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「嫌われ者」ウーバーCEOの失脚が、IT業界を変える

ニューズウィーク日本版 2017年7月25日 12時30分

<ウーバーCEOカラニックの追放劇を機にセクハラや女性差別がまかり通るシリコンバレーが更生の道を歩み出す?>

配車サービス会社ウーバーの共同創業者トラビス・カラニックに下された突然の「退場命令」。その衝撃は、視聴者参加番組で下手な出場者に退場を命じるゴングのようにシリコンバレーに鳴り響いている。

女性を差別し、カネの亡者で社会的に無責任――そんなIT業界の風土づくりに加担してきた人間はカラニックだけではない。だが彼はたった1人でそうした欠点を全て網羅している。

ウーバー社内でのセクハラやいじめ、規制逃れソフト使用などの不祥事が相次ぐなか、カラニックは6月下旬、主要投資家からの圧力を受けてCEOを辞任。米IT業界随一の「嫌われ者」の失脚は、4つの意味でシリコンバレーのゆがんだ風土を立て直すチャンスとなるかもしれない。

まず、シリコンバレーに蔓延する女性への不当待遇を改めるチャンスだ。IT業界の女性の60%が職場でセクハラを受けた経験があり、3分の1が身の危険を感じたことがあるという。

女性はトップになれない、ベンチャーキャピタリスト(VC)の出資が受けられない、男性より給与が少ないといった不満も渦巻いている。なかでもウーバーの社風は女性にとって最悪の部類に入る。

ウーバーだけではない。6月下旬にはIT業界の情報サイト「インフォメーション」が、VCのジャスティン・カルドベックが女性起業家にセクハラを行っていたと報じた。カルドベックは休職の意向を表明し、「この試練を教訓に、ベンチャー業界に必要な変化の推進に協力する道を見つけたい」としている。

こうした動きに勢いづいて、著名投資家でビジネス向けソーシャルメディアのリンクトインの共同創業者リード・ホフマンは、VCのセクハラ行為に厳しく対処する業界規模の仕組みづくりを呼び掛けた。

【参考記事】ウーバーはなぜシリコンバレー最悪の倒産になりかねないか

期待される第2の変化は「ユニコーン」の衰退だ。

過去数年、シリコンバレーはユニコーン(未上場で企業評価額10億ドル以上のベンチャー企業)に夢中だ。そうした企業に多額の資金がつぎ込まれ、評価額が膨れ上がった結果、株式公開など必要ないという空気が蔓延。昨年、株式公開したIT企業は20社と09年以降最少だった。

IT業界のCEOでユニコーン戦略を最も声高に支持していたのがカラニックだ。彼の辞任当時、未上場のウーバーの評価額は700億ドルに達していた。



ユニコーン戦略は限界に

だがこの風潮があらゆる問題の種になる。ごく一握りの人間(個人投資家や起業家)に、より多くの富が集中。企業の儲けは従業員まで回らず、一般市民はITブームから締め出される。

ユニコーン企業の評価額が株式公開で調達できる資金よりはるかに高くなった結果、株式公開で成長資金を調達することも、新たな出資者を探すこともできなくなって破綻するユニコーン企業も少なくない。

ウーバーの投資家がカラニックを追放した理由は多々あるが、報道によれば最大の動機は彼がIPO(新規株式公開)に消極的なことだった。IPOに否定的だった多くのCEOも既に考えを改め始めており、業界全体にとってプラスになるだろう。

第3の変化は「嫌われ者」信奉の終焉だ。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグをはじめ、IT企業の大半のCEOはまっとうな人物だ。だがアップルのスティーブ・ジョブズは伝説的な嫌われ者で、マイクロソフト全盛期のビル・ゲイツも誰もが認める嫌われ者だった。

IT業界の一部はいまだにジョブズやゲイツの経営哲学を信奉している。数年前、ウーバーのある投資家はカラニックについて「嫌われ者でなければ型破りにはなれない」と発言。その真偽を確かめるべく調査企業CBインサイツが行った世論調査でも23%がイエスと回答した。

【参考記事】日本人ウーバー運転手が明かす「乗客マッチング」の裏側

近年カラニックはシリコンバレー一の嫌われ者の座を満喫してきたが、本人のためにはならなかったようだ。同じ調査をいま実施すれば、イエスと答える人ははるかに少ないだろう。

最後に、型破りなリーダー像が否定されれば、企業風土も変わる。ウーバーは「型破り」精神を熱烈に支持して多くの敵をつくった。法を犯すことも、タクシー運転手を締め出すことも、自社の運転手を搾取することさえいとわなかった。「すぐに行動し、破壊しろ」というシリコンバレーの精神を体現していた。

だがウーバーのスキャンダルを機に、IT業界は社会の大半は強引な変化を好まないと気付き、自分たちは破壊よりも創造に力を入れるべきだと感じ始めている。カラニックの追放劇は、フェイスブックがフェイクニュース拡散の温床となっていた件などと相まって、IT企業に社会的責任を意識させる原動力となっている。

小さな兆しはある。フェイスブック、マイクロソフト、ツイッター、YouTubeの4社が「テロリズムに対抗するためのグローバル・インターネット・フォーラム」を立ち上げると発表したのもその1つだ。

変わるなら今だろう。「迅速に方向転換できる能力は起業家にとって誇り」だと、ある著名女性VCはカラニックの辞任を受けてブログに書いた。「IT業界の一部は今こそ方向転換する必要がある」

IT革命を生み出したシリコンバレーにはそのエネルギーがあるはずだ。

[2017.7.25号掲載]
ケビン・メイニー(本誌テクノロジーコラム二スト)

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