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ひき逃げした息子をかばう“裕福な加害者家族”と、すべてを失った“貧しき被害者遺族”…フィリピン映画がとらえる「罪悪感」と「赦し」とは

集英社オンライン / 2024年3月1日 11時1分

ハリウッドの大作映画や、テレビでおなじみの人気俳優たちが出ている邦画とは違い、諸国のマイナー映画とは出会う機会すらなかなかないものだ。だが、そんな異国の映画が珍しく公開されるのには、それなりの理由がある。フィリピン映画『FEAST~狂宴~』こそまさにそれにあたり、ずしりと心に響く映画体験を堪能できる。

貧富の差が明らかである社会で……

ひき逃げ交通事故という犯罪から物語が始まるこの作品。

犯人の逃亡を巡るサスペンスとか被害者家族による加害者への復讐物語のような、ありがちな展開を想像していると肩透かしを食らう。根底にあるのは、手酷い心の傷をもたらした“罪”に対して、人は“その罪に向き合うこと、そしてその罪を赦すこと”ができるのか、という問いだ。



高度経済成長期前の日本では、金持ちと貧乏人の格差は確かに存在していたし、だからこそ、丘の上の豪奢な屋敷に住む資産家の会社経営者(三船敏郎)の子供を誘拐して身代金をせしめよう考える貧乏な若者(山崎努)を描いた黒澤明監督の名作『天国と地獄』(1963/今度、デンゼル・ワシントン主演でハリウッドでリメイクされる!)にはリアリティが感じられた。

日本の場合、その後の高度経済成長で格差がほぼなくなり“一億総中流社会”となることで、世界で唯一成功した“社会主義国家”とまで揶揄されるようになった。しかし、小泉内閣から本格スタートした規制緩和によって富める者はより一層富み、一方で非正規雇用者など労働者はどんどん経済的に厳しい状況へと追いやられ、安倍長期政権下の自己責任風潮で“格差社会”が加速定着した結果、貧富の差はいまや誰の目にも明らかとなってきた。

かつてスペイン、そしてアメリカの植民地だったフィリピンの場合、戦後に独立した多くの旧植民地同様、独裁政権時代が続いて貧富の差があって当たり前という社会が今日まで続いている。

映画『FEAST~狂宴~』 ©2022 HONG KONG PICTURES HEAVEN CULTURE & MEDIA COMPANY LIMITED .All RIGHTS RESERVED.

本作の枠組みはこの貧富の差の上にあるのだが、一回りしてまた貧富の差が実感できるようになった日本だからこそ、本作で描かれている、“裕福であることを守り抜きたい加害者側”と、“貧しくとも明るく楽しく暮らしていた貧乏家族が全てを奪われた嘆き”の両方をリアルな肌感覚で感じられるようになったのではないだろうか。

日本とは異なる風習、価値観、法律に戸惑うが……

『FEAST~狂宴~』を見ていて、時々「アレっ?」と感じる瞬間があるのは、日本とフィリピンとの風習や価値観、そして何よりも法律の違いだ。わかりやすいところでは、日本では喪服や霊柩車は黒と相場が決まっているが、フィリピンではどちらも真っ白なこと。

もっと物語の根幹に関わる部分では、息子(ココ・マーティン)の運転するトラックがわき見運転で荷車付き原付の被害者側に追突事故を起こした後、けが人を救護して救急車を呼ばず、その場を立ち去った加害者親子が、“ひき逃げ”によってより罪が重くなるとは考えていないように見える点がある。

「今できることは何もない」と呟く父親(リト・ラピッド)の様子からは、今この場で逮捕されても、後で加害者として特定されて逮捕されても違いがない、というニュアンスが感じられる。

事故直後に血糊が付いたバンパーをガソリンスタンドで洗車して証拠隠滅しようとするシーンはあるものの、警察の捜査の手が及んでも逃亡しようとする素振りはまったくなく、同じ逮捕・禁固刑に処されるのであれば、家族との別れの時間や心の整理の時間を持ってからのほうがいいと考えているように見える(日本だと“ひき逃げ”が加われば当然罪が重くなる)。

被害者家族に目を向けると、荷車に乗っていた娘は軽傷で済んだものの、原付を運転していた父親は重傷で生命維持装置なしには生きていられなくなる。三人の子供を抱え、高額な医療費をとても払えない妻(グラディス・レイエス)は、これ以上の苦痛から夫を解放するべく、涙ながらに生命維持装置を外す選択をする。

映画『FEAST~狂宴~』 ©2022 HONG KONG PICTURES HEAVEN CULTURE & MEDIA COMPANY LIMITED .All RIGHTS RESERVED.


