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イギリスとEU、泥沼「離婚」交渉の焦点

ニューズウィーク日本版 2017年3月30日 19時0分

<イギリスがついにEUに離脱を通知した。原則2年間の交渉期限の間、一寸先は闇。イギリスがEUの一部だからこそイギリスに住めている人はどうなるのか、関税同盟離脱後のイギリスからの輸出はどうなるのか、疑問点をまとめた>

昨年6月の国民投票でイギリスがEU離脱を決めてから約9カ月。ついに水曜、テリーザ・メイ英首相は欧州理事会のドナルド・トゥスク議長(EUの大統領)に書簡を送り、正式な離脱通知に踏み切った。

原則2年を上限と定めた離脱交渉は、イギリスとEUの間だけでなくイギリス国内やEU域内でも内輪もめは必須だ。

以下に、5つの争点をまとめた。

■イギリスの「手切れ金」

本物の離婚さながら、離脱交渉でもいちばんもめそうなのがお金をめぐる問題だ。これまでイギリスは、自国に割り当てられる額以上の拠出金をEUに支払ってきた。2016年の数字を見ると、英政府はEUに131億ポンド(163億ドル)を拠出したのに、EUから受け取ったのはわずか45億ポンド(56億ドル)程度だった。

そうした不公平感は、他のEU加盟27カ国の間でも広がりつつある。イギリス同様に負担が過剰になるスウェーデンも最近、EUの予算を全体的に縮小するよう求めた。オーストリアは難民受け入れを分担しない加盟国に対して、懲罰的にEU予算の配分を減額すべきだと主張した。

慰謝料への異なる思惑

加盟国の反発を抑えるため、EU側はイギリスからカネを絞れるだけ搾り取ろうとする可能性がある。イギリスが未払いの600億ユーロ(647億ドル)の分担金を「手切れ金」として支払う是非をめぐっては、すでに議論が起きていて、交渉でも最優先の争点の一つになりそうだ。さらにイギリスではEUの個別の事業費の負担を継続すべきかどうかについても、疑問の声が上がっている。

【参考記事】メイ英首相が選んだ「EU単一市場」脱退──ハードブレグジットといういばらの道


一定の拠出金を出すのと引き換えに、メイがEUから自国に有利な条件を引き出す可能性はある。一方でイギリスの世論や離脱派のタブロイド紙は、イギリスがEUから桁違いの請求額を突き付けられるそうだと反発しそうだ。

【参考記事】スコットランド2度目の独立投票で何が起こるか

■移民の権利保障

移民の処遇も、離脱交渉で最優先事項になりそうだ。イギリスに住むEU加盟国の国民とEU域内に住むイギリス人の権利の保障は、当初から議論の焦点になってきた。EUが掲げる「移動の自由」は、域内であれば住む場所や働く場所を自由に選択できると定めたルールだ。この制度を利用してきた移民らは、自分たちが今いる場所を追われることになるのを恐れている。

【参考記事】駐EU英国大使の辞任が示すブレグジットの泥沼──「メイ首相、離脱交渉のゴールはいずこ」

英政府はEU加盟国の出身者がイギリスにとどまる権利を保障したいと繰り返し述べてきた。一方で、それはあくまでEU側が域内に住むイギリス人の権利も同様に保障するのが前提とも牽制していた。EUや加盟国はいまも静観しているが、それがいかに差し迫った問題か十分すぎるほど分かっている。特にポーランドなど、多くの国民がイギリスに出稼ぎに来ている東欧諸国にとっては切実だ。



専門家らは、最終的に双方の国民が今の場所に住み続ける権利を保障するという予想で概ね一致する。

だがそれは単なる出発点で、先が読めないことが山積みだ。たとえばEU加盟国の移民はどの時点までにイギリスに入国していれば、その後も国内にとどまれるのか。従来と同様に、移民もイギリスの福祉手当などを受け取る権利があるのか。移民の子もイギリス人と同じ教育機会を得られるのか。母国を自由に行き来できるのか──。ちょっと考えるだけでも分からないことだらけで、肩をすくめるしかない。

■新しい関係

英政府はEUとの離婚協議を進めながら、EUと個別の自由貿易協定(FTA)も締結したい方針だ。イギリスにとってEU単一市場は最大の貿易相手先であり、国内に拠点を置く多くの企業が離脱による悪影響を最小限にとどめてほしいと切望している。

この手のFTAの締結は非常に複雑で、膨大かつ細かい作業を伴う。だがそれ以前に、まず双方の意見が食い違いそうなのが、交渉のタイミングだ。イギリスは離脱交渉と並行してFTAの話を進めたい意向だが、EUは離脱協議がまとまらなければ応じない構えだ。英政府は2年以内の交渉終了を楽観視するが、最長で10年を要するとみる専門家もいる。

関税同盟離脱後の輸出

イギリスが存在感を示すロンドンの金融街「シティー」が、「シングルパスポート制度」を維持できるかどうかも懸念材料だ。EU加盟国の1つで営業許可を取れば域内のどこでも自由に活動できる制度だが、離脱で適用がなくなればロンドンに拠点を置く金融機関に大打撃を与え、国外移転の動きが広がる恐れがある。

メイ首相はEUの関税同盟から離脱する考えを明らかにしている。関税同盟の下では、加盟国は相互の輸出品に関税を課さず、非加盟国に対しては同盟内で合意した関税(「共通域外関税」)を課す。

関税同盟離脱後もEUとできるだけ円滑に貿易が行えるよう方策を探ると、首相は述べているが、これまでのようには行きそうもない。

例えば、貿易の専門家が本誌の取材で指摘した問題がある。EU離脱後に英企業がEU加盟国に製品を輸出する場合、おそらくは「原産地規則」に基づくチェックが行われることになる。非EUの第三国から輸入した原材料や部品を使用していれば、それについての申告が必要となり、時間とコストが掛かるというのだ。



さらにアイルランドの問題がある。北アイルランドはイギリスの一部だが、南のアイルランド共和国は独立国だ。イギリスがEUに加盟している間は、この2つの地域はどちらもEU域内にあり、国境を自由に往来できたが、今後は税関のチェックや国境管理が強化されるとみられ、かつて吹き荒れたプロテスタント系住民とカトリック系住民の紛争が再燃する可能性がある。

【参考記事】復調のアイルランドは英EU離脱で恩恵を受けるのか?

イギリスのEU離脱に道を開いたのは移民問題だと言っても過言ではない。世論が離脱に傾いたのは、EU域内の貧しい国々からの移民の大量流入に対する不満からだった。

一方で、移民労働者が労働力不足の解消に大いに貢献していたことも否めない。特に医療、農業、サービス業は移民の労働力に支えられてきた。

メイ首相はEU加盟国からの移民流入に一定の規制をかけると言っており、移民を分担して受け入れることを重視するEUと「移動の自由」協定を締結することは望み薄だ。

英政府は長期的にはイギリス生まれの労働者の職業訓練に力を入れ、移民が行っていた労働を担えるようにすると言っている。だが短期的にはEU域内からどの程度移民を受け入れるかが焦点になる。産業ごとに受け入れ枠を設定するか、移民受け入れ自体を縮小していくのするかなど、規制方法もこれから詰めていくことになる。

ジョシュ・ロウ

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