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加害者家族の責任追及、日本社会だけ?

JIJICO 2014年10月22日 10時0分

加害者本人でない家族にも事件の責任の一端があるのか

長崎県佐世保市の高1女子生徒殺害事件で、加害者の父親が死亡し、自殺と考えられるとの新聞報道がありました。その報道の中で、父親は「私は生きていていいのでしょうか」と悩んでいた、と紹介されています。また、重大犯罪の加害者の家族が自殺した例は今までにもあります。

そこで問題となるのは、果たして加害者本人でない家族にも事件の責任の一端があるのか、ということです。家族の責任については、その法的責任というよりも、いわゆる社会的責任(道義的責任)が特に問題となっている感じがします。その背景には、日本社会が持つ文化・精神風土の影響 が無視できないと考えます。

連帯責任の考え方は、日本の文化風土に根ざしている

日本の文化的風土については、多くの文化人類学者等が、いわゆる相互依存の文化であり、欧米の個人主義の文化とは対照的、と述べています。言い換えれば、連帯責任の考えは日本の文化風土に根ざしているといえます。このことは加害者家族について取材した鈴木伸元氏(当時NHKディレクター)の著作の書評に、中国人と思われる人が、「日本の社会では、犯罪に対しては『世間』という責任追及主体が加害者本人以上に加害者家族や親族、さらには関係者にまで厳しく追い詰める仕組みになっている」と指摘していることに要約されるといえます。

また、米国のある犯罪学者は宗教の観点から、キリスト教・ユダヤ教やイスラム教には個人責任の概念はあるものの、連帯責任はないと述べています。一方、儒教の教えがある東洋の国々は家族の連帯責任の概念があると指摘する人もいます。以上、この責任の考え方はその文化に深く根ざしており、したがって連帯責任を重視する日本の精神風土が変化しない限り、加害者家族の責任をも糾弾する世間の態度は続くと思います。

家族といえども別の人格。全責任を持てないことを明確に理解する

では、もし自分が加害者の家族となった場合、どうすれば良いでしょうか。私は二つのことが重要と考えます。一つは、家族といえども別の人格であり、したがってその行動に自分が全責任を持てないことを明確に理解することです。加害者の家族として罪悪感・責任感を抱くのは、ある意味でより人間らしい証とも言えますが、一方で自分は加害者とは別の人格であることを忘れず自分を大事にすることが、引いては加害者に真の責任を自覚させることにつながると考えます。

もう一つは、自分だけで抱え込まないで他に相談・援助を求めることです。ちなみに欧米では、民間のみならず公的な機関(刑務所など)が加害者の家族を支援する体制がかなり整っていることが見られます。日本でも仙台市にNPO法人World Open Heart (WOH:電話022-398-7129)という加害者の家族を支援する団体があります。まず、そこに相談してみて、他の社会資源の情報も入手してみてはどうでしょうか。

(村田 晃/心理学博士)

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