化することが当社の大きな課題です。

また、メディアを中心に、過去及び現在幅広く活躍しており、当企業グループの事業・産業に対する専門的知見を有する取締役とは異なる新鮮な視点で当社の経営を監督し、多くの個人株主を含む当社のステークホルダーの皆様のご意見を取締役会に反映するという点についても、適任であると判断したため、新たに同氏を社外取締役候補者といたしました。

2人の選任理由で異なっているのは、2段落目の「当社グループ」と「当企業グループ」だけ。竹内氏の選任の説明のほうが1字分多い。この説明では、女性であれば、だれにでも通用するフレーズです。

■士業以外の女性社外取締役が続々誕生

女子アナに限らず、女性タレント、女性アスリートの社外取締役が増えています。社外取締役選任の理由は、いずれも似たようなものです。

【図表】異分野からの女性社外取締役 一覧表1
筆者作成

女性の社外取締役が不足しており、女性の弁護士、公認会計士・税理士など、士業(しぎょう)の高度な専門家に白羽の矢を立てました。それでも足りず、女子アナ、女性タレント、女性アスリート、女性の記者・評論家、作家、宇宙飛行士などに声が掛かるようになりました。

【図表】異分野からの女性社外取締役 一覧表2
筆者作成

■上場企業は女性の積極登用が急務に

プライム市場の上場企業で、女性の取締役が1000人ほど不足していると言われていますが、それは、株式市場や政府などから要請があったためです。

上場企業への投資環境の整備が進む欧米の動きに応じて、2015年6月に日本に導入されたのがコーポレートガバナンス・コード(企業統治のガイドライン。CGC)。東証一部、二部上場の企業に対して、独立社外取締役を2名以上置き、これを遵守(コンプライ)しない場合は理由を説明(エクスプレイン)することが求められました。

3年ごとに改訂が行われ、2021年6月に東京証券取引所は「改訂コーポレートガバナンス・コード」(2021)を出しました。プライム市場に上場する会社に、一段と高いレベルの取締役会構成の独立性を要求し、「独立社外取締役を少なくとも3分の1以上、必要と考える場合には過半数」という基準が示されました。

従来、東証一部、二部といった枠がありましたが、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に再編され、プライム市場は上場基準や要件が厳しい証券市場です。

改訂コードでは、管理職における多様性の確保、女性・外国人・中途採用者の登用を求めており、取締役会の多様性を促しています。その核になるのがジェンダーの多様性、すなわち女性の登用です。

■社外取締役は「目標達成」にちょうどいい

政府も「女性版骨太の方針」で、女性活躍・男女共同参画社会の実現を目指してきましたが、今年6月に公表した「女性版骨太の方針」(2023)で、プライム市場の上場企業を対象にした数値目標を策定。2025年をメドに、女性役員1名以上を選出し、2030年までに、役員の女性比率を30%以上にすると定めました。

女性の社外取締役を増やせば、「女性役員の登用」「社外取締役比率のアップ」という2つの要求を満たせます。

日本での女性の登用は海外と比べ、お粗末な状況です。各国の要人が一堂に会し、各種の会合を行う「ダボス会議」で知られる、スイスの非営利財団「世界経済フォーラム」は今年6月、世界146カ国のジェンダー・ギャップ指数(GGI)を発表しました。

政治参画、経済参画、教育、健康の4つの分野での男女比を示した指標です。日本の総合スコアは125位で、韓国の105位、中国の107位よりも低い。

政治参画が著しく劣っており138位、経済参画は123位と下位に甘んじていて、女性の経済参画を促すには、女性の管理職、女性の役員を増やすことが必須です。

機関投資家や株主に大きな影響力を持つ議決権行使会社の中で、女性取締役がいない企業に対して、代表取締役の選任案への反対を推奨する動きが広がっています。上場企業側にとっては、とにかく女性取締役を置きたい。

その点、社外取締役が格好のポジションと言えます。女性の管理職が少ない日本では、当然、女性の取締役も少ない。女性比率のかさ上げに大いに貢献できるのが女性の社外取締役なのです。

■女性取締役は13.9%で、30%にはほど遠い

企業統治(コーポレートガバナンス)のコンサルティングや助言を行うプロネッドが今年8月に発表した「2023年 社外取締役・社外監査役白書」によると、東証プライム上場企業1829社の取締役のうち、社内の女性取締役はわずか1.6%。社外の女性取締役12.3%を加えても、女性の取締役は13.9%に過ぎません。

女性の社外取締役の主な経歴は弁護士等が26.8%、大学教授等が15%、公認会計士・税理士が12.9%、政府機関出身が11.4%で、上場会社の役員経験者は6.7%と、低い数字に留まっています。

女性の社外取締役不足が、女性のアナウンサー、タレント、アスリートなどへと向かわせている要因です。「株主が納得する女性の社外取締役が欲しい」「見栄えのする女性の社外取締役はいないか」といった声が上場企業から上がっています。

■「5社掛け持ち」の女性社外取締役は6人

そのため、複数の企業の社外取締役を兼任するケースが増えています。プロネッドの「2023年 社外取締役・社外監査役白書」は、東証の全上場企業3772社の社外役員の分析を行なっており、5社の社外役員を兼務する女性社外取締役は6人、4社を兼務するのは43人に上っています(地方証券取引所への上場企業の社外取締役と、取締役就任を含めると6社のケースもあります)。

