「世界的業績」を生み出すアーティストはなにが違うのか? 「ひとりでの練習量」と「練習する時間帯」に秘密があった
集英社オンライン / 2024年3月15日 11時1分
何らかのことが「できる/できない」は天賦の才能によるもの、と考えている人は少なくないが、そこに異論を唱えるのが、20カ国以上で翻訳されたロングセラーの新装版『新版 究極の鍛錬』だ。モーツァルト、タイガー・ウッズなどの天才たちを研究した成果とともに、彼らに共通する要素「究極の鍛錬」を突き止めた本書より、1990年代初頭にベルリンで、バイオリニストを対象に行われた研究から世界的業績を生み出す人が持つ秘密を紹介する。
一流と二流を分けるもの
この研究の目的は、なぜある特定のバイオリニストが他より素晴らしいのかを明らかにするものだった。
当時、大変優秀な音楽家を輩出することで有名な西ベルリン音楽学校(大学の音楽課程)に研究者は赴いた。同校の卒業者の多くは実際著名な交響楽団やソロの演奏家としてキャリアを積んでいる。
研究者が同校の教授たちに、国際的なプロのソリストとして活躍しそうな最高のバイオリニストを指名するよう依頼した。
併せてトップグループほどには優秀でないものの大変上手なバイオリニストたちも被験者の候補にあげさせ、入学基準がより低い大学内の別の学部のバイオリニストたちも指名させた。
この3番目のグループにいる生徒は卒業後、通常一般の学校の音楽の先生となっていった。
研究者はこの学部からも同時に被験者を集めた。この結果、三つの被験者グループが集まったことになる(これからは「最高」「よりよい」「よい」と彼らの各グループを呼ぶことにする)。
研究者たちは被験者の選択にあたって、それぞれのグループが年齢(被験者となった生徒たちは20代前半であった)と性別でなるべく同じような集団になるように配慮した。
・収集したデータ
研究者はすべての被験者の個人的データを収集した。たとえば、何歳で音楽の勉強を始めたか、どんな先生についたか、どんなコンクールに出場したかなど多くの情報を収集した。集められたデータは同校の教授が行った演奏者としての学生評価と一致する結果となった。
たとえば、「最高」のグループにいるバイオリニストは「よりよい」グループのバイオリニストよりもコンクールで成功することが多く、「よりよい」グループにいるバイオリニストは「よい」グループのバイオリニストよりも成功することが多かったのだ。
被験者は、演奏を始めて以来毎年一週間に何時間練習してきたかを算定するように指示を受けた。被験者は各自の活動に関する長いリストを渡され、それを音楽関連と非音楽関連に分け活動を書き込み提出するように指示された。
どの活動にどの程度の時間を最近費やしたか、それぞれの活動に通常一週間に何時間使ったか尋ねられた。
自分たちがよりよいバイオリニストになるために、それぞれの活動がどのような意味をもっているのか自己評価することも求められた。そして、いかにそれが楽しかったかも併せて質問された。
前日どのように時間を使ったのかも含めてより多くのことを一分単位で聞かれ、一週間あたりの日記も書くことを求められた。
日記は必ずしもいつも正確とは限らないので研究者がその内容をいろいろな方法を用いてチェックし、どの活動にどれだけの時間をかけ、申し出の内容が正しいかを確認するため、被験者と長い面談も行った。
その結果、膨大なデータの宝庫を得ることになった。素人がこのデータを見ると単に日曜日からのバイオリニストの生活や活動を13の方法で分析したものにすぎないというかもしれない。研究者の分析の結果明らかになった事実は、明瞭でかつ重い意味をもつものだった。
「一人で練習している時間」に劇的な差
多くの基準で三つのグループのバイオリニストはほとんど似通っていた。約8歳でバイオリンを始め、15歳のとき音楽家になることを決意している。
統計学的にみて三つのグループに意味ある違いを見つけることはできなかった。この研究が実施されるまでに被験者たちはすでに10年間バイオリンを演奏していた。
おそらくもっとも驚かされるのは、この三つのグループは週に同じだけの時間を音楽関連の活動に使っていたということだ。具体的には、個人レッスン、個人での練習、クラスでの授業で、一週間の合計時間は約51時間だ。
この基準で評価する研究者は三つのグループの間で統計上意味ある違いを見つけることはできなかった。
この三つのグループは、いずれも朝早く起き、何時間も費やし自分たちが求めたキャリアであるバイオリンに専心していた。それは他の多くの分野の人と同様に厳しい一週間の訓練だった。
どの活動が自分たちの上達に重要か、被験者にははっきりとわかっていた。それは自分で練習することだ。
12の音楽に関する活動と、10の音楽とは無関係の活動(家事や買い物や余暇など)の中で何がバイオリンの上達に重要かを評価するよう求められて、誰もが一人で練習することを一番にあげている。
生徒はみな知っていたが、全員が同じようにその大切なことを実行してはいなかった。一人で練習することの重要性は理解していたが、実際に一人で練習している時間は、3つのグループ間で劇的に異なっていた。
「最高」と「よりよい」グループは一週間平均で24時間。しかし、「よい」グループは週にたった9時間しか練習していなかった。
「究極の鍛錬」が世界的業績を生み出す
訓練のもつその他の側面を考慮するとき、この発見はさらに豊かな意味をもってくる。バイオリニストたちは「一人での訓練はもっとも重要な活動だが、もっともつらくおもしろくないものでもある」と明言している。
努力が必要になる活動の評価をしてもらうと、一人で練習することは仲間や一人で演奏を楽しむときに比べはるかにつらいと自己評価している。そしてもっともつらい一人の練習は、大変な育児よりもつらいとまで評価していた。
