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なぜ英語で「洋服を着る」は"wear"ではないのか…日本人がなかなか英語を使いこなせない根本原因

プレジデントオンライン / 2024年5月11日 8時15分

「ネコ」という言葉のイメージは人それぞれ(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/elenaleonova

なぜ日本人は英語を使いこなせないのか。慶應義塾大学教授の今井むつみさんの書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)より、日本語の「着る」と英語の「wear」の違いについての解説をお届けする――。

■「頭の中」を共有することはできない

そもそも「話せばわかる」というとき、私たちは何をもって「わかった」としているのでしょう。

「相手の話がわかる」ということを、段階を踏んで表現すると、

①相手の考えていることが
②言語によってあなたに伝えられ
③あなたが理解をすること

といえます。

ここで問題となるのは、それぞれの頭の中をそっくりそのまま見せ合ったり、共有したりすることはできない、ということです。

それは単に「言葉によってすべての情報をもれなく伝えることはできない」というだけではありません。

■「ネコ」という言葉のイメージは人それぞれ

言葉を発している人と、受け取っている人とでは、「知識の枠組み」も違えば「思考の枠組み」も異なるため、仮にすべての情報をもれなく伝えたとしても、頭の中を共有することはできない、という話です。

例えば「ネコ」という言葉を聞いたときに、「自分の家で飼っている子ネコ」をイメージする人もいれば、「ハローキティ」や「トムとジェリー」に登場するキャラクターとしてのネコを頭に浮かべる人もいます。

昔引っかかれてけがをした経験から「凶暴」なイメージを持つ人もいれば、ぬいぐるみのような「愛くるしい」イメージを持つ人もいるでしょう。「やわらかい」というイメージを持つ人もいれば、「不潔」なイメージを持つ人もいるかもしれません。

■まったく異なる「知識の枠組み」を持っている

そう、私たちはそれぞれがまったく異なる「知識の枠組み」「思考の枠組み」を持っているため、たった1つの名詞「ネコ」と聞いたときでさえ、無意識に頭の中に思い浮かべるものはまったく別ものである可能性がとても高いのです。

そして、こうした脳内で描かれるイメージを共有することは難しく、隣の人がまったく違うイメージを持っているとわかっても、そのイメージを明確に聞き取ることすら、私たちにはできないのです。

【図表1】同じ言葉でも、持つイメージは十人十色
同じ言葉でも、持つイメージは十人十色(出所=『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』)

■「すでに使いこなしている言語」に当てはめて捉えるしかない

「知識や思考の枠組み」が互いにまったく同じであれば、話した内容はすんなりと理解されるかもしれませんが、現実には、そんなことはめったに起こりません。

なぜなら一人ひとりの学びや経験、育ってきた環境は違いますし、仮にまったく同じ環境で育ち経験をしたとしても、それぞれの興味関心が異なれば、形成される「枠組み」が変わってしまうからです。

こうした枠組みのことを、認知心理学では「スキーマ」と呼んでいます。

このスキーマは、私たちが相手の言葉を理解する際、つまり何かを考える際に裏で働いている基本的な「システム」のことです。スキーマは、脳のバックヤードでつねに稼働しています。

スキーマの存在は、外国語を例にとるとわかりやすくなります。なぜならそれぞれの言語によって、ある単語が持つ意味の体系は、ほとんどのケースで異なるからです。

言語によって体系は異なっても、学習者は、自分がすでに知っていて日常的に使いこなしている言語(いわゆる母語。日本人ならば日本語)にあてはめて、新しい言語を捉えるしかありません。

【図表2】「思考の枠組み=スキーマ」は、1人ひとり異なっている
「思考の枠組み=スキーマ」は、1人ひとり異なっている(出所=『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』)

■“wear”は日本語の「着る」とまったく同じではない

日本人が英語を学ぶ場合で考えてみます。

多くの人は、英語学習というと、

wear――着る

など、学習したい英単語に該当する日本語をセットで覚えるのではないでしょうか。

しかし、実際には「wear」という英単語は、日本語の「着る」とまったく同じ意味なわけではありません。

ズボン、マフラー、手袋、メガネ、化粧も英語ではすべて「wear」で表しますが、日本語では、それぞれ、はく、巻く、つける、かける、するなどの動詞が用いられます。

この、それぞれの言語の単語がカバーする意味の範囲の違いは、特にスキーマの差が現れやすく、学習を困難にする要素でもあります。

“wear”は日本語の「着る」とまったく同じではない
写真=iStock.com/LaylaBird
“wear”は日本語の「着る」とまったく同じではない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/LaylaBird

