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プーチン核発言が招く軍拡競争と米同盟国の危機感

ニューズウィーク日本版 2015年3月27日 12時18分

 ロシアによるクリミア併合から1年。ロシアのプーチン大統領は、今月放映のドキュメンタリーで当時の緊迫した様子を明らかにした。「ロシアの行動にどのような反応が返ってくるか分からなかったので、軍にしかるべき指令を与えた」と言い、「核兵器を臨戦態勢に置いたのか」と聞かれ「そうする用意があった」と答えた。

 欧米メディアはプーチンに核を使う用意があったと報じ、ロシアは核を本気で使おうとする国なのだ、と世界は驚いた。昨年2月にウクライナで親ロ派政権が倒れたのはアメリカの差し金で、ウクライナ新政府はクリミア半島にあるロシア黒海艦隊の本拠地セバストポリ制圧を狙ってくる、とプーチンは信じ、ここを取られたら黒海の制海権を失うと思い込んだ。実際アメリカがイージス艦を黒海に派遣したので、プーチンは核戦争に至るのを心配したのだろう。

 だがそれは、アメリカを過大評価し、意図を読み違えたものでなかったか。プーチンが核兵器使用に大っぴらに言及したことで、オバマ米大統領が就任時目標としていた「核のない世界」の幻想は吹き飛んだ。オバマが来年開催を予定する核安全保障サミットも、その構想を随分変えなければなるまい。ロシアは昨年11月から、この会議には出ないと言っている。広い領土をわずか約30万の職業兵で守らなければならない(兵役期間1年の徴集兵士は実戦には使えない)ロシアとしては、核兵器はなくてならない抑止手段だ。

 米ロの核兵器をめぐっては、3つの課題がある。まず長距離核、いわゆる戦略核の数を制限した新START条約が21年に失効した後どうするか、という問題だ。双方とも、老朽化した現有戦略核弾頭をどのくらい更新・近代化するか目安を付けなければならない。ミサイルと弾頭の更新は多額の予算を食う。

非核の戦略兵器は未知数

 次に中距離核ミサイル復活の問題がある。同型のSS20をソ連が70年代半ば、西欧に向けて配備し問題となり、87年に米ソが中距離核戦力全廃条約で完全廃棄を誓った。その余波で今のロシアは中国、北朝鮮、イランなどが保有するだろう核ミサイルを抑止する手段を持たない。アメリカは既に、ロシアが中距離ミサイルを開発・実験中として抗議を繰り返している。極東に配備されれば日本も射程に入る。

 短距離核、すなわち戦術核兵器の問題もある。ロシアは1000〜2000発保有していると推定され、ヨーロッパには米軍の戦術核が約200発、ドイツなど5カ国に配備されている。ドイツは発射要請権を持っており、アメリカが同意すれば実際に使用される。冷戦崩壊後、撤退を求める声が欧州で高まっていたが、これも逆に保持・近代化の方向に進むだろう。

 アジアに目をやれば、中国と北朝鮮が核配備を増やす一方、アメリカの核の傘は薄くなった。既に潜水艦発射の巡航ミサイル「トマホーク」から核弾頭が撤去されたからだ。いま日本への核攻撃を抑止するものは、米軍爆撃機の爆弾、潜水艦発射の弾道ミサイルくらいしかない。日米でミサイル防衛(MD)システムを開発中だが、百発百中でない上に、海上発射の巡航核ミサイルに対処できない。アメリカが開発中の宇宙配備など、非核の戦略兵器の威力は未知数だ。

 70年に核拡散防止条約(NPT)に署名し、核兵器不保持を誓わされた日本は、プルトニウム保有の権利をアメリカから獲得しわずかな抑止手段としているが、原発撤廃が進むにつれ、今後の核抑止力をどうするかを決めないといけない。日米原子力協定は18年には期限を迎える。核の面で抑止力を確保しないと、日本は中国やロシアの「核の威嚇」に弱い国となる。

 一方でプーチンは持ち前の負けん気から核をひけらかすことで、冷戦後閉じていたパンドラの箱を再び開け、自国の立場を悪くしてしまった。アメリカとのむちゃな軍拡競争が命取りになったソ連の亡霊が見える。

[2015.3.31号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)

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