「マグロが1kg1500円→4000円」仕入れ値上昇、人手不足だけではない…日本のすし店がバタバタ倒産していく理由
プレジデントオンライン / 2024年5月22日 9時15分
■すし店倒産の背景にある4つの理由
すしは日本を代表する伝統的な料理文化であり、世界的にも高い評価を受けています。しかし近年、すし店の経営を取り巻く環境は厳しさを増していると言ってよいでしょう。東京商工リサーチによる2023年度の「『飲食業の倒産動向』調査」によると、すし店の倒産が前年度比で倍増しているのです。
これらの背景には主に4つの理由があり、その窮状を表していると言えます。大きな要因のまず一つが、優秀なすし職人の確保難と人件費高騰による人件費負担の大きさです。
すし職人とは、まさに匠の技が求められる職種です。長年の経験と、師匠から受け継がれた卓越した“わざ”がすしの味を左右します。そのため、すし店が腕利きの職人を抱えられるかどうかは、経営の命運を分ける最重要課題となります。
■すし職人を志す若者は減り、職人の高齢化が進む
ところが実際の現場では、深刻な人手不足に見舞われています。年々、すし職人を志す若者が減少の一途をたどり、熟練した職人の高齢化が進んでいるのです。背景には、修行の過酷さと就労環境の劣悪さがあります。すし職人への入門を控える傾向が強まっているのです。
「朝4時に出勤し、夜は11時近くまで働く。休みも週1日あれば良い」。かつての名店というものはこういうものでした。長時間労働と低賃金に加え、上司からの叱責もつきものだったわけです。このような現実が、若手の職人離れを後押ししているといえます。あわせて、近年のコンプライアンス重視の経営を求める環境も、こうした「修行」的な働き方が難しくなっていることの一因と言えます。
そして、求人難から、優秀なすし職人の獲得競争が激しくなり、給与水準の高騰を招いています。東京の高級すし店に勤める一流職人の年収は800万円を超すケースも珍しくありません。人件費の高止まりは、すし店経営を直撃しているのです。このように人材確保のカギを握る人件費コストの高止まりから、すし店経営は立ちゆかなくなりつつあるのです。
■マグロの価格は13年で倍以上…仕入れ価格が高騰
すし店の経営を圧迫する2つめの大きな要因が、主要ネタである魚介類の仕入れ価格の高騰です。中でも深刻なのがマグロの価格高騰。東京の卸売市場におけるマグロの平均入札価格は、2010年には1kgあたり1500円前後でしたが、2023年にはなんと4000円を超える価格になっています。
この背景には、マグロの需要増加と生産国での不漁や資源保護対策による漁獲量の減少があります。コロナ禍で輸入マグロの入荷が滞ったことも拍車をかけました。特に高級銘柄のマグロとなると、1キロ5000円を超えるケースもよくあり、すし店経営に大きな負担となっています。
かつてマグロはコスパの良いネタとされていましたが、もはや“ぜいたく品”といっても過言ではありません。マグロ以外でも、サーモンやウニなどの人気ネタの価格は次々と上昇しています。サーモンは主要産地でのコスト高からくる輸入価格の値上げ、ウニはロシア産の禁輸措置の影響を受けており、経営にさらなる負荷をかけているわけです。
さらにエネルギーコストの上昇に伴い、運送コストや冷蔵コスト、包装資材価格の上昇もあり、すべてのコストが吹き上がっているのが実情です。そのため、ネタの質を下げざるを得ないケースが出始めています。
こうした状況下で、ネタの質を保ちながらも価格を抑えるのは至難の業といえるほどになってしまったのです。魚価高騰はすし業界を直撃し、廃業の危機に追い込む大きな要因となっています。
■大手チェーンが質の高いサービスを提供するようになった
3つ目が競争の激化。すし店を取り巻く競争環境が一層激化しています。その最大の原因は、大手回転ずしチェーン店の急激な出店ラッシュにあります。国内店舗数では、1位のスシロー626店(24年5月時点)、2位はま寿司596店(24年2月時点)、3位くら寿司548店(24年5月時点)となっており、立地の良い商業エリアを着実に囲い込んできました。
くら寿司、かっぱ寿司、スシローといった大手チェーンは、もはや単なる低価格路線ではありません。鮮度維持の徹底や調理人の技術向上、本まぐろやいくらなど上質なネタの提供、店舗環境の改善など、質の高いサービスを打ち出してきたのです。
一方で、価格面での優位性は健在です。大量発注による仕入れコストの削減や、合理化された店舗オペレーションにより、コストを抑え価格競争力を保っています。品質とサービスの両面で、個人経営の中小すし店との差別化が難しくなってきました。
