かつての「A5の牛肉」は本当においしかった…「A4がA5より高値」という逆転現象が起きている理由
プレジデントオンライン / 2024年4月24日 16時15分
■食肉の格付けを決める2種類の指標
「A5ランク」というのは、まさに和牛を象徴するような言葉です。
焼肉好きを中心にこの言葉が世の中に広まった頃、誰もが最高級の肉質を意味するものだと思っていました。今では海外でも、A5という言葉が広まり、和牛の最高峰であると信じられています。
ここでA5という言葉について、正しく理解する必要があります。
A5を含めた格付けは、食肉関連の公益法人である日本食肉格付協会によって定められました。
この格付けは、「歩留等級」と「肉質等級」という2種類の指標から構成されています。
肉質等級……霜降りの度合いを中心に、色沢やきめ等により複合的に1~5の5段階で評価し、最上位は5。
■和牛の約60%が「A5」
例えば、歩留等級は霜降りと呼ばれる筋肉の中の細かな脂肪ではなく、売り物にならない皮下脂肪の量が多いほど評価が悪くなり(C)、逆に皮下脂肪が少ないと評価が良くなります(A)。
また、和牛のほとんどを占める黒毛和種の場合、約95%がAに評価されています。
逆に交雑牛や乳用牛の場合、BやCとして評価される牛が増えてきます。
そして、肉質等級を含めた格付け全体では、黒毛和種(去勢)の約60%がA5、約30%がA4に評価されています。
このようにデータを見ていくと、黒毛和種の半分以上は、実はA5に関する和牛という不思議な状況が生まれているのです。
■「肉の格付け」は味に関係があるのか
ここで検討したいのは、このようなA5、A4などの肉の格付けは味に関係があるのかどうかです。よく見かけるのは両極端な2つの答えです。
1つはA5の細かなサシがいっぱい入った霜降りの和牛は、サシ由来の柔らかさと甘みがあり、口溶けが最高というもの。
もう1つはA5という等級は見た目の脂肪の評価であって、美味しさの評価との関連性はないというものです。
これらはどちらも正しい側面があります。
■かつての「A5」は本当に美味しかった
そもそも格付けが定められた頃、A5の牛は本当に美味しいものでした。というのも当時のA5発生率は、現在とは比べものにならないほど低いものでした。
かつては血統の良い牛を選び、良質な飼料を与え、牛にストレスを与えないように大事に肥育すること、つまり、生産者の目利きと技術、手間を惜しまない労力があって、初めてA5の牛になることができました。
だからこそ、当時のA5の牛はどれも本当に美味しかったのだと思います。
■「A5の発生率が上がるテクニック」が生まれた
その後、肉の格付けにおいて決定的な出来事が起こります。
それは、より霜降りになりやすい品種改良が行われ、A5の発生率が上がるテクニックが生まれたことです。そのテクニックが広がり、最も発生率が高いのがA5という現在の状況へとつながっていきます。
その結果、かつてのA5と現在のA5では、そこまでのプロセスや中身がかなり違っています。こうして、「A5の肉であれば美味しい」という証明ではなくなっていきます。
■「A4の和牛の方がA5より高値」のケースも
むしろ、脂質が良くない牛の場合、たとえA5で霜降りの量が多い肉でも、逆に胃もたれを起こしてしまい、あまり食べられない品種も出てきてしまいます。
食肉市場のセリを見ていると、全体的な傾向としてA5ほど高額で取引されているように見えますが、実はA4の和牛の方がA5よりも高値で競り落とされるケースも起こっています。
なぜこのようなことが起こるかというと、セリに参加する仲卸は、格付けだけではなく、どのくらい肥育したのかという月齢や脂質などの味により関係の強い要素を独自に評価して値段を付けているからです。
■「松阪牛は雌牛のみ」の理由
松阪牛の定義には、「雌牛(めうし)のみ」という条件があります。全国のブランド牛の中でも雌牛のみというのは非常に珍しいことです。
これから雌牛について説明をしていきますが、これを読めば、なぜ松阪牛が日本一と呼ばれているかがわかるはずです。
私は、世の中には美味しくない牛肉は存在しないものだと思っています。その中でも美味しさを追求していくと、いくつかの重要な要素が存在します。
