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「中国人の本音」の本質は、当たり前の話だった

ニューズウィーク日本版 2017年6月14日 18時52分

<北京駐在5年の記者が緻密な取材により書いた『中国人の本音』で知る、単純な言葉ではとらえきれない本質>

『中国人の本音――日本をこう見ている』(工藤 哲著、平凡社新書)の著者は、2011~2016年の約5年間にわたり、北京の毎日新聞中国総局に勤務した経歴の持ち主。つまり本書はその経験に基づいて書かれているわけだが、帰国後には「中国の日常の情報があまり伝わっていないのではないか」と強く感じたそうだ。

「北京の人たちの暮らしぶりを伝える映像が見たい」と思ってもニュースは少なく、日本で中国の雰囲気を想像するにはかなりの労力が必要だというのである。

一方、北京にいたときには、中国人の日本に対する理解も偏っているように感じたという。近年の緊張関係の根底に互いの理解不足があるのだとしたら、それは十分に納得できる話だ。

【参考記事】福島の現状を知らない中国人に向けてVICEで記事を書いた

 今、日中間には尖閣諸島などのほか、歴史的経緯により残された問題が山積するが、近年は「国民感情の改善」が中国指導部内でも注目されている。これを進めるにはメディアや日中間を往来する人が日常の情報も発信することがますます大切になっている。(11ページ「はじめに」より)

そこで著者は北京を歩いて一般市民の声を拾い、「抗日」軍事パレードや「抗日テーマパーク」にも足を運んで自分の目と耳で現実を確認し、中国メディアの現場にも入り込んで緻密な取材をしている。

そんななかから浮かび上がってくる中国人像は、私たちの多くがイメージしがちなそれとはかなり異なっているように思える。というより、中国人が日本人に対して、あるいは日本人が中国人に対して抱いているイメージそのものが、実はとても曖昧なものであることがよくわかる。

たとえば、「一部の中国人から見た日本人」を端的に表現しているのは、北京のタクシー運転手との会話を描写したこの部分だ。

 移動の時に便利なのが北京のタクシーだ。初乗りは一三元と東京より安く、朝夕のラッシュ時以外なら簡単につかまる。運転手は中国語の会話練習をするには貴重な相手だ。出身地はさまざまで、人によって話が弾んだり、言い合いになったりする。 日中関係が悪化すると日本に批判的な言動をする運転手は増えていく。いわば運転手の態度が日中関係のバロメーターのようだった。中国で反日デモが起きた二〇一二年、「日本人なら乗せない」と言われ、不快な思いをしたことが何度もある。 だが、話を続けていたら運転手の態度が少し変わったこともある。 北京から南西に約五〇〇キロ離れた山西省太原に二〇一三年秋に出張し、タクシーに乗った。中年男性の運転手は「日本人ならこの場で降ろす」と言う。なぜ日本人を嫌うのか聞くと、「絶えず挑発している」「日本人はけしからん」と言った。 こちらも「日本人と直接話したのか」「行ったことがあるのか」と聞き返し、問答が三〇分ほど続くと、ついに運転手は黙り込んでしまった。最後に「こんな日本人は初めてだ」と語り、別れ際に手を振った。(23〜24ページより)

相手との関係がギクシャクしたため改めて話し合った結果、コミュニケーション不足だったことがわかり、そこから関係が一気に改善される――。そんなことは日常の場面でもよくあるだろう。つまりはそれと同じことが、このエピソードにもいえる。

【参考記事】日中間の危険な認識ギャップ



事実、日本の事情や日本人を知らないのに、嫌いだと叫ぶ中国人は2012年以降、少しずつ減ってきたと著者はいう。別の運転手で「親戚が日本で働いていて、日本は住みやすいと聞いた。一度行ってみたいもんだ」と口にする人もいたそうだ。当たり前といえば当たり前なのだが、日本を憎んでいる人たちばかりでは決してないのだ、

にもかかわらず「反日」「抗日」が叫ばれるのは、中国メディアのあり方にも問題がありそうだ。とはいえ著者の取材を確認する限り(相手の言葉を額面通りに受け取っていいかはわからないが)、メディアに携わる人々は我々のイメージよりもはるかに誠実そうである。

その点に関して、中国共産党機関紙「人民日報」を発行する人民日報社傘下の新聞であり、中国当局の意向をある程度反映した内容だという「環球時報」副編集長の言葉が印象深い。