楽しさに関する評価では、楽しんで弾くことに比べ、一人での練習ははるかに低い位置にランクされている。もっともストレスが多く、またもっともおもしろくない活動と一般的には思われているグループでの正式な演奏よりも、一人での練習はさらに下の位置に評価されている。
一人での練習はとてもつらいため、たくさん練習するには自分の生活を特別な方法で調整する必要が生じてくる。「最高」と「よりよい」の二つのグループの場合、朝の遅い時間帯か、午後早い時間帯でまだ活力のあるうちに自分一人で練習している。
それに対して3番目の「よい」グループに属するバイオリニストたちは午後の遅い時間に練習している。それは彼らがもっとも疲れていると思われる時間帯である。
上位2グループは3番目のグループともう一つの点で異なっていた。上位のグループは下位のグループより夜長く寝るだけではなく、多く昼寝をする。一人での練習は消耗が激しく、体力回復には多くの休息を必要とするようだ。
個人でコントロールできるという意味において、音楽活動の中では一人での練習は特異である。レッスンを受けたり、授業に参加したり、演奏会をしたりすれば他人がかかわってくるので、制約を受けることになる。
一週間は168時間あるわけで、やろうと思えばほとんど限度なく自分一人で練習できるはずだ。しかし実際のところ、使える時間のほとんどすべてを練習に使おうとする人は、被験者の中には一人も見当たらなかった。
この調査結果をみるかぎり、上達するのにもっとも大切なことは自分一人で練習することだということを被験者はみな理解していた。しかし、一人での練習は簡単ではないし、おもしろくもないと思っていた。
実際一人で練習をしようと思えば、無制限の時間をもっていた。この点において三つのグループはみな同じだった。違っていたのは練習しようとした人たちがいたということであり、そして一人で多くの練習をした者がすぐれたバイオリンの弾き手であったということだ。
練習の効果は累積によって生まれる。この研究が実施された時点で「最高」と「よりよい」グループのバイオリニストたちはほぼ同じ時間量すなわち週に24時間練習していた。
これは単に「よい」グループのバイオリニストに比べ、圧倒的に多い練習量だが、上位2グループ間では練習時間に意味ある違いを見つけることができなかった。差がないということが問題を提起しているように研究者には思えた。
より多い練習がよりよい演奏を意味するなら、どうして「最高」グループが中間に位置するグループより多くの練習をしていないのだろうか。
累計の練習量と業績の関連性
何が上達の差をつくるのか?
その答えはそれまでの練習時間にあった。すべての被験者はバイオリンを始めてからこれまで、一週間あたり何時間練習していたか、年ごとの概算を出すように求められた。これによって研究者たちはこれまでの累積総練習時間をはじき出すことができるからだ。
結果は驚くほど明瞭だった。18歳に達するまで最上位のグループは平均で7410時間練習しており、2番目のグループは5301時間、3番目のグループは3420時間練習していた。これらの差異は統計的に大変意味のある違いだ。
加えて、この数字が示している意味はもっと深い。お気づきのとおり、累計の練習量が多いほどより業績が上げられるのだ。
しかし、ここで次世代のアンネ=ゾフィー・ムターあるいはジョシュア・ベルをめざして国際的に活躍するソリストになろうと、18歳で決意した第3グループのバイオリニストの状況を想像してみよう。
しかしこのバイオリニストは、これまでにすでに自分の2倍以上の累積した練習量を積み上げている同年齢で最高のバイオリニストの実力と同等かあるいはそれ以上の能力を身につけなければならないのだ。
現状でもライバルの一人での練習時間は週あたり24時間で自分は9時間というはるかに少ない練習時間であるにもかかわらず、追いつくには彼らよりも長く練習しなければならないのだ。
老人になる前に追いつこうと思えば、何倍もの量に練習時間を増やさなければならない。そしてちょうど成人としての責任をもち、経済的にも自立を始める時期にこうした自らを消耗させる活動を行わなければならないのだ。
要するにこの若者が、今からバイオリンのソリストの世界に飛び込むことは理論上可能でも、事実上はほとんど不可能だということだ。こうした状況に内在している問題は、個人および組織にとっても大変重大なものになっているのだ。
文/ジョフ・コルヴァン
新版 究極の鍛錬
ジョフ・コルヴァン
2024/3/7
2,090円
442ページ
978-4763141248
あなたも、努力が面白くなる!
世界的業績をあげる人々に共通する「究極の鍛錬」とは?
ニューヨークタイムズベストセラー! 20カ国以上で翻訳され、何年も読まれ続けるロングセラーの新版の登場です。モーツァルト、タイガー・ウッズ、ビル・ゲイツ、ジャック・ウェルチ、ウォーレン・バフェット……など天才たちを研究した成果がここに! あなたは、才能がない人間はハイパフォーマンスを上げられないと思っていませんか? しかし、抜きん出た成功の源泉は才能ではないのです。本書の著者ジョフ・コルヴァン氏は心理学の先端分野「達人研究(Expert study)」を手がかりに、ハイパフォーマンスを上げる人たちに共通する要素――「究極の鍛錬」――をつきとめました。本書でその内容が明らかに!
(目次)
第1章 世界的な業績を上げる人たちの謎
第2章 才能は過大評価されている
第3章 頭は良くなければならないのか
第4章 世界的な偉業を生み出す要因とは?
第5章 何が究極の鍛錬で何がそうではないのか
第6章 究極の鍛錬はどのように作用するのか
第7章 究極の鍛錬を日常に応用する
第8章 究極の鍛錬をビジネスに応用する
第9章 革命的なアイデアを生み出す
第10章 年齢と究極の鍛錬
第11章 情熱はどこからやってくるのか
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