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フォルクスワーゲンみそぎなき黒字回復、排ガス不正はなかったことに?

ニューズウィーク日本版 2016年6月21日 17時26分

<自動車業界史上最大の不正問題だったVWのディーゼルエンジン排ガス不正。同社は外部調査の結果を今年春までに公表するとしていたが、その約束は消え去り、だんまりを決め込んだまま黒字回復を成し遂げていた>

 ドイツのウォルフスブルクといえば、大手自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)のお膝元だ。昨秋そのVWにディーゼルエンジン排ガス不正問題が浮上。渦中のVWはウォルフスブルクの由緒ある本社工場に白い横断幕を掲げた。そこにはドイツ語でこう書かれていた。「当社には透明性、活力、勇気が必要です──でも何より、あなたが必要なのです」

 一見、降伏の白旗に似ていなくもないが、メッセージは同社の労働者とVW発祥の地にやって来る大勢の観光客に向けたものだった。

 VWがディーゼル車に排ガス試験での不正を可能にするソフトウエアを搭載し、実際の路上走行では規準を大幅に上回る有害物質をまき散らしていた可能性を、米環境保護局(EPA)が指摘したのは昨年9月。対象車両はアメリカで56万7000台、世界全体では1200万台近くに上った。自動車業界史上、最大の不正だ。

【参考記事】「大惨事!」VWまさかの愚行に悲鳴を上げる独メディア
【参考記事】VWがディーゼルエンジンに仕掛けた「不正ソフト」とは

 同社の刑事責任を問う可能性も含めて米司法省が調査に乗り出し、VWのマルティン・ウィンターコルンCEO(当時)は辞任。後任のマティアス・ミュラーCEOは外部調査の結果を今年春までに公表すると約束していた。

 しかし、ウォルフブルクの白い旗は今や、調査結果を公表するというVWの約束ともども跡形もなく消え去っている。VWは不正対策費用として160億ユーロ余りを計上したばかりだが、ミュラーが約束したにもかかわらず、責任の所在を明らかにする気はないようだ。今年4月には、既に外部調査の中間報告は出ているが、公表しないと主張した。「受け入れ難いリスク」を生み、米司法省との和解交渉における「自社の立場を弱める」恐れがあるためだという。

 VWの広報担当者であるミヒャエル・ブレンデルは本誌の取材に対し、米司法省の調査の結論を尊重したいとして、不正の原因と責任の所在をめぐる包括的な報告書を公表するかどうかについては「コメントできない」と述べた(米司法省はノーコメント)。

性能の良さは捨て難い

 多くの顧客が今も大規模な不正にショックを受け、VWの沈黙に失望している一方で、今後もVW車を買うという声も一部にはある。その証拠に、不正発覚から1年足らずで同社の販売台数と株価は持ち直している。先月末の決算報告によれば、今年第1四半期は15年通期の16億ユーロ近い赤字から黒字に回復。つまり、とんでもない不正工作をしても、だんまりを決め込めば勝算はある、というわけだ。

 とはいえVWの驚異的な復活は、消費者の愛着のたまものでは決してない。消費者の見方はむしろ冷めている。

 米マサチューセッツ州在住のジェフリー・ケリハーは昨夏、不正発覚直前にVWのターボディーゼル車パサートを購入した。彼にとっては初のVW車だ。「あんな嘘つき企業の車は二度と買うなと妻は言う。でも正直なところ、捨て難い。僕にとっては初めてのVW車だが性能に満足している。さすがは『貧者のアウディ』だ」



 昨年夏にニューハンプシャー州でVWのターボディーゼル車ジェッタを購入したロバート・シュピラも同じ意見だ。「1年近くたってもVWが行動を起こさず、何が起きたのかを説明できていないのは本当に腹立たしい」が、ジェッタの燃費とトルク(エンジンの回転数)は気に入ったという。シュピラもケリハーもディーゼル車はもう買わないが、不正発覚を機にVWを見限るつもりはないという。

 目下、最大の関心事は、VWが果たして真相を明らかにするのかどうか。そして、米司法省および米規制当局との和解の結果、厳しい選択を迫られるのかどうかだ。

 米司法省とVWは排ガス不正問題の解決策として、対象車両を買い取るか、アメリカの排ガス基準を満たすよう修理する方向で大筋合意している。最終合意は夏になる見込みだが、買い取り対象は不正が発覚したディーゼル車のうち排気量2・0リットルの車のみで、排気量3・0リットルの車については未定。関係筋によれば、対象車の所有者には個別に「かなりの額の賠償金」も支払われるという。

 愛車には満足しているが買い取りを希望すると、シュピラとケリハーは言う。「修理を選んだら、低燃費で高トルクという今のメリットがなくなってしまうかもしれない」とシュピラ。「つまり修理したらかえって悪くなるわけだ」

 ケリハーも同じ意見だ。「修理したらまず間違いなく、これまでどおりの走りは期待できないだろう。燃費もトルクも落ちたら、いらいらするだろうな」

株主の怒りは収まらない

 一方、VWの主要株主の一部は同社の不透明さにいら立ちを募らせている。英大手運用会社ハーミーズ・インベストメント・マネジメントと欧州の投資顧問会社デミノール、ドイツの株主協会DSWは、VWの経営陣と監査役会が不正問題での情報開示義務に違反している可能性を調査するよう求めている。

 これら3つの法人株主は、VWが調査を委託している米法律弁護士事務所ジョーンズ・デイの独立性も疑問視している。彼らは、ジョーンズ・デイの調査対象は経営陣のみで監査役会は含まれていないと指摘。今月下旬にドイツのハノーバーで開かれる株主総会で、調査対象の拡大を要求する可能性がある(ジョーンズ・デイ側はコメントを拒否)。

 一方、徹底的に賠償を求める株主もいる。ノルウェーの政府系ファンドである政府年金基金は、VWに約32億5000万ユーロの損害賠償を求めるドイツでの集団訴訟に加わると発表した。原告はVWの約280の法人株主で、不正問題を受けて株価が急落したことに憤っている。

 投資家が損をしたにもかかわらず、当のVWは急速に持ち直している。今年第1四半期の営業利益は3・4%増の34億4000万ユーロ。昨年の赤字転落が嘘のようだ。

 株価も昨秋下落したものの大部分は持ち直し、先月後半は130ユーロ前後で推移。不正発覚前並みの140~150ユーロに徐々に近づいている。世界販売台数でも、今年第1四半期はライバルのトヨタを抑えて世界トップに返り咲いた。

 この快進撃が続けば、ジョーンズ・デイの調査報告を公表する筋合いはない、というのがVWの本音だろう。どうやらあの白旗は降伏の印ではなく、急場しのぎのポーズにすぎなかったようだ。

[2016.6.21号掲載]
リア・マグラス・グッドマン

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