〈台湾の真実〉地震発生3時間後、驚異のスピードで避難所が開設できた台湾のお国柄とは。きっかけは“走り出したら止まらない”国民性を最大化させたデジタル担当大臣の施策
集英社オンライン / 2024年5月16日 8時0分
2024年4月3日にM7.2の強い地震に襲われ、その後も1400回以上の余震が観測されている台湾。過去、東日本大震災の際には巨額の義援金を集めたり、新型コロナウイルス流行時には、驚異のスピード感で対策を講じることができたりしたのはなぜか?
【画像】オードリー・タンが3日で公開したマスクの在庫がリアルタイムで分かるアプリとは
近年の台湾事情を『台湾の本音〝隣国〟を基礎から理解する』(光文社新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
圧倒的なスピード感で達成した新型コロナ対策
2019年に始まったコロナ問題で、台湾の対策の良さが印象に残っている人もいるかもしれません。ウイルスの特性も分からず、どういった対策をすればよいのか躊躇しているうちに、感染が広がり、各国ともパニック状態に陥りました。
ところが、台湾は新型コロナのなんたるかが分かる前に、圧倒的なスピードで対策を打ち出していったのです。
翌2020年の1月5日には専門家の会議を開き、1月20日には日本の厚生労働省にあたる衛生福利部が中央感染症指揮センターという委員会を開き、2月6日には中国との往来を封鎖しました。ここまでわずか1ヶ月。新型コロナの初動を巧みにやったことで世界的に高い評価を受けたのです。そのあたりは拙著『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』に詳しく書いています。
このことは台湾の人々にも大きな自信を与えました。
台湾は「TAIWAN CAN HELP」というキャッチフレーズを作って、世界に対するマスク支援などを活発に行います。その台湾が国際機関、とくに世界保健機関(WHO)に入れていないこと、その背後に中国の反対があることに疑問が広がりました。
健康や衛生の問題は政治対立を超えるべきではないか、そんな当たり前の疑問が人々の間に共有されたのです。
私は台湾のコロナ対策の成功の背後に「失敗から学ぶ」という作業を地道にやった経験があると思っています。2003年に台湾で重症急性呼吸器症候群(SARS)が蔓延しました。
当時の陳水扁政権は対策が後手後手に回ったことで、84人の死者を出して国民からの非難を浴びることになります。この反省を活かし、同年に庁間の協力で迅速な伝染病防止対策を行える伝染症防治法を制定、国家衛生指揮センターを設立するなど、緊急危機対応のための整備を行ってきました。それが今回の対策に役立ったのです。
これは蔡英文政権だけの功績ではなく、台湾の人々が万が一に備える努力を重ねてきた結果でもありました。
3日で作られたマスク在庫アプリ「マスクマップ」
新型コロナ対策で一躍有名となったのが、デジタル担当大臣のオードリー・タン(唐鳳)でしょう。新型コロナの流行後、マスクの品切れが予想されたことで、すべてのマスクを政府が買い取って輸出を禁止します。
そこからわずか3日後、彼女はマスクの販売店と在庫がリアルタイムで分かる「マスクマップ」というアプリを公開したのです。
中学を中退してドイツへ留学、19歳のときにシリコンバレーで起業をしたタンは、馬英九政権時代に政府のアドバイザーを務め、2016年の蔡英文政権下で行政院政務委員に登用されました。
彼女自身もプログラマーで、台湾にいる民間のシステムエンジニアやホワイトハッカーたちとのネットワークを持っています。このマスクマップも、もとはある市井のプログラマーがWeb上にアップしていたものでした。それをマスク規制が始まった日に見た彼女は、マスクの流通データをオープンデータにしたのです。
そのうえで、このデータを使って民間のホワイトハッカーたちがマップ作りを行います。わずか3日でアプリが完成できたのは、自分の理想や理念、アイデアを、いろんな人を通して実現していくオーガナイザーとしてのスキルに長けているからでしょう。
私はこうした台湾のスピーディな対応を見て、走り出したら止まらない、という台湾人のノリの良い国民性が、いい方向に出たと感じました。いいアイデアが出たら即実行、ダメならほかを考える──喩えは悪いかもしれませんが、ゲーム感覚で楽しむようにコロナ防止策を立てていったような印象を持たずにはいられませんでした。
スマホ普及率98%!? 台湾は本当にデジタル社会なのか?
