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台本は「喋り言葉」で書いてはいけない…トークが苦手だったオードリー春日を変えた"放送作家の乱暴な秘策"

プレジデントオンライン / 2024年3月31日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nicola Katie

ラジオ番組の放送作家はどのような仕事をしているのか。放送作家の藤井青銅さんは「放送作家たちは事前に芸人やタレントと打ち合わせをし、台本を書いている。ただ、台本はあくまでも“保険”であってまったく無視しても問題ないし、ときにはメモや台本がないほうが盛り上がることもある」という――。(第2回)

※本稿は、藤井青銅『トークの教室 「面白いトーク」はどのように生まれるのか』(河出新書)の一部を再編集したものです。

■最初に担当したのは人気アイドルのラジオ番組

「元々喋りが上手な芸人さんに、青銅さんはどうしてトークのアドバイスができるんですか?」と聞かれたことがあります。自分では考えたこともない質問でした。言われてみれば、たしかにそうです。

昔からお笑いが好きで、笑いの多い小説やドラマや、落語や腹話術脚本まで書いてきました。が、私は人前に出てトークをしてきたわけではありません。なのに偉そうにアドバイスなんかしてるんですから、考えてみれば、芸人さんに対して失礼な話です。

「なんでだろう?」

思いあたるのは、アイドル番組でした。少し私のことを書きます。おつきあいください。

私は「星新一ショートショートコンテスト」というものに入選して、雑誌にショートショートを書くようになりました。1979年です。その年に、ラジオでショートドラマの脚本も書くようになります。本格的に放送作家になったのは1980年から。最初に担当したのは、キャンディーズから女優として復帰した伊藤蘭さんの番組。ラジオでした。

蘭ちゃんは大スターです。一方こっちは駆け出しの新人作家。緊張しました。が、私とは同い年。彼女はとても気さくで、助かりました。あとにして思えば、ベテラン作家だとうまくいくのは見えるが、そうではなく、同世代の若手作家にやらせてみよう――という制作側の意図があったのかもしれません。

当時はなんとも思いませんでしたが、今は、よく私なんかに声をかけてくれたなあ、と思います。

■立場や性別は違えど、同世代の強みがあった

同世代というのはかなりのアドバンテージ。見てきたテレビ、聞いてきた音楽、読んできたマンガ、経験してきた流行は同じです。ただ、女性と男性という違いがあります。この時、ドラマ脚本ではなくパーソナリティー番組を書く、しかも女性の番組を男が書く、という方法を学びました。

そこから世間は80年代アイドルの黄金時代になります。当時はラジオとアイドルの蜜月期。注目のアイドルは、デビューとほぼ同時に自分のラジオ番組を持ちます。そこには、同じく若手のディレクターと作家がつきます。私は、デビュー直後の松田聖子さんを始めとして、レギュラーとしては、松本伊代さん、富田靖子さん、柏原芳恵さん、原田知世さん、川島なお美さん、松本典子さん、井森美幸さん(アイドルだったのです)、河合その子さん、斉藤由貴さん……などといった方々の番組を担当しました。

なぜか女性が多いのは、伊藤蘭さんでやり方がわかっていたからでしょうか。何年も続いた番組もあれば、半年で終わる番組もあります。特番やゲストを含めると、もっとたくさんのアイドルと仕事をしています。私だけではありません。その頃の若手放送作家はみんなアイドル番組を担当しています。

原稿用紙の上の鉛筆と消しゴム、横に積み上げられた本
写真=iStock.com/years
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/years

■とにかく「一人で喋る」ことが大変

アイドルたちは、最初もちろんトークはうまくありません。当然です。たいていは高校生か卒業したばかりの年齢。普通は学校で、同世代としか喋っていません。

ところがデビューしてラジオ番組を持つと、聞いているのは同世代のファンだけとは限りません。ファン以外の人がなんとなく聞いている場合もある。そのアイドルのことをよく知らない大人が、たまたま聞いている場合もあります。そういう見えない相手に向かって喋るのです。

