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習近平「遠攻」外交で膨張する危険な中国

ニューズウィーク日本版 2017年6月6日 10時0分

<CIA協力者を殺害し日本人を人質に取る、「遠交近攻」を逸脱して膨張する習政権に国際社会は警戒を強めている>

遠きと交わり、近きを攻める――。「遠交近攻」は古来、中国で覇権を争う諸国が生き抜くための外交の要だった。

遠くの国には友好を掲げて安心させ、近隣の国々を侵食し併合する。こうして覇権国家となると、遠方にあったかつての友好国ものみ込む。まさに分裂と統一が繰り返されてきた歴史から得られた論理と言える。

現代の中国共産党政権においても、その論理は形を変えながら脈々と受け継がれている。反日の共同戦線を組んできた韓国が北朝鮮の脅威を前にアメリカに頼るようになると、そこに米韓の「遠交」の脅威を見た中国は「近攻」に急変。5月中旬の「一帯一路」国際会議でも早くから北朝鮮を招待する一方、韓国に対しては左派政権が発足する開催直前まで招待を見合わせるなどの外交攻勢をかけた。

「近攻」は南方にも及んでいる。一帯一路国際会議に参加したフィリピンのドゥテルテ大統領が南シナ海の油田掘削を主張したところ、習近平(シー・チンピン)国家主席は「戦争になる」と警告。投資を引き出そうと中国に笑顔を振りまいてきたドゥテルテに冷や水を浴びせた。

こうした冷遇は中国が同胞と見なす「小国」台湾も同様だ。「全ての人と国に公平に医療機会を提供する」という国連の精神など眼中にないかのように、5月下旬にスイスで開かれたWHO総会への台湾参加を妨害。

一方で同時期に中国との統一を志向する国民党が呉敦義(ウー・トゥンイー)を新主席に選出すると、習自ら祝電を打って祝った。独立志向の強い民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)政権を窮地に追い込み、台湾国内の分断を図る謀略だ。

【参考記事】中国、不戦勝か――米「パリ協定」離脱で

親中派の議員を熱烈歓迎

こうした「近攻」の一方で、中国は近年「遠交」よりも「遠攻」を志向しているようだ。既に対米政策は冷戦時代のスパイ映画さながらの摩擦を生んでいる。ニューヨーク・タイムズ紙によると、中国は10~12年の間に少なくとも12人ものCIA情報提供者を殺害したという。

中国外務省の報道官は、「中国の安全と利益を脅かす組織と人員への調査と処罰は当然の権利」と主張して事実を認めた。中国共産党系の「環球時報」紙も「わが国のスパイ防止作戦の成果は素晴らしい」と称賛の社説を載せた。アメリカのような超大国に対してさえ、「交渉せずに攻める」姿勢を示している。



さらに中国の脅威にさらされているのが「海のシルクロード」だ。中国海軍はインド洋と地中海を結ぶアフリカ東部のジブチで基地建設を進め、昨年11月には軍制服組のトップ、范長竜(ファン・チャンロン)中央軍事委員会副主席が視察する熱の入れよう。軍はパキスタンとギリシャの港湾にも触手を伸ばすなど、西方への「遠攻」もとどまるところを知らない。アメリカの中東政策の失敗でできた隙間を巧みに突いている。

「遠」と「近」の中間地点に位置する日本に対してはどうだろうか。中国当局は5月下旬になって、既に3月末に6人もの日本人を拘束したと発表した。彼らは中国の現地企業から依頼を受けて海南省と山東省で温泉探査の仕事をしていたところ、「国家の安全に危害を加える行為があった」として拘束。中国は15年にもスパイ行為を働いた疑いで日本人5人を拘束し、公判手続きも始まっている。

【参考記事】次に来るのは米中アルミ戦争

だが日中友好をあがめる日本外務省の官僚は「人質」解放に動く姿勢をなかなか見せず、日本では不満の声も多い。これと前後するかのように、習政権は自民党内屈指の親中派政治家、二階俊博幹事長を「熱烈歓迎」し、「一帯一路」構想への日本の参加を促した。親中派政治家には友好姿勢を示すことで、安倍晋三首相に対する「攻め」の態度との違いを演出したわけだ。

外交は自国の利益を最優先するゲームで、永遠の友も敵もない。中国の「遠交近攻」も本来、分裂と統一の歴史が生んだ現実主義のはずだ。だがそうした知恵を失った習政権は「遠攻近攻」に傾いており、その露骨な切り崩し外交に国際社会は警戒を強めている。

[2017.6. 6号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)

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