コロナ対策におけるスピード感の一因は、オープンガバメントの思想が定着していることも挙げられます。これを推進しているのもオードリー・タンでした。
民間からのさまざまな助言や政策提言をどんどん吸い上げるプラットフォームがあることで、次々と対策を打ち立てていける。マスクマップもそうでしたが、まずは国が持つビッグデータをオープンにして広く有効的に活用していく、というのが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の基本です。
台湾では日本よりも早い2003年に国民背番号制(日本でいうマイナンバー)が施行されており、健康情報も含め、システムに全国民のデータを紐づけできるようになっています。
こうした下地もあって、2022年にはデジタル発展省を設置、初代大臣には彼女が就任しました。
台湾のデジタル化構想は、リトアニアなどの小国におけるデジタル技術を活用したスマート国家がイメージにあると思われます。
確かに、日本人に比べて台湾人はデジタルデバイスへの親和性が高い。台湾ではスマートフォン(以下、スマホ)の普及率が98%ともいわれ、街では老人たちがスマホを使いこなしている姿もよく見かけます。
デジタル化へのハードルは低いのかもしれません。
ただし、私が実際に台湾で生活してきた実感をお話しすれば、本当に台湾はデジタル社会なのか?と思うことも少なくありません。
なにせ台湾は日本以上のハンコ文化です。何をするにも書類にはハンコがないといけない。後はインフラの問題です。台湾におけるインターネットの普及率は、東アジアで日本、韓国に次ぐ3位。しかも回線が遅く、地方ではアクセスの確保に苦労するときもあります。
実像と虚像という部分が、台湾のデジタル化については存在しているように思います。
ただ、先ほどお話ししたように、良いとなったら即実行の国民性ですから、デジタルを活かしたライフスタイルに変えていこうというモチベーションは高い。現与党の民進党も新
しい時代に即した政策を遂行するところに人気を保つ秘訣があるので、国を挙げてのデジタル推進はしばらく続くだろうと思われます。
東日本大震災の義援金が250億円以上集まった理由
さて、台湾を「親日の国」として多くの人が認識するきっかけとなったのは、2011年に起こった東日本大震災への対応ではないでしょうか。
これは日本への友情の証、とくに台湾でたびたび起こる地震や水害で救援をもらった恩返しの意味も込められているでしょう。2360万人ほどの国から、約73億台湾ドル(現在のレートで250億円以上)もの震災義援金が送られるという、政治家やメディアがいくらがんばってもできない行動です。
この驚くべき数字は、単なる親日という言葉だけでは説明がつかない部分がありますよね。
この背景にも、台湾特有の文化が見えてきます。
誤解を恐れずに言うと、これだけの義援金が集まったのは、震災に苦しむ日本を助けようという「ブーム」が起きたことが大きいのです。台湾はブームに乗りやすい国民性があります。先ほど述べたように同調圧力はないにもかかわらず、一度「いいことだ」と考えたことには、一気に乗っていく社会の空気があるわけです。
実は、2008 年に中国で起きた四川大地震に対しても、台湾からおよそ70億台湾ドルの義援金が寄せられています。その際も、東日本大震災のときのように社会全体が高い同情心に包まれました。地震が起きた当時は馬英九政権が選挙で勝利を収めた年で、中台関係改善の機運が高く、中国への関心も高いものがありました。
日本への義援金も大変有り難いものであることはいうまでもない一方で、「親日だから」というだけで受け止めるだけではなく、台湾の国民性という部分から分析してもいいと思います。台湾の人たちに「震災のときはありがとうございました」と伝えると、意外と当時のことを覚えていない人も多いのです。
いずれにせよ、台湾は一つの関心ごとに対して突き進む、ワン・イシューの国なんですね。
ですから、政権に問題が起きれば反対票が集まって政権交代が起こる。2022年の統一地方選で民進党が大敗したのも、社会の空気によるものが大きかったですし、新型コロナ対策が迅速に浸透したのも、こうした台湾ならではの「ノリの良さ」という特色が発揮されたといえるでしょう。
文/野嶋剛
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