日本では医療従事者が行なおうが家族が行なおうが確実に罪に問われるが、フィリピンの法律ではどうも合法的な行為として認められているようだ。

被害者家はいつ“赦し”を与えたのか

もう一点重要なのは、加害者側の父親が将来ある息子のために、自らが運転していたことにして身代わりで逮捕・禁固刑に処されるという展開だ。日本だと身代わり出頭してそれが発覚した場合は、身代わりを引き受けた側も、身代わりしてもらった側もどちらも罪に問われる。フィリピンの法律でもそうなのかもしれないが、それが露見することはない。テーマとなっているのは、むしろ“心の中の罪悪感”だ。

映画『FEAST~狂宴~』 ©2022 HONG KONG PICTURES HEAVEN CULTURE & MEDIA COMPANY LIMITED .All RIGHTS RESERVED.

物語の後半、加害者家族は、大黒柱の父親が刑に服す一方、働き手を失った被害者家族全員を使用人として雇い入れている。大切な夫、大切な父親を奪った家族のもとで献身的に働く被害者家族の様子からは、加害者家族の父親が罪を認めて刑に服しているのだから、という理由からか、感謝の念こそあれ、心の負い目や恨みのようなものは感じられない。

父親が刑務所に入ることになる場面との間には時間的な経過があるので、あるいはその間、申し入れを受け入れるかどうか被害者家族の中でも葛藤があったのかもしれない。だが、そこを敢えて描かないことで、見ている者に「被害者家族たちは本当に加害者家族を心の底から赦しているのだろうか?」と訝しむような緊張感を強いている。

そして、刑期を終えて出所した父親を迎えての家族全員による祝宴が計画され、そのご馳走を被害者の妻が準備をする、というラストを迎えるのだが、祝宴が近づくにつれ、身代わりで服役した父親のお陰で刑を免れた息子の罪の意識が増幅される。社会的な制裁は受けることなく済んだが、自らの“心の中の罪悪感”から逃れられない。

これは、やはりフィリピンという国がカトリック国であることと関係があるだろう。劇中に度々挿入されるイエス・キリストのイメージからは、“自らの罪への赦しを請う者/赦しを与える者”のメンタリティの源泉がカトリック信者としてのアイデンティティにあることが見て取れる。

見どころとしての伝統的パンパンガ料理の数々

このラストの祝宴こそが、「赦し」や「癒し」の儀式となること以外はネタバレになるので詳しくは触れないが、映画作品としての本作を魅力的にしている要素に、祝宴で供される伝統的パンパンガ料理というものがある。

映画『FEAST~狂宴~』 ©2022 HONG KONG PICTURES HEAVEN CULTURE & MEDIA COMPANY LIMITED .All RIGHTS RESERVED.

そのメニューを言葉で伝えたところで、映像から感じられる美味しそうな料理の醍醐味を伝えられるわけではないのだが、記しておくと――鶏肉入り生姜スープ、サレン・マノック、鯰の揚げ物とパコサラダ、魚のローストにビーフステーキ、豚の内臓のシチュー、ポークの角煮、コラーゲンたっぷりの豚の頭・鼻・耳・レバーに脳みそも入れて細かく刻み、仕上げに刻んだ唐辛子・玉葱と塩コショウで和えたシング――といったメニュー。

ほかにも、刑務所に入る父親に対して、年老いたその母親が出すおやつのココナッツの焼き菓子、妻が客をもてなす水牛のプリン、レバーとパグをみじん切りにして炒めたプルトック、といった珍しいフィリピン料理の数々が、全編を通じて画面を彩っている。

傷ついた人の心を何よりも癒すのは、心のこもった美味しい料理に他ならない、というのが本作の一番伝えたいことなのかもしれない。

文/谷川建司

『FEAST -狂宴-』(2022)104分
3月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開



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息子の罪を庇う加害者家族と、全てを失った貧しき被害者遺族。遺族を使用人として雇い始まった奇妙な共同生活の辿り着く先とは? 息子が起こした交通事故の罪を被り、刑務所に収監されていた家族の長の帰還を祝う宴の準備が進められている。収監されている間、妻と息子は、協力しあって家族と家計を守り、亡くなってしまった男の妻と子供たちを引き取り使用人として面倒を見ていた。しかし、宴の日が近づくにつれて後ろめたさと悲しみが再びあらわれ、「失った者」と「失わせた者」との間の平穏はかき乱されていく…

©2022 HONG KONG PICTURES HEAVEN CULTURE & MEDIA COMPANY LIMITED .All RIGHTS RESERVED.

公式サイト:https://www.m-pictures.net/feast/index.html

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