――社員の日本に対する印象は。 多くのスタッフは日本に行ったことがあります。私自身も日本には比較的良い印象を持っています。日本を知ってからは、より客観的に報じているつもりです。我々の目的は両国の友好であり、両国関係の大局に立ち、民間交流を促進したいというのが基本的な立場です。(96ページより)

――日本を牽制する新聞だと思っている人もいます。 報道の一部の内容だけが切り取られて伝えられるため、誤解されています。問題の背景などを分析しながら伝えているつもりです。事実に基づいた報道を心がけていますが、両国国民の認識が一〇〇%一致するのは難しいです。(98ページより)

また、日本人の間で中国や中国人に対するイメージはなかなか改善していないものの、中国人観光客が増えたことで、中国人の日本や日本人に対するイメージは横ばいか、よくなっているとの見方もあるそうだ。一般国民と接する限りにおいては、日本人が思っているほど、中国人は日本や日本人のことが嫌いではないともいえるという。

そして、その架け橋となっているのが日本の文化だ。例としてSMAPや宮崎駿、高倉健などの人気の高さが引き合いに出されているが、むしろこれは、考えるまでもなく当然のことだと個人的には思える。悪意を前提として相手を見ようとするから軋轢が生まれるわけで、フラットな視点を持てば十分に考えられることなのだ。

【参考記事】習近平が言及、江戸時代の日本に影響を与えたこの中国人は誰?

もちろんその考え方を、政治的な側面に当てはめて考えることもできるだろう。たしかに中国では時折、メディアやテレビ番組などを通じて過激な言動が飛び出すことがある。しかし日中関係のつながりは深く、著者によれば、対日批判がエスカレートすれば中国側にも悪影響が及ぶことは2012年の反日デモの際にも露呈していたという。



加えて、中国側にとっては自国の安定した発展が最優先であり、「明らかな挑発」と受け止める事態が起きない限り、日本との関係悪化は得策ではないという考え方も、中国国内では少なくないのだという。だとすればなおさら、私たちもいっときの感情に流されることなく冷静になる必要がある。

 駐在しながら実感したのは、相手を知ろうと努力を続け、冷静に向き合うことの大切さだ。私が懸念するのは、「中国人=マナーが良くない」というように、相手をステレオタイプでとらえ、そこで思考停止してしまうことだ。北京では確かに、態度の悪い市民に遭遇して不愉快になることもある。大気汚染や物価高、安定しない日中関係、不便なインターネット環境など、イメージを悪化させる材料には事欠かない。しかしそこに住む「中国人」の幅は広く、単純な言葉ではとてもとらえきれない。(267~268ページ「おわりに――隣国を知るために」より)

我が家の近所に、中国人しか住んでいないマンションがある。10年近く前、そこはトラブルの温床で、明け方に大音量でヒップホップを流す人間もいたし、大声を出しながら夫婦喧嘩をして窓ガラスを割るようなケースも決して少なくなかった。

だから当時、私も彼らにあまりいい印象は抱いていなかった。ところがそれから数年経つと、状況がガラリと変わった。いつの間にやら居住者が入れ替わり、近年は小さい子どものいる若い家族が増えたのだ。

その結果、かつての殺伐とした雰囲気は消え去り、昭和の日本のような雰囲気になってきた。仕事が一段落して伸びをする夕方、楽しそうに遊ぶ親子の声が聞こえてくることがある。数年前に夜明けのヒップホップにカリカリさせられた私も、いまはその声を聞くたび温かい気持ちになれる。少なくとも、過去がどうであれ、いまそうなった以上、私に彼らを嫌う理由はないと思っている。

自分の身に起こったそのような変化と、上記の引用部分で著者が伝えたいこととの間には、かなりの共通点があるように感じた。重要なのは、「そこに住む『中国人』の幅は広く、単純な言葉ではとてもとらえきれない」という部分だ。

すべての日本人が善人であるはずはない。すべての日本人が悪人であるはずもない。まったく同じことは中国人に対してもいえるわけで、決して「中国人だからこうだ」と決めつけられるはずもないのだ。

冷静に考えればすぐにわかるそうした本質に、私たちは改めて立ち戻る必要があるのではないだろうか? そして、もしもその意思があるのなら、本書は大きな役割を果たしてくれることだろう。


『中国人の本音――日本をこう見ている』
 工藤 哲 著
 平凡社新書


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。



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印南敦史(作家、書評家)

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