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「研究者はお金持ちにはなれない」という日本とは大違い…アメリカの大学に世界中から優秀人材が集まる理由

プレジデントオンライン / 2024年4月24日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/georgeclerk

なぜアメリカでは有力なスタートアップが次々と誕生し、成長を続けているのか。京都大学イノベーション・マネジメント・サイエンス特定教授・木谷哲夫さんの著書『イノベーション全史』(BOW BOOKS)より、そのカラクリを紹介する――。

■世界トップ50社の6割がアメリカ企業

現在シリコンバレーのもたらす経済規模は膨大なものです。世界における時価総額トップ50社のランキングを見ると、米国企業が約6割の30社を占めます(2023年1月末時点)。

時価総額は、株価×株式数で算出され、企業の価値を表します。その企業の収益力、将来の成長性、ブランド力などをすべて織り込んで市場が評価する会社の価値となるので、企業の実力を測る上でとても有用な情報です。

アメリカの次に多いのが中国ですが、4社しかありません。日本企業はトヨタ1社だけ(44位)。しかし、シリコンバレーからは8社も入っています(時価総額順位、会社名)。

1 Apple Inc.
4 Alphabet Inc.
7 Tesla Inc.
8 NVIDIA Corporation
17 Meta Platforms Inc.
34 Broadcom
37 Oracle Corporation
48 Cisco

近隣の西海岸の都市に本社を置くマイクロソフトやアマゾン等を入れると、その経済規模は圧倒的なものです。

3 Microsoft Corporation
5 Amazon.com, Inc.

ランク外ながらその他のトップ50の常連企業として、以下のような有力企業もあります。

Paypal Holdings Inc.
Adobe Inc.
Salesforce Inc.
Netflix
Intel Corporation

■アップルの時価総額は日本の国家予算の2倍

注目すべきは、トヨタ自動車とアップルでは、ここ数年、アップルの利益はトヨタの2~3倍でしかないのに、時価総額では、2兆ドルを超え、トヨタの10倍以上となっていることです。

2兆ドルというと、250兆円くらいであり、日本の国家予算(2023年度予算案は114兆円)の倍にあたります。日本の国家予算全部を使ってアップル株を買収しようとしても、半分も買えないという計算となります。

時価総額が高いということは、アップルの未来の成長についての期待が大きいということです。

そのため、企業価値の倍率に大きな差が生じていることを示しているのです。

■シリコンバレーはイノベーションの聖地に

現代では、イノベーションが国家安全保障にとっても重要であることは広く認識されています。

民生用と軍事用の技術の根っこは同じで、どの国でも国家主導でシリコンバレーを再現しようとしてきましたが、いずれも成功していません。シリコンバレーは世界中の多くの人々が真似をしようとして失敗してきた場所でもあり、シリコンバレーに行けば特別の成功の秘訣が学べる、ある種の聖地巡礼の場所にもなっています。

しかしそもそもシリコンバレーの成立自体が意図的な政策によるものではなく、偶然の連鎖によって長い年月をかけて発達してきました。同じようなエコシステムを人為的に作るのは、長い年月を要すると考えられます。

日本の場合、具体的にできることがもし何かあるとすると、大学の改革になるでしょう。

■アメリカの強さの秘密は大学にある

アメリカの真の強さ、国力の源泉は何かを考えると、その一つは間違いなく「大学」にあります。アメリカの大学のレベルは世界一であり、工学、医学、農学、法学、経済学等、あらゆる分野で圧倒的に強い。大学の世界ランキングでは、上位100位のうち60以上がアメリカの大学で、ランキングによっては、日本は東大でも上位に入っていないことがあります。

こういうことを言うと、アメリカ人の能力はそれほど高くない、ランキングは英語圏に偏っている、といった批判が返ってきますが、そうした批判は的外れです。アメリカの大学のレベルが高いのは、アメリカ人の知能レベルが高いからではありません。優秀な学生が世界中から集まってくるからです。

たとえばMITの大学院では、外国人が60%を占めています。大学同士の競争は熾烈であり、シビアな競争原理で株式会社のように経営されているため、世界中から優秀な学生を集めることができるのです。

私の元上司でマッキンゼーの日本支社長だった大前研一氏は、彼の母校であるMITの理事を5年間勤めましたが、彼はシビアな大学運営の実態に驚いていました。

MITでは化学、機械、電気など、それぞれの分野ごとに3年に1回、各学部の業績をチェックし、もしランキングで1位から2位に落ちた分野があれば、そこの学部長を数人の理事からなる強化委員が、「なぜ2位に落ちたのか」「教授の質に問題があるのではないか」と追及し、1位を奪還するための方策を1年以内に提出することを要求する、というのです。

マサチューセッツ工科大学
写真=iStock.com/gregobagel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gregobagel

