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シリアが直面する「アサド頼み」の現実

ニューズウィーク日本版 2017年10月3日 16時15分

<樽爆弾と化学兵器で国民を殺したアサド政権に、すがらざるを得ないシリアの人々の本音>

シードラ、ザッラ、フェイデレ。3人の少女が廃墟に座って棒で瓦礫をかき集めていた。「私たちの学校を直しに来たの」一番年長のシードラが顔を上げて聞いた。「戦争は終わったんでしょう?」

ここはシリア北部の都市アレッポ。市南東部のシャイフ・サイード地区にあるシャド・メド小学校は無残な姿をさらしていた。柱は崩れ、天井には大きな穴が開き、コンクリートの塊がそこここに転がる。教室の壁には無数に弾痕が残り、運動場のブランコは壊れたままだが、損害状況の調査すら行われていない。「学校はいつ始まるんだろう」シードラがつぶやいた。

学校の再開を心待ちにしているのは彼女たちだけではない。筆者が校庭に入るとすぐさま親たちが集まり、質問と苦情を浴びせた。

「シリア空軍が学校に樽爆弾を落としたんだ」と、リヤドと名乗る男が訴えた。彼の子供もこの小学校に通っていたという。

シャイフ・サイード地区は反体制派が支配していた市の東部に位置する。政府軍との戦闘では小学校が反政府派の重要拠点となった。わずか200メートル先の政府軍の支配地域から進撃してくる兵士を狙撃するには、3階建ての校舎はおあつらえ向きの建物だったからだ。だが政府軍の猛攻で校舎は崩壊し、昨年12月にアレッポは陥落。この地区も政府軍の支配下に置かれた。

砲撃の音はやみ、街は少しずつ平穏を取り戻しつつある。人々の怒りの矛先はアサド政権だけでなく、反政府派にも向けられている。「武装した男たち、アルヌスラ戦線がこの学校に陣取った。だから爆撃されたのよ」と、リヤドの親族の女性ファティマが悔しさをにじませた。

バシャル・アサド大統領が再び全土を支配下に置こうとしている今、シリアの人々はどんな思いでいるのか。筆者は首都ダマスカスから西部ホムスまで、政府軍の支配地域を約970キロにわたって車で見て回った後、アレッポを訪れた。随所に設置された検問所には若い兵士と民兵が詰め、近隣の村々に潜むテロ組織ISIS(自称イスラム国)の戦闘員を殲滅しようと目を光らせていた。

反政府派よりはまし

6年半に及ぶ内戦で生活をずたずたに破壊された人々はもはや反政府派に何の幻想も抱いていない。生きていくために最低限必要な物資が欲しい――それが彼らの切なる思いだ。

アサド政権がアレッポを奪還した後も雇用回復はおろか、ライフラインの復旧すらおぼつかない状況だ。日雇い労働者のリヤドの稼ぎは月14ドルほど。その4分の1が水の確保に消えるという。「電気もないし、水は井戸がある家から買っている」



戦争はもうこりごりだと誰もが思っている。政府は何もしてくれないが、多少なりとも平穏な暮らしを取り戻すには政府を頼りにするしかない。

反政府勢力にジハード(聖戦)を掲げる一派が交じっていることも、人々の不信を招いている。シャイフ・サイード地区ではその最大派閥の自由シリア軍が国際テロ組織アルカイダ系のアルヌスラ戦線(現シリア征服戦線)と共闘したため、住民がアサド政権寄りになった。

ダマスカス東部の一部地域では今も戦闘が続いているが、反政府勢力は四分五裂。政府軍との交戦に加え、自分たちの間でも陣地を奪い合っている。

ダマスカス東部の旧市街、キリスト教徒が多いバーブ・シャルキー地区には反政府勢力がいたずらに砲撃を繰り返している。数キロ先から砲撃してくる重装備のイスラム過激派が住民の共感を得ることはないだろう。

地元のバーでは若い男女がワインや水たばこを楽しんでいる。「ほら、死人が通る」と、住む家をなくした路上生活者を男が指さす。悪趣味な冗談も薄ら笑いも厭戦気分をごまかすためなのだろうか。「いい時に来たな。テロシーズン本番だ」

「内戦終結は『ゴドーを待つ』ようなもの」だと、終わりの見えない不条理劇に例えて彼は言う。「聞こえるだけじゃなく感じる。俺たち目掛けて迫撃砲が飛んでくるのを。ジハーディストは俺たちを攻撃するだけじゃなく、仲間同士でも戦ってる。何が反政府派だ」

批判すれば「消される」

アサド以外に選択肢はないと感じているのはシリア国民だけではない。反政府派を支持していた国々がこの数週間、アサド続投を容認するよう反政府派に迫っている。サウジアラビアは反政府派の交渉担当者に戦略見直しを要請。ボリス・ジョンソン英外相もアサド退陣を和平交渉開始の前提条件とするのは非現実的だと認めた。

といってもアサドがシリアの国民や国家を掌握したわけではない。シリアの一部勢力が和平実現を優先して、政治信条を一時棚上げしているだけだ。

「今は奴らと戦う必要がある」と、ダマスカスのバーで知り合った男は言う。「奴ら」とはジハーディストと反政府派だ。「でも次の手も考えないと」



アサドが約束した安定がほぼ実現している地域でも、政府への恐怖と憤りは時折顔を出す。アレッポ西部の政府側の拠点、モカンボ地区。カフェやアウトレットモールは上流中産階級の人々でにぎわう。東部に比べれば反政府派の砲撃による被害ははるかに小さく、カネを払えば電気も使える。ただし内戦勃発前は1カ月40ドルだった電気代が今では1週間で400ドルだ。

「昨年半ばまでは客なんていなかったが今は繁盛している」と菓子店を営むラミは言う。「人手が足りないくらいだ」。ライフラインの復旧の遅れについては「こんなときに文句は言えないだろう」と苦々しげに答えた。

アレッポ市内のスポーツクラブでは若い女性がプールの順番待ちをしていた。内戦勃発後はレバノンで暮らしていたという。内戦の責任は誰にあるかと尋ねると、「政府については何も話したくない」と言われた。バスケットボールのコーチからも、政治の話は断られた。「僕はスポーツマンだ。今の質問はスポーツとは関係ない。悪いが政府の話はできない」

シリア国民が政権批判を避けたがる理由は明らかだ。アサド一族の支配はシリア情報機関によって維持されてきた。国際人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルの8月の報告によれば、11年の内戦勃発以降7万5000人以上が「消えた」。11年9月~15年12月にはダマスカス郊外のセドナヤ刑務所だけで最大1万3000人が処刑されたとみられる。

新たな戦争以外なら何が起きても我慢しよう、と多くの国民が思うのも無理はない。アサドの復活は国民の支持ではなく、厭戦ムードや反政府派に対する軽蔑のおかげ。恒久的な平和とは別物だ。

From Foreign Policy Magazine


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[2017.10. 3号掲載]
アンチャル・ボーラ(ジャーナリスト)

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