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斎藤幸平が考える“人新世のリーダー論”。「ボトムアップ型の自治では、カリスマ型のリーダーがひとりではなく、自分の得意分野で自主的に動くことのできる人が大勢いる“リーダーフル”な状態が重要」

集英社オンライン / 2023年11月20日 18時31分

民主主義の破壊や環境危機など「人新世の複合危機」に対処する上で欠かせないことに、「自治」というキーワードをあげた経済思想家の斎藤幸平氏。インタビュー後編では市民が自治の力を磨いた上でどんなアクションを起こすべきか、そして社会を動かす組織のまとめ方とリーダー論についても聞いた。(前後編の後編)

小さな「自治」の力で、社会を変えられるのか?

――「人新世の複合危機」を前にして、「自治」の力を磨く重要性はよくわかりました。では、「自治」の力を磨くにはどうしたらいいのでしょうか。ちゃんと成功している例なんてあるのでしょうか。

斎藤 遠回りのようですが、身近な問題を見過ごすことなく、アクションを起こしていくことから始めるしかないでしょう。イギリスの例ですが、自分の町のバスなど公営の交通網が民営化され、不便になったことに憤った女性3人のグループがありました。利用者のアンケートを取ったり、再公営化を願う署名活動を行ったり、彼女たちが始めたのは本当に小さな活動です。



しかし、それを繰り返し、活動の力をつけていくうちに、ほかの町で同じ問題に直面している人たちともつながりはじめ、交通網の民営化の失敗がイギリス各地の共通の問題として知れわたるようになりました。数年後、民営化されていた旧国鉄の一部さえもが、再び公営化されたのです。

斎藤幸平氏

日本でいえば、186票差で現職区長を破り、奇跡と呼ばれた、昨年の杉並区の区長選がいい例でしょう。地域の不要な再開発や児童館の廃止など、身近な問題を話し合う区民のグループのいくつかが集合して数年にわたって政策集を練り上げ、それに合う候補者を選んだのです。

白羽の矢が立ち、選挙にも勝った岸本聡子さん自身は、欧州のシンクタンクで公共政策の研究をしていた経験はあったものの、令和新選組の山本太郎さんのような、わかりやすいカリスマ的リーダー性を持ち合わせているわけではありません。

むしろ、選挙の主役は区民でした。自分たちの身近な問題を解決するにはどうすればいいのか考え、コツコツと活動を続けてきた。そうした地道な一歩一歩が「自治」の力をはぐくみ、また大きな成果を生むのです。

一人ひとりが動き始めた、日本の社会

――カリスマ型のリーダーが表れて「上から」の改革や政策で社会を変えるという考え方ではない、新しい動きですね。

斎藤 少し前までは、金融緩和をしてお金をばらまけば、社会はよくなるという意識が強かったと思います。しかし、今では、自分たちでも社会を変えるために動き出したほうがいいという雰囲気が少しずつ高まってきているのではないでしょうか。

たとえば、坂本龍一さんや村上春樹さんが反対をして全国に知られるようになってきた神宮外苑の再開発ですが、有名人が反対する前に、ビラを作成して配布したり、署名活動を始めたりした、一人ひとりの市民の小さな活動の積み重ねが大きいのです。

この神宮外苑の再開発の運動は、特定の政党や団体の指示で動いているのではありません。一人ひとりが動きながら、ネットワークを広げ、また、別の再開発の問題に取り組む市民に力と知恵を貸すなど、どんどん「自治」の実践に必要な能力を高めています。

――ほかにもそうした実例があれば、教えてください。

斎藤『コモンの「自治」論』で取り上げた北九州のNPO法人「抱撲」の奥田知志さんたちの「希望のまちプロジェクト」もそのひとつです。奥田さんたちは長年、野宿者支援に取り組んでいますが、生活保護を与え、アパートに入ってもらったらそれでお終いという「上から」型の支援でなく、野宿者が社会での居場所を見つけ、社会復帰できるようにその後も時間をかけて寄り添い支援する、「伴走型」の支援を実践しています。

助ける人と助けられる人という垂直的な関係性でなく、水平的な関係性の中で支援者が支えられ、学び、変わっていくという「問題解決型」のプロセスといえます。

前述の「希望のまちプロジェクト」で驚いたのは、特定危険指定暴力団・工藤会の事務所のあった土地を市から買い上げ、そこにコワーキングスペース、リサイクルショップ、シェアキッチン、障害のある子ども向けのデイケア、困窮者のためのシェルターなどを整備しようというのです。支援者、被支援者の関係を超えて互いに助け合い、交流する4階建ての施設を作る――そのプロジェクト総額は実に15億円にもなります。

施設には地域づくりコーディネイト室やボランティアセンターも併設される予定で、まさに行政や企業、家族にも対処できない自治の共空間を創出しようとしているのです。「コモン」を再生する自治力を磨くためには単に理論だけを論じていてもだめで、こうした地域の実践から展開するしかないと考えています。

リーダーはひとりでなく、大勢いることが重要

――ニューヨークでのウォール街占拠運動やスペインの抗議団体「怒れる人々」が中心となった「15M運動」など、欧米でも資本の論理に抗う動きが広がりを見せました。ただ、いずれも一時的なものに終わりました。こうした運動がうまくいくためには何が必要なのでしょう?