■世界中の優秀な人材が力を発揮している

このように各大学が切磋琢磨しレベルアップしていった結果、アメリカは、大学に集まってきた外国の人材を自国のために取り込んで活用するという、世界で稀有な仕掛けを持つようになりました。

THE World University Rankings 2024 by Times Highre Educationより

THE世界大学ランキング2024
順位 大学名 国
1位オックスフォード大学 イギリス
2位スタンフォード大学 アメリカ
3位マサチューセッツ工科大学 アメリカ
4位ハーバード大学 アメリカ
5位ケンブリッジ大学 イギリス
6位プリンストン大学 アメリカ
7位カリフォルニア工科大学 アメリカ
8位インペリアル・カレッジ・ロンドン イギリス
9位カリフォルニア大学バークレー校 アメリカ
10位イェール大学 アメリカ

日本をはじめ他の国々では基本的に自国の人材だけしか使えないのに対して、アメリカは大学の強さを武器として、世界中の優秀な人材を使うことができます。アメリカに優秀な人材が多いのではなく、アメリカが取り込んだ外国人に優秀な人材が豊富なのです。

シリコンバレーでスタートアップを起業する人の半分以上は外国人であり、本書でも取り上げたヤフーのジェリー・ヤンやAMDのリサ・スーなどの台湾人や華僑、インド人、ベトナム人、東欧、ロシア、韓国などからの人材は、アメリカの主要大学に学び、その後、起業するというのが典型的なパターンとなっています。

■研究費が増え、スタートアップが増える好循環

イノベーションを生むエコシステムの中での大学の機能が重要なことは、数々の研究や著作によって明らかになっています。

シリコンバレーのエコシステムでスタンフォード大学と並んで大きな役割を有する、U・C・バークレーでは、アクセラレーションプログラムが2012年に設立され、スタートアップを量産し、インキュベーターとしての設備、メンタリング・コーチング、プロトタイピング用ラボなどの機能を持っています。

アントレプレナーシップ専門の教育組織は2005年に設立され、バークレーメソッドという国際的に認知されている教育アプローチを開発、学部生から社会人までを対象にアントレプレナーシップを教育する18のコースを有しています。

イノベーション・エコシステムの中核機能を大学が果たすようになったため、アメリカの大学の財務基盤はここ10年ほどで極めて強固なものになりました。研究費の総額は増え続けており、2020年度は830億ドル=約12兆円。大学発スタートアップも研究費の伸びに歩調を合わせて増加し続けています。

■アメリカの大学が巨額の利益を得るカラクリ

なぜ大学の研究とスタートアップの数が大きく関係するかというと、アメリカで研究成果を大学の所有物とするバイドール法が成立し(1980)、研究成果をライセンス販売することで、大学が大きな利益を得るようになったからです。

遺伝子組み換えのジェネンティック社の場合、スタンフォード大学だけで230億円のライセンス収入がありました。

グーグルは創業時資金がなく、ライセンス費用を一部株式で大学に対して支払ったため、株式上場時にスタンフォード大学は400億円の利益を得ています。

スタンフォードの中庭
写真=iStock.com/Wolterk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wolterk

大学の知財のライセンスは、ほとんどベンチャー企業や中小企業向けに供与されています。

2020年のAUTMのサーベイでは、ライセンス提供先の6割がベンチャー企業を含む小企業や中小企業であり、大企業の割合は2割にすぎません。大企業にライセンスを安値で販売している日本の大学と大きな差があります。

ハーバード大学の基金の運用を見てみると、年間リターンは33.6%(2021年6月期)あり、期末の基金の残高は532億ドル(約7兆円)となっています。ハーバード大学は、トヨタを除くほとんどの日本企業を余裕で買収できるだけの財務力を持っているのです。

そして、大学の研究を支えるため基金から毎年20億ドル以上(約3000億円)がハーバード大学の運営経費として配分され、それは大学の年間収入全体の3分の1以上を占めています。学生全員を授業料タダにしても余裕で経営できる金額です。投資・運用実績は、標準的な株価指数であるS&P500をはるかに超えています。

投資先はオルタナティブ資産が中心(約7割)であり、最大の投資先は未上場株式、つまりスタートアップ企業の株式となっています。

これはハーバード大学だけではありません。ほとんどの有力大学は市場平均を超える高い投資リターンで基金を運用しており、そうした優れた運用パフォーマンスは主にスタートアップに投資することにより達成しているのです。

ハーバード大学
写真=iStock.com/APCortizasJr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/APCortizasJr

■理系大学院が魅力的なキャリアパスの入り口に

多くの人材が理系大学院で博士号を取りたいと思うようになるためには、博士課程が魅力的なキャリアを築ける場にする必要があります。すでにアメリカでは研究開発型スタートアップが基礎研究の一部を担うようになっており、資本市場との連結が可能とする莫大な研究開発資金の獲得のために、スタートアップの役割は日々拡大しています。

