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韓国の次期「左派大統領」が進む道

ニューズウィーク日本版 2017年3月28日 11時0分

<朴大統領の弾劾・罷免が決定し、次期大統領の最有力となっているのは左派政治家の文在寅だが、反日路線には突き進めない事情が>

3月10日、韓国の憲法裁判所は全員一致で朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾を妥当と判断し、大統領罷免を決定した。これにより朴は失職し、1人の民間人になった。大統領に認められる刑事訴追の免責特権も失い、一般の裁判所に起訴される可能性が高い。年内に収監されることもあり得る。

半年近く続いた騒動は、韓国の民主主義の在り方、とりわけ汚職問題に対する国民の怒りをかき立てた。朴が長年の親友である女性に国政への介入を許していたとの疑惑が表面化したのは、昨年10月。その後、疑惑は、韓国最大の財閥であるサムスングループも関わる贈収賄スキャンダルに発展した。

韓国では、政界と財界の癒着が汚職を生み続けてきた。87年の民主化以降の歴代大統領は、多くが刑事捜査の対象になっている。そして今回ついに、韓国史上初めて大統領が弾劾・罷免される事態になった。

政治の浄化を求める国民の声は高まっている。この点は、次の大統領が取り組むべき主要な課題になるだろう。

韓国の民主政治にとっては、明るい材料もある。今回の韓国社会の対応は、近代的な自由民主主義国家が大規模な政治スキャンダルにどう向き合うべきかというお手本と言ってもいい。

韓国の汚職問題が欧米や日本より深刻なことは確かだが、汚職に国が食い尽くされることは避けられた。その一因は、韓国の国民が疑惑追及を強く求めたことにほかならない。

【参考記事】韓国人が「嫌いな国」、中国が日本を抜いて第2位に浮上

汚職一掃が最重要課題

朴の弾劾・罷免は、韓国に民主主義が根付いている証しと見なせる。大統領といえども法を超越した存在ではなく、憲法の規定に従って弾劾・罷免された。軍隊が市街に出動することもなかった。疑惑が明るみに出て以来、大規模な反朴デモが繰り返されてきたが、アラブの春のような収拾のつかない暴動と混乱に陥ることは避けられている。

実は、大統領弾劾の手続きを規則どおりに粛々と完了した例は世界の歴史上極めて少ない。アメリカのウォーターゲート事件でも、当時のリチャード・ニクソン大統領は74年、弾劾審査の結果を待たずに辞任している。

今回の韓国の状況に最も近い前例と言えば、そのニクソン辞任だろう。このとき、ニクソンの共和党は大打撃を被り、その後の選挙で大敗した。同じようなことが韓国でも起きそうだ。



憲法の規定により、60日以内に次の韓国大統領を選ぶ選挙が実施される。現時点で支持率が高いのは、左派の候補者たちだ。朴と同じ保守派は苦戦している。保守派の最有力候補だった潘基文(バン・キムン)前国連事務総長が出馬見送りに追い込まれたように、保守派への支持が凋落し、左派に風が吹いているのだ。

左派候補の中でも最も有力なのが、最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表だ。12年の大統領選でわずか得票率3.5ポイントの差で朴に敗れた人物である。文は左派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(03~08年)で要職を務めるなど、韓国の有権者にはなじみの顔だ。国内政策では福祉重視の伝統的な社会民主主義者、対北朝鮮政策ではハト派として知られている。

文が当選した場合、内政面の最大の課題は政財界の汚職一掃だ。具体的には、一部の有力財閥を解体する、財閥の企業統治の透明化を要求する、政界と財界の結び付きを絶ち切るといった改革が求められそうだ。

ひとことで言えば、政財界が足並みをそろえて経済発展を推し進めるという経済開発モデルそのものを変える必要があるのだろう。汚職の温床になってきたのは、そうした政府と財界の密接な連携だったのだから。

外交政策の面ではどうか。北朝鮮、日本、中国という近隣諸国との関係に関して、韓国の左派は保守派政権の政策への反対姿勢を鮮明にしてきた。

北朝鮮に対して、左派は伝統的に融和的な関与政策を好む。左派の金大中(キム・デジュン)政権と盧政権が推進した「太陽政策」はその典型だ。これは、協力と友好を通じて、北朝鮮が国際社会のルールに従い、国内の民主化を進めるよう促すという政策だった。

しかし、太陽政策は失敗だったというのが一般的な見方だ。北朝鮮の変革は進まず、むしろ核開発とミサイル開発が継続された。08年に太陽政策が終了すると、北朝鮮の態度はさらに悪化した。10年3月には韓国海軍の哨戒艇を撃沈し、11月には韓国の延坪島(ヨンピョンド)への砲撃も行った。

【参考記事】北朝鮮、ミサイル発射するも失敗 打ち上げ直後に空中爆発か

「慰安婦」合意は維持?

その後、北朝鮮の核兵器は進化し、ミサイル実験の頻度も増している。しかも、2月にマレーシアで金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)を殺害した際は、化学兵器に分類される猛毒の「VX」を用いたとされる。

こうした状況を考えると、対北朝鮮融和派の文が大統領になっても「太陽政策第2弾」を実行することは難しいだろう。

文在寅が当選しても外交では手足を縛られるか Kim Hong-Ji-REUTERS



日韓関係は、左派政権の下で一層冷え込む可能性がある。左派は、保守派政権の対日政策を批判し、15年12月の日韓「慰安婦」合意の破棄も示唆している。

ソウルの日本大使館と釜山の日本総領事館の前に設置された「少女像」の問題に関しても、左派の大統領が解決に動くことは考えにくい。左派政権は、日韓が軍事情報を共有するための「秘密情報保護協定(GSOMIA)」を覆す可能性もある。

しかし現実には、そこまでの事態に至る可能性は低いだろう。THAAD(高高度防衛ミサイル)の配備をめぐり、中国との関係が緊迫しているときに、日本と対立する道を選ぶのはあまりにリスクが大きい。

次期政権にとって政治的に最も無難なのは、前政権がまとめた「慰安婦」合意を非難しつつ、いったん結んだ国際合意を今更破棄できない、という立場を取ることだろう。GSOMIAに関しても同様に、声高に批判するだけで、実際には何もしないのが一番安全な道だ。

【参考記事】朴大統領失職後の韓国と蔓延する「誤った経済思想」

次期政権が日本との対立を避けざるを得ないほど、いま韓国と中国の関係は悪化している。韓国へのTHAAD配備に対する中国の反発は極めて強硬だ。

文はTHAAD配備反対派だったが、中国の強硬姿勢を前に、それを白紙に戻すのは難しい。そんなことをすれば、韓国が中国の圧力に屈した、あるいは自国の安全保障政策に関して中国に「拒否権」を与えたと見なされてしまう。いくらハト派の大統領でも、それは受け入れ難い。

そうなると、差し当たりは中国との対立が続くことになる。その状況は、少なくとも向こう1年間は変わらないだろう。だとすれば、この時期に日本との関係を悪化させるという選択は考えにくい。

文は、朴政権よりも親北、親中、反日の路線を取りたいと思っているだろう。これまで韓国の左派政権はそうしてきた。しかし、政権の手足を縛る要素は昔よりずっと強まっている。文には、自身の望みどおりに振る舞うだけの自由はない。

[2017年3月21日号掲載]

ロバート・E・ケリー(本誌コラムニスト、釜山国立大学准教授)

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