「社外取締役に多くのことを望まない」と企業側が考えているのなら、「何社兼務しようと、取締役会に出席してもらえれば、形が整う」というのが本音かもしれません。ちなみに、福原愛氏の出席率は5割。多くの社外取締役は9割以上の出席を目指しています。

「女性の社外取締役がほしい」というニーズによって、勢いづいているのが社外取締役マッチングビジネスです。図表3に示したように、女性の社外取締役を紹介するサービスが続々と登場しています。「社外取締役になりたい」という女性の希望者も多く、登録者数は増えているようです。

【図表】主な社外取締役マッチングビジネス
筆者作成

■社外役員の平均報酬は年間1170万円

日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門が、TOPIX500社の役員報酬の支給実態調査を今年11月に公表しましたが、社外役員の1人当たりの年間平均総報酬の中央値は1170万円。社外役員の定義は、社外取締役(監査等委員を含む)と社外監査役を指しています。

5社の社外取締役を兼務すれば5850万円、4社の兼務の場合は4680万円の報酬を得られるのだから、社外取締役になりたいのも無理もないと言えます。

取締役の重要な仕事は、取締役会に出席して意見を述べ、意思決定案件に賛成、反対の意思表示をすること。社外取締役には、特に、社内の経営陣では気付かないような意見、外部の視点から、客観的なアドバイスや提案をし、法令遵守(コンプライアンス)、企業統治(コーポレートガバナンス)の問題点を指摘する役割があります。

しかし、社外取締役の適正や企業への貢献度を測ることは難しいのが現状です。公表されているのは取締役会への出席率と、実績を紹介した短いコメントぐらいで、社外取締役が経営陣にどのような注文を出したのか、苦言を呈したのか、企業価値の向上にどのような役割を果たしたのか、判断する情報はほとんど公開されていません。

■果たして「数合わせの起用」なのか?

女性の取締役への登用は、経営の適正化やガバナンス向上のための起爆剤であるはずなのに、女性の選任自体が目的となっているように思います。

コーポレートガバナンス・コードの目標や基準を作る証券取引所、ジェンダー・ギャップの解消を目指す政府は、社外取締役の要件を明確にし、実態調査を行うべきです。複数の企業の社外取締役を兼務していて問題はないのか、についても検証されていません。

「2025年をメドに、女性役員1名以上を選出する」「2030年までに、役員の女性比率を30%以上にする」。この数値目標にこだわるため、ひずみを生んでいるようです。

ある経営者は「女性のタレントや女子アナを社外取締役に起用している会社があるが、理解できない。数合わせの起用じゃないのかね」と手厳しい本音を漏しています。

■「経営を熟知しているプロでなくてもいい」

女性の社外取締役を選任している企業のトップに、取締役会の決議事項で社外取締役から反対されたことがあるか、そのときどのような決定を下したか、を聞いてみました。「お飾りの社外取締役」が多いと予測していた中、意外な答えが返ってきました。

「ある投資案件で、採算性がどうなっているのか、改めてチェックしてほしいと、女性の社外取締役から意見が出され、次の取締役会までに再検討して、結果を報告しますと答えました。次回の取締役会に諮って議論し、最終的に投資を中止すると結論を出すと、社内の取締役も、社外取締役も驚いたようです。変なプライドを持っていないので、投資案件をつぶされたという受け止め方をしません。メンツにこだわる必要はありません」

「随分、優等生の答えですね。本心からそう思っているのですか」と、問うてみました。

「会議に出席している取締役が自由に発言ができ、その発言が経営に活かされることが重要だと考えています。ワンマン経営者、長期政権を築いている経営者がいる企業では、社外取締役はまったく機能しないと思います。社外取締役に限らず、社内取締役も、発言をして睨まれると損だ、という打算が働きますからね。社外取締役は、その企業の経営を熟知しているプロでなくてもいい。自分の専門分野、違った立場からズケズケ意見や提言をしてもらえば、検討項目が増えて時間はかかりますが、チェック機能が働きます」

■社外取締役に求められているのは「正論」

社外取締役に意見、発言を促し、それを受け止める経営トップの度量が必要なようです。聞く耳を持ち、立ち止まることも大切で、それが取締役会の活性化につながっていきます。

社外取締役の女性の部分に焦点を当ててきましたが、男女を問わず、社外取締役になったら、「この会社がよくなるために」という視点から、遠慮なく意見を言い、提言すること。煙たがられても、クビになっても、正論を主張することです。

すべての社外取締役が、経営者の顔色を見ずに発言すれば、法令を踏み外すことのない、まっとうな企業への推進役を果たせるのではないでしょうか。

誰もいない会議室
写真=iStock.com/Caiaimage/Paul Bradbury
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Caiaimage/Paul Bradbury

社外取締役の兼務が増える原因として、「あの企業の社外取締役をしているなら」と、自ら身体検査をしないで安易に決めている会社もあるようです。「政府の委員会の要職に就いているから安心」と起用するケースも見られます。

社外取締役に求められる資質は、忖度(そんたく)しないで発言できる信念と、法令遵守(コンプライアンス)上、問題がないこと。ルール違反を犯していれば、発言に説得力がなくなり、社外取締役失格とならざるを得ません。

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前原 進之介(まえはら・しんのすけ)
ジャーナリスト・作家
出版社に勤務後、フリーで活動し、小説『黒い糸とマンティスの斧』をアマゾンのキンドル出版で上梓。情報サイトの「note」で、メディアやミュージアムなどについて執筆。

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(ジャーナリスト・作家 前原 進之介)

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