もっとも、そもそもすしの個人商店は家族の行きやすい場所ではなく、大手チェーン店と個人商店は最初から競合していないという見方もあります。しかしながら、「すしを食べるときの選択肢」が大手チェーン店によって増えたことにより、一定の影響はあったと考えるのが妥当でしょう。
■価格競争に敗れ、経営難に陥る個人店
顧客は立地の良い大手チェーン店に次々と奪われ、個人経営としてのすし店の売上は右肩下がりが続いています。価格競争に巻き込まれれば、確実に敗れるからです。
コンビニ各社や中食・外食産業での簡便なすし商品の台頭も、供給過剰を招き、さらに価格競争を激化させています。一部大手チェーンは、食材の安さを売りにした“超割安価格”を打ち出すなど、攻勢に出る動きも出始めています。
こうした中で、個人経営のすし店は厳しい立場に立たされています。高級化や個性的な提案で違いを打ち出そうにも、高い水準の技術と経営資源が必要とされ、ハードルが高くなっています。既に多くの個人店が価格競争に敗れ、経営難に陥っているのが実情なのです。
■「すしはヘルシー」から「糖質制限」の時代へ
すし店経営を圧迫する最後の大きな要因が、消費者ニーズの変化への対応の遅れです。もともと、すしはヘルシーであるという認識が強かったものですが、近年はすしの悪い面に注目が集まってしまう傾向にあります。例えばすしの持つ塩分や糖質、脂質が多い料理を敬遠する風潮が出てきました。一方で外食費に対するコスト意識の高まりから、手軽で低価格の外食需要が根強くなっています。
すしには、白米を主体とした糖質の過剰摂取、醤油や塩分に加え、とろなどの脂質の多さが指摘されがちです。健康を重視する層からは、カロリーや塩分、脂質を控えた提案が求められる時代になってきました。
しかし実際のすし店現場では、そうした対応が遅れがちな状況があります。健康的な工夫をすれば、すし本来の価値を損なうのではないかとの懸念があるためです。最近では健康メニューを導入する店もありますが、まだ本流とは言えない状況です。
一方で外食コストを抑える消費者ニーズへの対応も難しくなっています。仕入れ価格の高騰でコスト削減の余地が少なくなっているうえ、回転ずしチェーン店との価格競争に勝ち目がないためです。食材の質を下げれば、すしの本質を損なうことになりかねません。このように、外食における価値観の変化のなかで、すし業界は大きな岐路に立っているのが実情なのです。
■日本の社会問題がすし業界に集約されている
このように、すし店経営を圧迫する大きな要因は、人件費の高騰、魚価の値上がり、価格競争の激化、そして変化する消費者ニーズへの対応の遅れなどがあげられます。すし業界は長年の伝統の中で守り続けてきた価値観と、経営の効率化や新しいニーズとの間で、大きな板挟みに陥っているといえるでしょう。
人材や食材の確保難、そして新興勢力の台頭による競争環境の変化など、日本が直面する深刻な社会問題がすし業界に集約されているようにも見受けられます。消費者ニーズの変化への対応力の鈍さも、伝統と新しさの板挟み状況を物語っています。
こうした厳しい環境の中でも、優れた経営感覚と先見性、そしてすしへの誇りと情熱を持ち続けられる店こそが生き残れるはずです。一過性の対策に走るのではなく、すし業界の本質的な課題に向き合い、抜本的な改革に乗り出す時期に来ているのかもしれません。
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特定行政書士
1979年、埼玉県行田市生まれ。パワーコンテンツジャパン株式会社代表取締役。特定行政書士。専修大学法学部在学中に行政書士資格に合格。2003年、23歳で行政書士事務所を開設し、独立。2007年に士業向けの経営スクール「経営天才塾」(現:LEGALBACKS)をスタートさせ、創設以来、全国のべ1700人以上が参加。士業向けスクールとして事実上日本一の規模となる。著書に『小さな会社の逆転戦略 最強ブログ営業術』(技術評論社)、『資格起業家になる! 成功する「超高収益ビジネスモデル」のつくり方』(日本実業出版社)、『お母さん、明日からぼくの会社はなくなります』(角川フォレスタ)、『士業を極める技術』(日本能率協会マネジメントセンター)、『会社を救うプロ士業 会社を潰すダメ士業』(さくら舎)共著で『合同会社(LLC)設立&運営 完全ガイド はじめてでも最短距離で登記・変更ができる!』(技術評論社)などがある。
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(特定行政書士 横須賀 輝尚)
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