その1つが性別であり、雄牛(おうし)ではなく雌牛が高く評価されていることです。
■去勢していない雄牛には臭みがある
雄牛と雌牛は見た目からも、その違いが見て取れます。
牛も人間と同じように、雄牛は体が大きく、がっちりとした筋肉質な体形で、肩回りの迫力は雌牛とは比べものになりません。触った感触も、雌牛の方が圧倒的に柔らかさを感じられます。
以上の特徴から、雄牛は子牛の時期に去勢することで、雌牛に近い柔らかさを得ることができます。しかし、去勢したとしても、雌牛に比べて体格はかなり大きいので、肉繊維の繊細さなどは雌牛との違いが生まれてしまいます。
また、去勢していない雄牛を食べると、本来の雄牛には臭みがあると言われています。
そこで去勢することで、肉の臭みも感じられなくなったり、性格が大人しくなり、他の牛とケンカしにくくなるというメリットもあります。
■雌牛は脂の融点が低い
雌牛が好まれる最大の特徴として、脂の融点の低さや風味などが挙げられます。
雌牛の脂肪には、人間の体内では作ることのできない必須脂肪酸である「不飽和脂肪酸」の含有量が多く含まれています。
去勢した雄牛と比べても、雌牛は脂肪の融点が低く、口の中でとろけるような味わい、それでいてしつこさのない、あっさりとした滑らかさを感じさせてくれます。
このように、食べれば最高に美味しい雌牛ですが、肥育(ひいく)の段階では大変な苦労があります。
■雌牛を肥育する生産者は技術が要求される
雌牛は雄牛に比べて霜降りが入りにくく、性格的にもデリケートで、体格もそこまで大きくはなりません。
ここからもわかるように、牛の肥育という観点では雌牛は非常に繊細で難しく、必然的に雌牛を肥育する生産者は技術が要求されるのです。
これはセリの価格にも表れています。枝肉(内臓を取り除き、背骨から2つに切り分けた状態の肉)のセリでは「枝肉重量×単価」が1頭の値段になりますが、去勢牛よりも雌牛の方が単価は高くなるのが一般的です。
しかし、枝肉重量をかけた1頭の値段としては、去勢牛の方が高くなりがちなので、子牛のセリでは雌牛よりも去勢牛の方が高額になるケースもあります。
■「繫殖農家」と「肥育農家」に分かれる
ちなみに、一般的に牛の生産農家は2種類に分けられます。
1つ目は、母牛に子牛を生ませ、この子牛を8カ月ほど飼育して販売する「繁殖農家」です。
2つ目は、買った子牛を肥育する「肥育農家」です。
一見、同じように牛を育てているようにも思えますが、繁殖農家と肥育農家はそれぞれ専門性が異なります。
一般的には繁殖と肥育は分業ですが、両方を兼ねる一貫農家も存在します。
■米沢牛も「雌牛」であることが条件
冒頭では、ブランド牛の中で雌牛のみと定義している代表例は松阪牛と書きましたが、米沢牛も同じように雌牛のみが条件になります。
米沢牛の場合、かつては雌牛と去勢牛のどちらも米沢牛を名乗れましたが、2014年に定義が変更され、雌牛のみとなりました。
地域ブランドは多くの生産者の意見を聞く必要があるので、より厳しい定義への変更は非常に難しいのですが、それを達成させた米沢牛の生産者からは団結とプライドを感じ取れます。
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肉YouTuber
1976年、神奈川県横浜の魚屋の長男として生まれたが、家業を継がずに肉を焼く日々。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、さらには和牛そのものの生産過程、加工、熟成まで踏み込んだ研究を続ける。著書に『肉バカ。 No Meat, No Life.を実践する男が語る和牛の至福』(集英社)がある。2024年現在、Instagramフォロワー4.2万人、YouTube「肉バカ 小池克臣の和牛大学」の登録者は2.7万人。
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(肉YouTuber 小池 克臣)
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