苦戦する「日本アパレル」、値上げする"4つの秘策" 「一律の値上げ・値下げ」はNG!では、どうする?
東洋経済オンライン / 2023年12月14日 11時1分
コロナ禍、世界的なインフレ、ウクライナ戦争やパレスチナ問題、そして気候変動の急速な悪化……。地球規模で起こる事象を受け、アパレル業界はいま、グローバルで大きく変化している。
【図でわかる】経済絶好調のアメリカでさえ苦戦?「安すぎる日本アパレル」が値上げできない深刻な訳
2000年代から世界を席巻した「大量生産・消費のファストファッション」は、地球環境に配慮する「サステナブルファッション」に移行しつつある。欧米を中心に規制やガイドラインが整備され、消費者の意識・行動も変わりはじめた。
結果、新品市場が伸び悩み、中古品市場やデジタルファッション市場に注目が集まっている。
グローバルでファッションの潮目が大きく変わる中、日本のアパレル企業は生き残ることができるのか?
話題の新刊『2040年アパレルの未来ー「成長なき世界」で創る、持続可能な循環型・再生型ビジネス』を上梓したコンサルタントの福田稔氏がアパレル/ライフスタイル領域の企業が今、何をすべきかを解き明かす連載2回め。「日本のアパレルが値上げする秘策」について解説する。
*この記事の前半:「安すぎる日本アパレル」値上げできない深刻な訳
値上げを成功させる「4つの戦略アプローチ」とは?
前回の記事「『安すぎる日本アパレル』値上げできない深刻な訳」では、アパレル業界が全体的には値上げができずに苦しんでいる一方で、一部のブランドでは値上げに成功しており、そうしたブランドでは科学的・定量的なプライシング戦略がとられていることを説明しました。
今回は、その具体的な中身について紹介します。
プライシングに科学的・定量的な戦略アプローチを導入している企業では、アパレルにおいては大きく「4つのポイント」を考慮しながら、戦略的に値決めを行っています。
① 顧客のWTP(Willingness to Pay)に基づいた値決め
WTP(Willingness to Pay)とは、顧客が商品に対していくら払えるか、払える金額の最大値を見定めて値決めをするという考え方です。
別の言い方をすると、生活者から見た“価値”ベースの値決めです。
掛け率から判断する原価ベースの値決めとは真逆のアプローチと言えます。
アパレルで「一律の値上げ・値下げ」は不向き
たとえば、掛け率や過去の慣習から1万4200円で売っているニットがあったとします。
これをWTPに基づき分析すると、1万4900円でも売れる数量はほとんど変わらないということがあります。このWTPの上限を見極めた価値ベースの値決めが粗利を増やす第一のポイントです。
ここで大事なのは、どこまで価格を上げるとWTPが下がるか、売れる数量が大きく減るかは、アパレルの場合、カテゴリーやSKU(
そのポイントを「価格の崖」と呼びます。
アパレルの場合、インナーウェア、シャツ、重衣料、靴・アクセサリーなど、カテゴリーが多岐にわたりますので、各カテゴリーやSKUによってWTPの上限である「価格の崖」が異なり、それらをしっかり見極めることが値決めのうえで重要です。
したがって、一律の値上げや値下げといったアプローチは、アパレルにおいては不向き、悪手となります。
② 「アンカリング」による価格パーセプションの醸成
アパレルのブランドには、一番品数の多い価格帯、いわゆるプライスポイントが存在します。
このプライスポイントの商品をお買い得に見せるために、「アンカリング」となる高価格帯の商品も差し込むことが重要となります。
「アンカリング」とは、心理学における認知バイアスのひとつで、日本語で「いかり」を意味する「アンカーとなる数字」を見せることで、その後に見た数字に対する印象・認識が変わるという現象です。
たとえば、先に高価格の商品を見せておくと、販売したい価格帯の商品を購入する確率が高まるというわけです。
また、「プライスポイント」を2つ作り、顧客層のWTPに応じてそれぞれに誘導することも可能です。
このような商品数と価格帯の設計はプライシング戦略では重要ですが、国内アパレルの場合、「プライシング視点」では設計されていないことが多いです。
「表示の方法」も、もっと工夫できる
③ 心理学を適用した「表示価格」のマネジメント
テクニカルな施策になりますが、端数を80円や90円に統一するなど、ブランドのポジションに応じ、端数表示をルール化することも粗利を最大化するうえで重要です。
また、税抜き表示と税込み表示の大きさを変えるなど、よりお得感を与える印象を、表示方法を工夫することにより、つくり出すこともできます。
④ 「科学的な値引きルール」の確立
国内アパレルでは、30%オフ、50%オフというようなオフ率ベースの値引きが一般的です。
しかしながら、オフ率ベースの値引きには「2つの課題」があります。
値引きにおける「2つの課題」とは?
第1に、WTPおよび端数価格を考慮しないことによる粗利の取り逃しです。
たとえば、2万9000円のニットを単純に30%オフにすると、2万300円です。
この場合、大きく2つの改善機会があり、端数価格を調整して1万9900円(32%オフ)にしたほうが、消化率が上がり粗利が最大化できるケースと、2万円台で売り切れる商材と判断できる際は2万900円(28%オフ)にしたほうが粗利を最大化できるケースがあります。
いずれにせよ、単純にオフ率を設定するのではなく、顧客のWTPを見極めて、価格を最終調整したほうが、粗利を最大化できるのが定石です。
第2の課題は、30%、50%、70%というようにオフ率を設定してしまうと、顧客にパターンを認識されてしまい、「このまま待てば値引き率が下がる」と思われてしまうことがあることです。
特に、値引きが常態化しているブランドの場合、足元をみられてしまうケースが多く、注意が必要です。
したがって、値引きのルールづくりにおいては、従来の消化率とオフ率の考え方に加えて、価格ベースでの調整ルールを加えて高度化を図ることが重要です。
さらには、地域別・店舗別の調整弁を組み込むと、昨今のマクロ経済環境に即した効果的・機動的な値引きができるようになります。
「粗利を改善できる可能性」は大いにある
以上のように、旧態依然とした国内アパレルの価格設定に、WTPをはじめとする価値に基づく科学的・定量的なプライシングの考え方を導入することで、粗利を改善できる可能性は大いにあります。
実際、外資系ブランドの場合、コンサルティング会社を活用して、上述のようなアプローチをプライシングに導入しているブランドはたくさんあります。
最終的には個別のブランド力にもよる部分もありますが、国内ブランドでもプライシングの考え方を見直し、一部商品の値上げや粗利の改善を行える可能性は十分にあるでしょう。
*この記事の前半:「安すぎる日本アパレル」値上げできない深刻な訳
福田 稔:KEARNEYシニアパートナー
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