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「快進撃」インドネシア高速鉄道、延伸計画の行方 経済急成長で「待ったなし」、資金調達には課題

東洋経済オンライン / 2024年1月6日 6時30分

バンドン側のターミナル、テガルアール駅を出発したハリム(ジャカルタ)行きの高速鉄道(筆者撮影)

2023年10月18日から商用運転を開始したインドネシア、ジャカルタ―バンドン高速鉄道の快進撃が止まらない。前評判とは裏腹に平均乗車率は9割を超え、12月までの総利用者数は100万人を突破した。

【写真と図で解説】かつては屋根まで人があふれていたインドネシアの鉄道。高速鉄道は名称に中国が入るKCICの名を極力避ける。ほかに日本の支援で建設されたジャカルタMRTの電車など。

利用者数の増加に合わせて運行本数も増発が続き、年末時点で1日24往復にまで拡大した。11月に開催されたFIFA U-17ワールドカップの観客輸送にも一役買っており、バンドン側終点のテガルアール駅から会場の1つであるシ・ジャラック・ハルパットスタジアムまで無料のシャトルバスを走らせ、ジャカルタからの日帰りを可能にした。

在留邦人にとっても、ビジネスに観光に、さっそく欠かせない足になっており、「新幹線より速くて揺れない」「静か」と、インドネシア人の同様のコメントが決してお世辞でないという驚きの声があふれている。人口260万人を超えるバンドンと首都ジャカルタが1時間弱で結ばれたインパクトは大きく、もはや開業フィーバーという状況は過ぎたといっていいだろう。利用者の約半数はマイカーからの転移であるという統計も出ている。

インドネシアは「日本の高度成長期」

開業前には、多額のコスト、そして民間プロジェクトとしての約束を反故にした国費投入など、メディアから批判の対象になることもあったが、反対の声を上げていた記者たちも、いざ高速鉄道に乗ってしまえば、「東南アジアで初めて高速鉄道を持てたことを誇りに思う」と口を揃え、それまでの舌鋒鋭さはどこへやら、すっかり高速鉄道に“飼いならされて”いる状態だ。また、インドネシア外務省は2024年の年始会見をバンドンで開催予定で、各国の大使が高速鉄道に乗車し、高い完成度を引き続き世界にアピールすることになりそうだ。

ジャワ島は、インドネシアの国土の面積の10%に満たないにもかかわらず、人口の約6割、1億5000万人が集中し、首都ジャカルタはもちろん、地方部にまで満遍なく高い人口密度のエリアが広がっている。日本列島と多くの近似点を持つ島ではあるが、どんな農村部であっても人々でにぎわっており、過疎や寒村という言葉とは無縁の世界だ。

人口の増加は当分続き、平均年齢は30歳ほどで人口ボーナス期真っただ中である。2050年までには日本のGDPを抜き、世界4位の経済大国になるとも予測されている。1960~1970年代の日本の高度経済成長期のようでもあり、高速鉄道が開業したのは当然のこととも言える。

ジャカルタ―バンドン間の鉄道は一時期衰退に見舞われていた。2008年当時、ジャカルタ―バンドン間の在来線特急「アルゴグデ」(現在の「アルゴパラヒャンガン」)の料金はエグゼクティブクラスでわずか4万5000ルピア(約410円)、無料の給食サービスまで付いていた。所要時間は現在と同等で、設備は今よりも豪華であった。同区間を結ぶ「パラヒャンガン」(エグゼクティブ3万5000ルピア=約320円)と合わせ、13往復ほどが設定され、インドネシア版エル特急といった様相を呈していた。

だが、利用者数は2005年にバンドンまでの高速道路が開業してから減少の一途をたどっており、2009年には運行本数が半分以下に削減(アルゴグデとパラヒャンガンが統合)され、一時は車両も5両に減車されるほど、両都市間の鉄道需要は縮小した。

富裕層取り込みに成功した鉄道

しかし、マイカー保有者の増大で、開業時にはジャカルタ―バンドン間1時間半を謳った高速道路も、渋滞で3時間を超えることが常態化してきた。一方、来るべき高速道路時代に備え、国鉄(KAI)はICT技術の導入と、「安全」「快適」「清潔」をモットーにする鉄道改革を推進し、中産階級の鉄道回帰が起こった。さらに、それまで鉄道に乗ったことのなかった富裕層までもが鉄道を利用するようになった。

閑古鳥の鳴いていたアルゴパラヒャンガンは一転、2013年頃から増発、増結が図られ、ダイヤ改正ごとに本数を増やして2019年12月には最大20往復が設定可能なダイヤになった。それでも週末にもなれば、当日のチケットはほぼ取れない状況であった。料金はこの10年間で大幅な値上がりを見せているにもかかわらずだ。2015年頃はエグゼクティブクラスが15万ルピア(約1390円)だったのが、今や25万ルピア(約2320円)である。単なる統計だけでは説明が付かないほどの経済成長がこの10年間に起きている。KAIの値上げ額は、もはや物価上昇率以上であるが、それほどまでに国民が豊かになっている。