■日本語をベースに理解している

実際、私が以前行った調査で、日本の国立大学の学生さんに、ズボン、マフラー、手袋、メガネ、化粧などについて「wearを使えるか」という質問し、○か×かで答えてもらいました。

すると、日本語で「着る」と表現する範囲は○とし、日本語では別の表現を用いるところは×をつける傾向が顕著にありました。

本当は「wear」と「着る」では表す範囲が異なっているのにもかかわらず、それに気がついていないのです。

ただし、日本語の「着る」が「wear」よりも意味の範囲が狭い、とも言い切れません。というのも、日本語では「着る」と表現するのに、英語では「wear」が使えないシチュエーションもあるからです。それは、「動作としての着る」です。

■「動作」と「状態」ははっきり区別される

英語では、「着ている状態」は「wear」ですが、「着る動作」は「put on」で表します。同じ「着る」でも、状態と動作ははっきりと区別され、幼い子でも間違えることはありません。

そのため、目の前に裸の人がいて、なんでもいいから衣類を身にまとってほしいときは、

「Put on your clothes!」

となり、

「Wear your clothes!」

とは言えません。

一方、日本語の「着る」には、状態と動作の区別がありませんから、「今すぐ服を着なさい!」と言うときは「put on」の意味で「着る」が使われていますし、「あの人が着ている服」と言うときは「wear」の意味で「着る」が使われることになるのです。

■外国語のスキーマごと学ばなければ使いこなせない

このように、私たちは特に意識することもなく物事を母語のスキーマで考えているため、外国語を学習するにはそのスキーマごと学ばなければ、自然に使いこなすことはできません。

日本語の文を書いて、1語1語、和英辞典で合う単語を拾っていっても、自然な英文は作れないのです。

なお、外国語学習におけるスキーマの違いと、それを克服するための方法論は、拙著『英語独習法』(岩波新書)を参照してください。

【図表3】実は「着る」と「wear」は使える範囲が違う
実は「着る」と「wear」は使える範囲が違う(出所=『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』)

■「わかる」はスキーマに依存する

ここでは言語の例でお話ししましたが、私たちはあらゆる物事についてスキーマを持ち、それを当たり前のものとして考えています。

言い換えれば、ある人の「わかる」「わかった」は、あくまで「その人のスキーマ」を通してのものであるということ。

あなたが意図した通りに伝わっているか、正しく理解されているかどうかは、実際のところ、「あなたとは関係のないところ」で決まってしまう、と言ってもいいかもしれません。

なぜなら、相手が「わかった」かどうかはその人がどういうスキーマを持ってあなたの話を聞いているかに大きく依存してしまうからです。

「言ってもわかってもらえないのは、言い方のせいではない」「伝わらないのは、伝え方のせいではない」というのは、こういうことなのです。

■「わかった!」を鵜吞みにしてはいけない

ですから、相手が「わかった!」という態度を示していたとしても、それを鵜呑みにしてはいけません。

なぜなら、自分が期待したように理解されているかどうかは、定かではないからです。相手のスキーマに沿って独自に解釈されている可能性は大いにあります。

今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)
今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(日経BP)

翻って考えると、自分が「わかった!」と思ったときにも注意が必要です。本当にあなたは、相手が意図しているように理解できているのでしょうか……?

人は皆、自分の知識の枠組みであるスキーマを持っています。

つまりそれは、「自分なりの理屈を持っている」ということです。人の話はすべて、自分のスキーマというフィルターを通して理解されます。そういった意味で、スキーマは「思い込みの塊」でもあります。

相手に正しく理解してもらうことは、相手の思い込みの塊と対峙していくことです。そして相手を正しく理解することは、自分が持っている思い込みに気がつくことでもあります。これがいかに難しいことかは、想像に難くないでしょう。

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今井 むつみ(いまい・むつみ)
慶應義塾大学環境情報学部教授
1987年慶応義塾大学大学院社会学研究科に在学中、奨学金を得て渡米。1994年ノースウェスタン大学心理学部博士課程を修了、博士号(Ph.D)を得る。専門は、認知・言語発達心理学、言語心理学。2007年より現職。著書に『ことばと思考』『学びとは何か 〈探求人〉になるために』『英語独習法』(すべて岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)など。共著に『言葉をおぼえるしくみ 母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫)、『算数文章題が解けない子どもたち ことば・思考の力と学力不振』(岩波書店)など。最新刊で秋田喜美氏との共著『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)は大きな話題となった。

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(慶應義塾大学環境情報学部教授 今井 むつみ)

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