番組にはいろいろな企画がありますが、一人でのトークもあります。デビューしたてのアイドルは常に新人。喋り方はわかりません。当時「炎上」という言葉はありませんが、今だとSNSにおいて、ちょっとした言い方のニュアンスで反感を買う、あるいはサービス精神で言ったつもりが逆に世間からバッシングを受ける、という危険性にも似ています。言葉につまっても、テレビなら笑顔でなんとかなりますが、ラジオだとそうはいきません。そんなの怖くて当たり前。高校生だった自分ができるかと考えてみれば、まず無理です。

どうしてもトークに苦手意識がある人の場合は、相手役としてアナウンサーが入るケースもあります。仲のいいアイドルと二人でというケースも。相手がいればなんとかなる。一人で喋るのが大変なのです。そこを手助けするのが、ディレクターや放送作家。

■「上手くなる=面白くなる」ではない

といっても、私たちだって二十代半ば。世間でいえば若造ですが。ただ、こっちはアイドル番組を何本か経験してやり方がわかってきています。

「そこは、もうちょっとわかりやすく説明した方が伝わりますよ」「そういう言い方だと誤解されるかもしれない。ちょっと言い方を変えてみたらどう? たとえばこんな風に……」とか。本人が喋ろうかどうしようか迷っている時は、「ファンはそういう話こそ聞きたいと思う」などのアドバイスができます。

手を組んで正面の相手と話すビジネスマン
写真=iStock.com/fizkes
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fizkes

そうやって番組を三カ月もやっていると、彼女たちはしだいにトークが上手になるのです。いえ、面白いことを言うとかそういうことではありません。日常にあったことをわかりやすく語ったり、自分の気持ちをちゃんと自分の言葉で言えるようになる。誤解がないように言葉も選べる。なんだそんなこと……と思うかもしれませんが、人はこれが意外にできないものなのです。

その頃、テレビではベストテン番組が花盛りでした。アイドルは番組で歌う前後に、司会者に短くインタビューされたりします。私はテレビを見ていて、ラジオをやっているアイドルとやっていないアイドルでは、受け答えが違うことを発見しました。

ラジオ番組をやっていないアイドルは、司会者の質問に「ハイ!」「そうですね」「嬉しいです」などの簡単な返事が多い。おそらく誰にも嫌われないために、マネージャーに教えられた無難な受け答えなのでしょう。いえ、それでもいいのです。可愛い女の子がニコニコ笑顔で答えていれば、ファンは十分に喜んでくれます。

■ラジオ経験の有無はアイドルをどう変えるのか

ラジオ番組をやっているアイドルは、もちろんニコニコと答えるのですが、それに加えて「私は****なんです」とか「それは****だから苦手です」など、自分の気持ちや考えが言える。そして結果的に、そういう風にちゃんと喋れるアイドルが消えずに残っていく。

「ああ、ラジオ番組というのは、アイドルたちが一人でちゃんと喋れるように育てる側面もあるんだな」と思いました。だから、所属事務所やレコード会社はアイドルにラジオ番組を持たせようとしていたのでしょう。

そうやって元々あまり喋れない新人アイドルのために台本を作っているうちに、トークの展開のさせ方がわかってきました。台本上で、あるいは打ち合わせで、「こういうことありますか?」と聞いてみたり、出てきた話を受けて「そっちより、こっちのエピソードの方がいいですね」とか、「そこはこういう話し方をしてみてはどう?」などとアドバイスをする。つまり番組では、アイドルが自分の頭の中を整理し、相手に伝わるように話す練習を毎週やっているのです。

それを繰り返すことで、私もまたアイドル番組に育てられたということになるんだな……と今にして思います。アイドルにかかわらず、基本は誰でも同じだと思っています。「ちゃんと喋れるアイドルが消えずに残っていく」の一歩隣に「トークのできる芸人が消えずに残っていく」がある。だから私は、のちにまだメディアでの喋り方に慣れていない芸人さんにアドバイスするようになったのでしょう。

■「ラジオ台本」はどのように作られているのか

では、アイドル番組ではどんな風にトーク台本を作っていたか? その典型的な例を書いてみましょう。人によって書き方は違うでしょうが、私はこんな風に書いていました。設定としては、デビューしたての17、8歳の女性アイドルAちゃんのラジオ番組。毎週30分。その冒頭5分程度は近況トークになります。放送時期はクリスマス前としましょう。こういう特別な日は、誰でも喋りやすいのです。

Aちゃん もうすぐクリスマスですね。

○街はイルミネーションがきれい。
 (表参道とか、渋谷とか、銀座とか)
  *どこか見ました?