高速鉄道は12月から、月~木曜日20万ルピア(約1850円)、金曜・土休日25万ルピア(約2320円)のプロモ価格に移行したが、利用者数は増加の一途だ。今後、30万ルピア(約2780円)の正規運賃になったとしても利用を継続するという乗客の声は、嘘偽りない国民の肌感覚と言える。

日本の超低金利ODAによる建設計画から一転、2015年に中国主導の政府保証を求めないPPP方式による建設が決定し、「できるものならやってみろ」と日本政府から恨み節が飛び出るほど、日本・インドネシア両国を揺るがしたジャカルタ―バンドン高速鉄道。順調な駆け出しとはいえ、113兆ルピアとも言われる巨額の建設費をどう返済するのかは、引き続き、日本側からも注目されていることだろう。

ただ、インドネシアからすれば、圧倒的な経済成長を前に余計なお世話と言わざるをえない。工期拡大、コスト増は仮に日本案が採用されていたとしても避けられない事案であり、トータルコストはほぼ同額、異なるのは返済金利程度と見られている。高利貸しのように思われる中国の借款だが、2~3%という金利は商業借款にしてはかなり良心的な部類である。中国側も下げられる限界のところまで下げている。それでも批判の的になるのは、政府保証を求めないとする前提を覆したからである。

しかし、民間プロジェクトとは言うものの、高速鉄道会社(KCIC)に出資するコンソーシアム、PT Pilar Sinergi BUMN Indonesia(PSBI)はKAIを筆頭に、全てが国営(国有)企業である。独立採算を原則とする株式会社ではあるが、多くの助成金が国から投じられており、純粋な民間企業とは言いがたい。職員も国家公務員扱いである。よって、形式的にはPPPプロジェクトであるが、どんな形であれ、国の金が投じられることは暗黙の了解でもあった。

巨額の建設費は「38年で完済」

中国、インドネシアの各企業からの出資額は2022年3月24日付記事「インドネシア高速鉄道、一転『国費投入』の理由」にて詳報したが、ではその後、どのような方法で国費を投入したのだろうか。

まず、PSBIからKCICへの出資額不足に対しては、2021年に新株発行という手法で、国がKAIに4.3兆ルピア(約399億円)の増資を行った。これはそのままKCICへの出資に回され、KAIがKCICの筆頭株主となった。

これにより、KAIからKCICへの総出資額はおよそ5.4兆ルピア(約501億円)となった。なお、これとは別にKAIの決算報告書には、2022年に6.2兆ルピア(約575億円)をPSBIに投資していることが記載されている。

その後、さらに不足していた工期拡大、物価上昇に伴うプロジェクト全体のコストアップ分3.2兆ルピア(約297億円)も、2023年1月にKAIへの新株が発行され、金利2%の中国国家開発銀行からの直接ローンと合わせて、プロジェクト総額、約113兆ルピア(約1兆490億円)の資金が揃うこととなった。

KCICは、このうちの約85兆ルピア(約7890億円)を40年ほどかけて返済する必要がある。現在の利用状況が続くのであれば、人件費や運転経費などが別にかかるとはいえ、決して返済不可能な額ではなく、KAIは38年で完済すると公式に発表している。ならば、政府間契約の借款で国の対外債務を増やす必要性はない。

筆頭株主であるKAIの業績は好調そのものだ。2013年に8.6兆ルピア(約798億円)だったKAIの年間売上高は、2022年には25兆ルピア(約2320億円)までに拡大している。仮に高速鉄道の収入が伸び悩み、返済に窮することがあれば、KAIが救済に出ることになるだろう。もっとも、この急激な売り上げの伸びも、ジョコウィ政権始まって以来、国からKAIへの補助金増額、そして運輸省を通じた急速な鉄道インフラ整備の結果でもある。

従来、周辺各国の鉄道から近代化に大きく後れをとっていたインドネシアの鉄道だが、わずか、この10年で定時制、安全性、快適性、そして速達性いずれをとっても、東南アジア一の鉄道であると言わしめるまでになった。それはひとえに、鉄道は社会資本であり、赤字になるとしても国費を投じて整備すべきという“庶民派”ジョコウィ大統領の考えに基づくものだ。鉄道単体で儲からなくとも、沿線地域が発展し、社会が潤えばそれでいいという発想は、従来の大統領とは真逆の考え方である。日本が支援したジャカルタのMRT(地下鉄)も、ジョコウィ氏の登板まで着工のゴーサインを得ることができなかった。