そうしたテクノロジー主導型の会社、ディープテック研究開発型企業の創業者、経営陣、投資家には専門的なバックグラウンドが特に求められており、アメリカではPh.D.が専門的な資質の証明となっています。大学院進学により、自ら会社を興したり、スタートアップへ就職したりといったキャリアの選択肢の幅が広がることが、大学院の魅力の一つになっています。

このように、アメリカの理系大学院は、多くの人が目指す魅力あるキャリアパスへの入り口となっていますが、残念ながら日本ではそうではありません。

アメリカの大学院の授業料は非常に高いのですが、ほとんどの院生は給付型の奨学金を受けるか授業料を免除されており、かつ給料をもらって生活しています。給料といっても日本企業の新卒の初任給と同程度で、額は少ないのですが、少なくとも親に依存しないで自立することが可能です。奨学金も授業料免除も、成績が悪いと即停止されるため、極めてシビアな実力主義の競争社会ですが、「経済的に自立できる」ことは大きな魅力です。

■日本は優秀な学生が博士課程に進まない

日本の国立大学は授業料が格段に安いのですが、給料がないため自立することができません。

生活のためには親から借金をするしかない場合が多いのが現状です。

経済的な自立の問題に加えて、大学で研究を続けることがキャリアの選択肢の拡大につながる、という考えがないため、優秀な学生が博士課程を志望しない傾向にあります。

たとえば情報系であれば、博士課程に行かずにグーグルに就職したほうが好きな仕事ができ、経済的に自立できる上に、ダイバーシティのある国際的でエキサイティングな環境に身を置くことができる、となります。

「大学院で研究を続けることがキャリアの選択肢の拡大につながる」という認識が一般化されることが大事であり、それを可能にするのがスタートアップです。アメリカの大学院はシビアな競争社会ですが、関連するスタートアップ企業が数多くあるため、安全弁として機能しています。つまり、いざというときには研究室のメンバーが参加するスタートアップや、教授がアドバイザーを務める外部のスタートアップに就職する、などの選択肢があることが重要です。

■投資で560億円を得たハーバード大教授

アメリカにおいて大学は誰にでも門戸が開かれ、かつ、「お金も稼げる魅力的な場所」です。

木谷哲夫『イノベーション全史』(BOW BOOKS)
木谷哲夫『イノベーション全史』(BOW BOOKS)

日本で大学の研究者というと、清く正しく美しく、貧乏とまではいかないものの決して豊かではないというイメージが定着しています。しかしアメリカでは、大金持ちの研究者というのは存在し、それが成功例として積極的に公報されています。

最近話題になった事例では、ハーバード大学医学部のスプリンガー教授が、コロナのワクチンで有名になったモデルナ(ハーバード大学発のスタートアップ企業)の創業期に投資して、モデルナの上場で4億ドル(約560億円)を得たというニュースがありました。彼の総資産は驚きの19億ドル(Forbesによる推定、日本円で約2600億円)となっています。

また、モデルナのプロジェクトリーダーのハーバード大学の研究者Dr. Kizzmekia Corbettは若い黒人女性であることも公報されています。

■「お金儲けは悪」では優秀な研究者は来ない

つまり、「研究者でも大金持ちなれるチャンスがある」こと、「能力さえあれば人種や性別や年齢に関係なく責任ある立場で研究できる」こと、その2点をハーバード大学は積極的に発信しています。それにより、最優秀の人材を世界中から集めることができると考えるからです。

日本人男性がほぼ100%で人種差別、性差別に甘いイメージがあり、お金儲けは悪という価値観すらある日本の大学では、海外から優秀な研究者は来ません。

現状はそのように残念な状態ですが、しかし裏を返せば、これまで何も努力もしていないということは、ちゃんと経営努力をすれば将来の伸びしろが大きいということでもあります。これから成功パターンのロールモデルを作っていくことが、世界中から優秀な人材を惹きつけることになるはずです。

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木谷 哲夫(きたに・てつお)
京都大学イノベーション・マネジメント・サイエンス特定教授
東京大学法学部卒、シカゴ大学政治学博士前期課程修了(MA)、ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA。マッキンゼーにて自動車、ハイテク、通信等のコンサルティングに従事した後、コーポレートファイナンス・ターンアラウンド業務等を経て、2008年より京都大学イノベーション・マネジメント・サイエンス寄附研究部門教授。現在は京都大学でテクノロジー商業化、起業家育成方法、エコシステムについての研究と、全学アントレプレナーシップ教育プログラムの開発・実施に従事している。日本経済新聞アジアアワードアドバイザリーボードメンバー、関西における起業家教育コンソーシアム協議会の議長も務める。

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(京都大学イノベーション・マネジメント・サイエンス特定教授 木谷 哲夫)

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