○子供の頃、クリスマスはとても楽しみなもの。
*はやばやとツリーを飾ったり?
*サンタさんにお願いをしたり?
*チキンを食べたり……
*もちろんケーキも……
*テレビでは必ず『ホームアローン』をやってた。
*子供の頃、嬉しかったクリスマスプレゼントは?
〜など
 

○大人になってからもらったクリスマスプレゼントは?
*プレゼントはもらうのも嬉しいけど、選ぶのも楽しい。

○毎年この季節には、サンタのトナカイのソリを追跡するサイトが人気。
(見たことありますか?)
*あれは、「北アメリカ航空宇宙防衛司令部」という組織がやってますが、たぶんやってる大人たちも楽しんでる。

○クリスマスは、子供の時、大人になった時、それぞれで違う楽しみ方があるんですね。
〜などご自由に

だいたいこんな感じでしょうか。どうってことのない進行台本です。やや昭和のアイドルっぽいのはご愛敬としてお許しください。こういうのでいいのなら、誰だって放送作家ができそうです。

■台本はあったほうがいい、でも無視してもかまわない

でもしかたがないのです。だって、作家はアイドルのAちゃん本人ではない。彼女がどんな子供時代を過ごしたか知らないし、どんなクリスマスの思い出があるかも知らない。アイドルになって、いま現在、クリスマス前にどんな日々を過ごしているのかも知らない。知らないことは書けないし、嘘を書くわけにもいきません。結局、彼女が喋るためのキッカケ作りをしているだけの台本。おおまかな道筋を提案しているだけです。

クリスマスのイルミネーションが飾られた街中を歩くカップル
写真=iStock.com/Tony Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tony Studio

他の放送作家の名誉のために言っておきますが、これはかなりラフなトーク台本です。私だって、もっと詳しく、エピソードを書き込んだ台本を作ることの方が多い。とくに初対面の場合や、生放送の時、一回だけの特番の時はそうです。喋り手と作家の距離感によっても書き方は違ってきます。

この例は、レギュラー番組ですでに数カ月やってきて、お互いの気心がわかってきた頃。初めて、番組がクリスマス前の放送を迎える時です。そしてトーク台本の特徴は、「場合によっては、まったく無視してもかまわない」という点。書く方も喋る方もそういう共通認識でいた方がいい。そしてそれでもなおかつ、トーク台本はあった方がいい。

■台本はあくまでも「保険」のようなもの

たとえば、最初に書いてあるイルミネーションの項目。もし彼女が表参道の有名なイルミネーションを見に行っていて、そこでなにか出来事があったならその話をすればいい。あるいは、子供の頃のクリスマスの項目で、もし「ウチはなぜかツリーを飾らなかった」とか「お隣がツリーとイルミネーションのすごい個人宅で近所の名所。なので、それを見ていた」なんて経験があれば、その話をすればいい。

他にある項目はすべて無視してもいいのです。もっとも、そんなおあつらえむきの面白エピソードなんて、普通はありませんけど。○や*で、いろいろなことが書かれていますが、その全部に触れる必要はない。どれか二つか三つ喋れることがあれば、他は全部無視したっていいのです。

もっというと、クリスマスとはまったく関係なく、「最近こんなことがあった」「この話をぜひしたい」などということがあれば、その話をすればいい。人は、その時誰かに聞いてもらいたいことを話すのが、一番熱が入っていいのです。一般的にトークの進行台本というのは、なにも話すことがないケースを考えた最低限の「保険」みたいなもの。だからそこにはさまざまな、喋るための基本要素が入っています。

アイドルではない普通の人も使える手法だと思います。これは放送作家のための入門書ではありません。いま読んでいるあなたがクリスマスについてトークする場合、どういう進行メモを作るか? という風に置き換えて読んでいただければと思います。いえ、クリスマスに限らず、なにか他のことについても同じです。メモなんか作らず、頭の中で考えを整理する場合も同じです。

ノートにメモを取る人の手の側面図
写真=iStock.com/Toru Kimura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Toru Kimura