しかし、運輸収入の半分は政府補助金によって賄われている。全体で見ればMRTですら赤字だ。インドネシアは、鉄道を整備すれば整備するほど、建設費とは別に運行補助金が増え続けるというジレンマを抱えている。歴代の指導者たちは国費投入を嫌って鉄道整備に後ろ向きで、2010年代初頭まで鉄道は瀕死の状態だった。それがジョコウィ政権始まって以来、大小問わず、各地で急速に鉄道プロジェクトが始動した。

次はスラバヤ延伸と「国産化」

よって、資金調達方法は、政府間借款のみならず、直接の国費投入(運輸省予算)、PPP方式と多岐にわたることになった。そこで、MRTなどの都市鉄道に比べて高い料金設定で、自立した運営が可能(運行補助金を投入しない)とされる高速鉄道はPPP方式となった。インドネシアは対外借入依存からの脱却を目指しており、近年の政府債務は、GDP比で3割前後という低い水準を維持している。

そんな中、早くもバンドンから先、スラバヤまでの高速鉄道延伸が確実な情勢になってきた。高速鉄道をジャカルタ―バンドン間、わずか142kmの区間にとどめておくことは、あまりにももったいない。今後のさらなる乗客の獲得、収益化のためにも延伸は待ったなしである。

すでに中国政府はインドネシア側からの要請を受け、スラバヤ延伸に向けた実現可能性調査の実施に合意した。同時にジョコウィ大統領は、高速鉄道の国産化を目指している。任期中の実現はかなわないものの、2023年10月下旬には国営車両製造会社(INKA)と中国中車(CRRC)青島四方との間で、高速鉄道車両開発における技術協力の覚書を締結した。国威の高揚、ナショナリズムに訴えて支持率を取りつけるというのもジョコウィ大統領の政治手法であるが、高速鉄道開業ブームに乗じてスラバヤ延伸への道筋をつけ、次期政権に繋げたい考えだ。

高速鉄道の開業に伴い、バンドン市街のフセイン・サストラネガラ空港は軍用空港に戻され、民間航空機は東に70km近くも離れた西ジャワ(クルタジャティ)国際空港に全便が移管された。クルタジャティまでの高速鉄道延伸は、当初から計画されており、クルタジャティまたはチルボンまではすぐにでも着工されるものと予想される。そして、さらに東、ジョグジャカルタ、ソロへと延びれば、所要時間、価格面から高速鉄道が圧倒的シェアを占め、さらなる乗客の獲得に成功するはずだ。

ただ、中国経済の停滞もあり、莫大なコストがかかると予想されるスラバヤ延伸への資金調達には、中国もまだ前向きではない。とくにインドネシア側は従来通りの2~3%ほどの金利を要求しているため、議論は膠着状態だ。

屋根まで人があふれ、線路内に市場が立つほどだったインドネシアの鉄道が、この10年で驚くべき発展を遂げ、地下鉄(MRT)、そして高速鉄道まで開業させたことは世界から注目を集めている。工期通りに開業したMRTはもちろん、4年遅れの高速鉄道も世界的に見れば誤差の範囲内であり、鉄道に投資するに値する国として認識されつつある。とくに2022年にバリ島で開催されたG20サミットで潮流が変わった。いくつかの国際的な金融機関が高速鉄道に興味を示していると言われており、スラバヤ延伸では中国を含む複数国、複数機関の協調融資になる可能性もある。

日本は高速鉄道成功に乗れず

しかし、すでに中国規格で建設されていることから中国式高速鉄道であることは変わらず、タイド借款を基本とする日本の出る幕はほぼないといえる。これまでの経緯からして、少なくとも政府系の機関はこの案件に手を触れることはないだろう。

ジャカルタ―バンドン高速鉄道計画にまだ中国の影がなかった2010年代初頭、従来の円借款供与規模を大きく超える額(当時の額で約7000億円)にインドネシア側は大きな不信感を抱いていており、日本が新幹線を押し売りしていると批判に晒された。そのまま政府の対外債務になることに加え、日本は技術の移転、つまり将来的な国産化を許さなかったからである。

当時のユドヨノ政権下のユスフ・カラ副大統領は道路建設関連の会社を保有しており、反鉄道派の筆頭とも言える存在で、高速鉄道に対しても一貫して不要を唱えていた。第1期ジョコウィ政権でも同氏は副大統領の座につき、影響力を振るったことは日本にとって不運ではあった。ただ、そのような状況の中で日本政府は上から目線に徹し、インドネシアが求めるPPPスキームでの建設、そして将来的な国産化に応えず、インドネシアのプライドを傷つけてしまったことは、結果的に大きな禍根を残すことになったといえる。

高木 聡:アジアン鉄道ライター

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