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北方領土の軍備強化に潜むアジア人蔑視の記憶

ニューズウィーク日本版 2017年3月22日 11時0分

<極東でにわかに高まる中ロの軍事緊張。背後には中国の膨張に対するロシアの複雑な感情が>

「われわれはクリル諸島(千島列島と北方領土のロシア名)防衛に積極的に取り組んでおり、今年中に1個師団を配備する」――ロシアのショイグ国防相による先月下旬の下院報告の意図をめぐり、臆測が飛び交った。

日本は菅義偉官房長官が「北方四島のロシア軍の軍備を強化するものであれば、わが国の立場と相いれず遺憾だ」と外交ルートを通じて抗議した。稲田朋美防衛相も今月20日に東京で開かれる外務・防衛閣僚協議(2プラス2)で、ロシアの真意について説明を求める方針という。

ただ、ロシアの軍事的な動きは日本だけを牽制しようとしたものではないようだ。中国の人民日報系の環球時報は1月中旬、中国がICBM(大陸間弾道ミサイル)東風41を東北部の黒竜江省に配備したと報じた。この最新型ミサイルはロシアの軍事技術をそのまま導入して「改良」したもの。そんな武器が国境近くに配備されるのを喜ぶロシアの政治家や軍人はいない。

中国軍事の専門家は東風41配備の目的について、韓国へのTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備を進める米軍に対抗するためと分析する。米中が戦火を交えれば、ロシアは必ず巻き込まれる。それを見越して、ロシア軍はクリル諸島への軍隊増派を決めたとも解釈できよう。いくら安倍晋三首相とプーチン大統領が「仮想の蜜月関係」にあるとはいえ、ロシアは米同盟国である日本に配慮はしないだろう。

それだけではない。一昨年秋には、北西部の新疆ウイグル自治区でも東風41の姿は確認されていた。表向きは少数民族ウイグル人の「祖国を分裂させる活動」を抑えるためとされている。だが自治区に隣接するキルギスやタジキスタンなど、旧ソ連諸国と対テロの名目で軍事演習を繰り返す中国軍の存在に、ロシア軍は神経をとがらせている。中国製のミサイルがロシアのいかなる核施設にも到達できるようになった現在、脅威は現実味を帯びている。

【参考記事】トランプ豹変でプーチンは鬱に、米ロを結ぶ「スネ夫」日本の存在感

扇情的な習近平の演説

中国はロシアをなだめようと、説明を怠らない。中国外務省の報道官はいつも「中ロの伝統的な友好関係」を強調。ロシアのペスコフ大統領府報道官も「中国は友好国で、中国軍の発展をロシアは脅威として受け止めていない」と応じている。しかし、実はロシアは安心できないでいる。今回の緊張の奥底に、現在の米中ロの軍事的対立を超えた「黄禍論」の応酬の歴史を見ているからだ。



2年前、極東のロシア連邦ブリャート共和国を訪れたことがある。首都ウランウデの空港は行きも帰りも中国人であふれていた。ほとんどが中国の東北3省からの出稼ぎで、まるで中国のどこかの地方空港のような錯覚すら覚えた。地元の科学アカデミーの研究者らによると、不法滞在者を含め、シベリア全体に約150万人以上もの中国人が進出しているという。

増え続ける中国人に対し、ロシア人はヨーロッパに回帰するかのように首都モスクワやサンクトペテルブルクなど西方への流出が止まらない。「いずれ帝政ロシアの東方進出以前のような時代に戻り、極東は中国の影響下に入る恐れがある」と、研究者らは深刻に捉えていた。

今や中国人はシベリアに流入した人以外にも、東北3省に約1億3000万人が暮らしている。かつて帝政ロシアはアジア人を「黄禍」と蔑視し日本と戦った。現在のロシアにとっては、中国人の存在が巨大な「黄禍」と映っている。

【参考記事】ロシアの「師団配備」で北方領土のロシア軍は増強されるのか

こうした緊張は中国にも伝わっているようだ。「一部の外国勢力は帝国主義時代と同じように、謀略によってわが国の発展を阻害しようとたくらんでいる」――昨年2月、このような扇情的な演説を行ったのは中国の習近平(シー・チンピン)国家主席だ。

今年に入って、中国はこの演説を学習しようと繰り返し宣伝を始めた。それに続く東風41の配備。ロシアを極東侵略に駆り立てた黄禍論の記憶が、今またクリル諸島防衛に駆り立てているのかもしれない。

[2017年3月21日号掲載]

楊海英(本誌コラムニスト)

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