■あえて「喋り言葉」では書かない

この台本例は、最初こそ、「もうすぐクリスマスですね」と喋り言葉になっていますが、そのあとは、

○街はイルミネーションがきれい。
○子供の頃、クリスマスはとても楽しみなもの。

とそっけない書き方になっています。どうしてかというと、「街はイルミネーションがきれいですね」「子供の頃、クリスマスはとても楽しみでした」なんて喋り言葉で書いてしまうと、人はついそれを読んでしまうからです。

同じ内容を語るにしても、人それぞれに喋り方は違うはず。

「最近、街はイルミネーションがきれいじゃないですか」
「子供の頃はね、クリスマスがすごく楽しみだったんですよ」

などと自分なりの言い方で喋ってもらうため、あえてそっけなく書いているのです。○とか*などの記号が多く、(  )で囲んだ部分があるのも同じ理由。キチンとした文章で書いてしまうと、喋る時どうしてもそれに寄っていき、原稿を読んでいるようなトークになってしまう。それが人間の心理です。

聞きたいのは本人の気持ちが入ったトークであって、用意された原稿を読む朗読ではないのです。

■なぜ政治家の発言は「心がこもっていない」ように聞こえるのか

少し話が飛躍しますが、記者会見で質問に答える政治家が、役人が書いた文章を読んで答えている時のことを思い出してみてください。いちおう「私はこう考えている」という内容を喋っているのですが、あの「心がこもっていない感じ」といったら!

あの場合は、他人が書いたものを読まされているとあえてアピールする(つまり、俺は悪くないと態度で示したい)ために、ああなっているのでしょう。一方、用意された原稿のない内輪の会合などでは本音で喋って、うっかり誰かを傷つける失言をしてしまう。こっちの方が人間性が出るということがよくわかります。

「自分の気持ちを、誤解されないように、自分の言葉で喋る」という点で、政治家はラジオ番組でのアイドルに学んだ方がいいのかもしれません。飛躍しすぎました。番組のトークに戻ると、これは他人が書いた進行台本に限りません。自分で喋るために、自分でメモを作っておく場合も同様です。

■オードリー春日のメモを捨てたワケ

「オードリーのオールナイトニッポン」の最初の頃、私は春日さんとも事前にトークの相談をしていました。アレコレ話をして「だいたいその方向でいきましょう」となると、春日さんは喋る内容を簡単にメモします。それはいいのです。

藤井青銅『トークの教室 「面白いトーク」はどのように生まれるのか』(河出新書)
藤井青銅『トークの教室 「面白いトーク」はどのように生まれるのか』(河出新書)

段取りを書いておくのは頭の整理に必要なことだし、間違いやすい固有名詞やつい忘れがちなことは、メモをして見える所に置いておいた方がいい。が、問題は書き方で、あまりちゃんと書いてしまうと、メモにある言葉を順に読んでいくトークになってしまう。

いつも、(内容はいいんだけど、どうも生き生きしたトークにならないなあ)と思っていた私は、ある時トークの直前に春日さんの手元にあるメモを取り上げ、捨ててみたことがあります。春日さんは慌てました。でも生放送。喋らなければなりません。春日さんはアワアワして、メモを思い出しながら、話は前後に飛びつつも、生き生きとした面白いトークになりました。

目の前の若林さんも面白がっていました。もちろんそれは、春日さんのあのキャラクターがあってのこと。ラジオの深夜放送だからできたことでもあります。そして、一回だけのことです。自分でメモを作る場合は、あえてキチンとした文章にしないことを心掛けた方がいいでしょう。

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藤井 青銅(ふじい・せいどう)
放送作家
1955年生まれ。山口県出身。第一回「星新一ショートショートコンテスト」入賞。以来、作家・脚本家・作詞家・放送作家の活動を開始。ライトノベルの源流とも呼ばれる『オールナイトニッポン』をはじめ多くのラジオ・テレビ番組の台本や構成も手がける。著作に『一千一ギガ物語』(猿江商會)、『「日本の伝統」の正体』、『ハリウッド・リメイク桃太郎』(いずれも柏書房)、『幸せな裏方』(新曜社)、『ラジオにもほどがある』(小学館文庫)、『ゆるパイ図鑑』(扶桑社)、『トークの教室 「面白いトーク」はどのように生まれるのか』(河出新書)などがある。

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(放送作家 藤井 青銅)

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