斎藤 リーダーフルな「自治」を育むことです。「リーダーフル」とは水平的運動として知られる「ブラック・ライブズ・マター」の創設者のひとりであるアリシア・ガーザが提唱した言葉です。変革を持続させるためにはレーニンや毛沢東のように突出したリーダーが前衛党のような組織をひとりで指揮するのではだめで、運動に参加する人々の中からたくさんのリーダーが生まれる組織や運動を作っていく必要があるというものです。

――リーダーがたくさんいると、主導権争いが起きて運動や組織が混乱しませんか?

斎藤 ボトムアップ型の自治や社会運動ではリーダーはひとりでなく、自分の得意分野で組織化を進めることのできるリーダーが大勢いることが重要なのです。それでこそ初めて、トップダウン型ではない運動が可能になり、地べたからの民主主義が生まれてくるのです。リーダーフルな運動は党が主導し、指揮する運動とは違います。もちろん、組織を持たない単なる連帯とも異なる新しい社会運動の形態です。それ『コモンの「自治」論』では、「斜め」の関係と呼んでいます。

新しいアイデア、価値観が生まれ、それが社会のコモンセンスになるには多彩な社会運動とリーダーが必要です。思い起こしてください。たとえば、気候変動問題もグレタ・トゥーンベリという少女が新たにリーダーとして運動に加わったことで、これだけ世界から注目されるようになったのです。限られたリーダーが国連などで議論しているだけでは、世界の人々が今のように気候変動問題への危機感を共有することはなかったでしょう。

日本でも、少しずつ、地殻変動は起きています。ひとりの小さな一歩が、別の人の背中を押すことになる。「下から」の「自治」は、もう始まっているのです。

取材/集英社オンライン編集部 写真/五十嵐和博 shutterstock

コモンの「自治」論

著者:斎藤 幸平 著者:松本 卓也 著者:白井 聡 著者:松村 圭一郎
著者:岸本 聡子 著者:木村 あや 著者:藤原 辰史

2023年8月25日発売

1,870円(税込)

四六判/288ページ

ISBN:

978-4-08-737001-0

【『人新世の「資本論」』、次なる実践へ! 斎藤幸平、渾身のプロジェクト】
戦争、インフレ、気候変動。資本主義がもたらした環境危機や経済格差で「人新世」の複合危機が始まった。
国々も人々も、生存をかけて過剰に競争をし、そのせいでさらに分断が拡がっている。
崖っぷちの資本主義と民主主義。
この危機を乗り越えるには、破壊された「コモン」(共有財・公共財)を再生し、その管理に市民が参画していくなかで、「自治」の力を育てていくしかない。

『人新世の「資本論」』の斎藤幸平をはじめ、時代を背負う気鋭の論客や実務家が集結。
危機のさなかに、未来を拓く実践の書。

【目次】
●はじめに:今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか? 斎藤幸平
第1章:大学における「自治」の危機 白井 聡
第2章:資本主義で「自治」は可能か?
──店がともに生きる拠点になる 松村圭一郎
第3章:〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ 岸本聡子
第4章:武器としての市民科学を 木村あや
第5章:精神医療とその周辺から「自治」を考える 松本卓也
第6章:食と農から始まる「自治」
──権藤成卿自治論の批判の先に 藤原辰史
第7章:「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場 斎藤幸平
●おわりに:どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために 松本卓也

人新世の「資本論」

斎藤 幸平

2020年9月17日発売

1,122円(税込)

新書判/384ページ

ISBN:

978-4-08-721135-1


【「新書大賞2021」受賞作!】
人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。
いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。
世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!
【各界が絶賛!】
■佐藤優氏(作家)
斎藤は、ピケティを超えた。これぞ、真の「21世紀の資本論」である。
■ヤマザキマリ氏(漫画家・文筆家)
経済力が振るう無慈悲な暴力に泣き寝入りをせず、未来を逞しく生きる知恵と力を養いたいのであれば、本書は間違いなく力強い支えとなる。
■白井聡氏(政治学者)
理論と実践の、この見事な結合に刮目せよ。
■坂本龍一氏(音楽家)
気候危機をとめ、生活を豊かにし、余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会が可能だとしたら?
■水野和夫氏(経済学者)
資本主義を終わらせれば、豊かな社会がやってくる。だが、資本主義を止めなければ、歴史が終わる。常識を破る、衝撃の名著だ。

【おもな内容】
はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章:気候変動と帝国的生活様式
気候変動が文明を危機に/フロンティアの消滅―市場と環境の二重の限界にぶつかる資本主義
第2章:気候ケインズ主義の限界
二酸化炭素排出と経済成長は切り離せない
第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
なぜ資本主義では脱成長は不可能なのか
第4章:「人新世」のマルクス
地球を〈コモン〉として管理する/〈コモン〉を再建するためのコミュニズム/新解釈! 進歩史観を捨てた晩年のマルクス
第5章:加速主義という現実逃避
生産力至上主義が生んだ幻想/資本の「包摂」によって無力になる私たち
第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
貧しさの原因は資本主義
第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
コロナ禍も「人新世」の産物/脱成長コミュニズムとは何か
第8章 気候正義という「梃子」
グローバル・サウスから世界へ
おわりに――歴史を終わらせないために

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