Infoseek 楽天

田中圭、サイテーな不倫男を演じても憎めない理由。ドラマ『A2Z』にみる“ちょうどよさ”

女子SPA! 2023年3月29日 17時48分

 深田恭子が40代になって初主演(撮影時は39歳)を果たしたドラマ『A2Z』(2023年)が、Amazonプライムビデオで配信されている。編集者夫婦の倦怠期の中、片寄涼太演じる郵便局員との恋愛模様を描く不倫ドラマである。

 そもそも不倫の発端は、澤野夏美(深田恭子)の夫・森下一浩(田中圭)の身勝手な不倫の事実にあった。一浩役の田中圭が見事に不倫夫を体現している。

「イケメンと映画」をこよなく愛する筆者・加賀谷健が、本作で楽しめる“ちょうどいい田中圭”について解説する。

◆不倫夫を演じてもなお愛されるキャラクター

 この不倫男、クソ(汚い言葉ですみません)がつくくらい最低だ。森下一浩(田中圭)は、妻の澤野夏美(深田恭子)に対して、ある夜、自分が年下の美大生と不倫していることを自白する。それもいとも簡単にけろっと。

 夫婦関係が倦怠期にあるとは言え、いざ不倫の事実が明るみになると、夏美はそれなりのショックを受ける。対する一浩は、悪びれる素振りひとつ見せない。むしろあっけらかんとした感じで、不倫相手との交際は続けるけれど、同時に夏美との夫婦関係も大切にしたいと言う。

 都合がよすぎる。最低だ。それなのに、この男、なぜか憎めない。いや、憎むべきではないと言うべきか。だんだんと茶目っ気すら感じる。不倫夫を演じてもなお愛されるキャラクターに映ってしまう田中圭の才能は、まったく油断ならないなと思う。

◆すべてが許される“免罪符”のような才能

「勝手なのは分かってるけど、俺、夏とは別れたくない。でも、彼女とも別れられない」

 一浩は夏美にこう囁(ささや)きながらリビングのソファでハグをする。夫婦生活を送る中で、確かに夏美も何人かの男たちと関係を持ったことはある。でも一浩以外に心まで奪われたことは一度もない(それもれっきとした不倫ではあるが)。まさか愛する夫が不倫相手についての恋愛相談を楽しそうにすることになるとは。

 これは不倫ではなく、自由恋愛なのか。一浩が自分たちは「共犯関係」だと言うが、これもいいように表現しただけの解釈ではないか。夏美は、勝手すぎると思ってすこしむくれた表情をしてみるが、激しく怒る気にはなれない。いけずな一浩……。すべて許したくなるのだ。

 この一浩役を他の俳優が演じていたら、たぶん普通に頭にきてしまう。これは田中にしか演じられない反則技である。田中が演じるとどんなにダメなキャラクターでも愛おしく思ってしまう。まるですべてが許される“免罪符”のような才能である。



◆愛されキャラな理由

 田中圭と言えば、『おっさんずラブ』(テレビ朝日系、2018年)の「はるたん」こと春田創一役だが、テレビドラマ史上、このはるたんほどの愛されキャラはいないと思う。飲んだくれて玄関先でそのまま寝てしまったり、靴下をその辺に脱ぎ捨てたり、だらしない生活臭すら漂うキャラクターなのに、田中が演じるとたちまち愛されキャラになる。

 思いっきり愛くるしい田中圭スマイルを見せてくれた意味でも、もはや国民的なキャラクターだと言っていいだろう。が、その一方で、ごくまれに真顔になる瞬間もある。『A2Z』で言うと、まさに一浩が不倫を自白する場面でインサートされる「魂が抜けた顔」がそれだ。

 田中の愛されキャラボタンには、オンとオフがあるように思う。ただただ笑顔満点(オン)なだけでは平面的で面白くない。そこにすこしばかりのオフ状態が追加されると愛されキャラ度合いがより引き立つというバランス感覚。これを理解すると、田中が決して見た目だけではなく、俳優の演技として愛されている理由が分かる。

◆オフ状態の田中圭の魅力

「魂を抜かれた顔」は文字通り、かなりオフ感が強かった。夏美の回想場面として過去を語る白黒画面の中、虚(うつ)ろな表情で、まさに真顔の田中圭が座っていた。ここにははるたんのような笑顔が入り込む余地はない。田中の演技の面白さは、このオフ状態にこそある気がする。

 第2話で夏美と一浩が久しぶりにレストランで食事をする場面がある。席が準備されるのを待つ間、バーで乾杯する。美大生の恋人からプレゼントされたネクタイを夏美に結ばせるのが、いかにも一浩らしいが、もはや最低な男にも慣れてきた頃合い。

 ふたりが8年前に結婚したときと同じシチュエーションでの会話では、一浩のさりげなく温かい表情が垣間見える。それには夏美もついほだされてしまう。豊かな宵の口、抑制のきいたマチュアな微笑みを浮かべる。田中のオフ感が、たまらない夜のひとときを演出する場面だった。



◆“ちょうどいい田中圭”が楽しめる作品

 もちろん、はるたんに代表される天下の田中圭スマイルも大好きである。でも田中の真骨頂は、春田創一役にばかりあるわけではないと強調しておきたい。ジョン・ウー監督作品『マンハント』(2018年)で田中が演じた研究者の苦悶の表情を思い出してもいい。同作には回想場面の中で極限まで感情を抑え込んだあまりに繊細な田中圭がいた。

 田中はどうも回想場面の中で見事なオフの演技をする俳優なのかもしれない。『A2Z』では、はるたん的なグズな感じや茶目っ気を滲ませながらも、ときおり真面目な表情に切り替わる。第3話で、編集者夫婦同士、新人作家を取り合うように夏美と一浩が鉢合わせになる場面で、ほくそ笑む一浩の表情には、田中の大胆さと冷静さを同時に感じた。

 オンからオフへ、オフからオンへ。緩やかな調整のきいた、“ちょうどいい田中圭”の演技が楽しめる作品である。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】

音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

この記事の関連ニュース