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エルサレム首都認定は米政権も説明できないトランプ究極の利己的パフォーマンス

ニューズウィーク日本版 2017年12月7日 17時30分

<首都認定がどうアメリカの安全保障に役立つのか、記者たちへの背景説明もできないホワイトハウス。そんな決定のために、中東に住むアメリカ人とその家族も含めて多くの人が不幸になりかねない>

ドナルド・トランプ米大統領は12月6日、エルサレムをイスラエルの首都と認定すると発表した。この発表には、トランプ政権の政策決定における2つの最悪な傾向が現れている。一つは、トランプが支持率のみを気にして、まったく利己的な理由から重大な決定をしてしまうこと。もう一つは、政権の無能さが事態をさらに悪化させてしまうことだ。

エルサレムの首都認定は、トランプの支持基盤をつなぎ止めるためのパフォーマンスにすぎない。現時点でこの決定を下す戦略的根拠などまったくない。だからこそ政権スタッフは、この決断がどうアメリカの安全保障に資するのか、記者たちに説明がつかず頭を抱えたのだ。

しかもこれは支持基盤にとってさえ大した問題ではない。確かに大統領選中、トランプは米大使館をエルサレムに移転すると公約していたが、それによって獲得できた票はたかが知れている。

パレスチナの首都を強奪

トランプにとっては小さなパフォーマンスでも、それが及ぼす被害は甚大だ。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は文字通り進退窮まりかねない。アッバスはパレスチナでは貴重な親米派。中東和平でアメリカと歩調を合わせてきたことにはもともとパレスチナ人からの批判もあった。これで、アッバスの政治生命は風前の灯だ。

エルサレムの最終的な地位は、パレスチナ政治の最も繊細な問題と言ってもいい。東エルサレムを独立国家パレスチナの首都とすることは和平の譲れない条件だ。トランプは双方にとってよい和平合意のために尽力すると言ったが、現実にはトランプはイスラエルに圧倒的な勝利を与えただけで、パレスチナからは奪っただけだ。

アメリカの最も重要なアラブの友好国は、自分たちの助言を無視したトランプの決断のおかげで尻に火が付くことになった。とりわけアメリカの信頼できるパートナー、ヨルダンはパレスチナ難民が人口の70%を占め、抗議の高まりによる治安の悪化が懸念される。

トランプの決定は、中東に駐在するアメリカの外交官や民間人の安全も脅かしかねない。パレスチナ側は既に「怒りの日」と名付けた3日間の抗議行動を呼び掛けており、ヨルダン川西岸とガザ地区では暴力的な抗議が吹き荒れる可能性がある。中東諸国の米大使館には安全保障上の警告が発せられ、大使館の警備チームは警戒態勢を強化している。レックス・ティラーソン米国務長官とジェームズ・マティス米国防長官も安全保障上の懸念から今回の決定にぎりぎりまで反対していた。



最後に、この決定は和平を模索してきた自らのチームを裏切るものだという点でも利己的だ。トランプの娘婿で上級顧問のジャレッド・クシュナーは何カ月も前から中東を歴訪し、関係者と協議を重ねてイスラエルとパレスチナの和平交渉再開に向けて準備を進めてきた。その努力を水の泡にする今回の決定に、クシュナーが賛同したとは思えない。

トランプは、歴代大統領などによる過去の交渉はすべて失敗に終わったから、エルサレムの首都認定で新しいアプローチを始めると述べた。しかし娘婿がせっかく交渉再開に奔走したのだから、少なくともその成り行きを見守ってから決断しても遅くなかったはずだ。

仮に暴力が起こらなくても、こうなった以上アメリカにはもはや和平交渉を仲介する資格はない──それが多くのパレスチナ人の心情だ。アッバスが交渉を進めたくても、このムードでは、トランプ政権がお膳立てしたテーブルに着くわけにはいくまい。

政権の機能不全が露呈

問題はトランプが驚くほど利己的な決定をしたことだけではない。これまでもそうだったように、迅速で効果的な外交判断の欠如がトランプ政権の足を引っ張ってきた。トランプは5日からアッバスや何人かのアラブ首脳に電話で決定を伝え始めた。だがホワイトハウスは声明を出さず、記者団にも十分な説明を行わなかった。ニュースが発表されたときに、まず伝えられたのはアラブ諸国とパレスチナからの猛反発の声だった。彼らはすぐさま記者会見を行ったからだ。肝心要のときにホワイトハウスが沈黙していたため、批判的なコメントがニュースの基調になった。政権が後手後手に回らなければ、火の手を抑えられたはずだ。

トランプ政権は、中東諸国の反発を抑えるのにも失敗した。トランプは声明で、イスラエルと将来のパレスチナ国家の「2国家共存」を支持する考えを初めて表明した。トランプ政権としては、パレスチナ側に大きな譲歩をしたつもりだった。だがエルサレムをイスラエルの首都にするという決断への怒りを鎮めるにはとうてい及ばない。2国家共存はすでにアメリカの中東和平の礎であり、歴代米大統領もその方針を堅持してきた。トランプが就任初日にすべきだったことを今更やっても、何の慰めにもならない。

エルサレムはイスラエルの首都だと宣言はしても、大使館の移転時期は先延ばしすることでも、国際社会の批判をかわそうとした。だがそれも無駄だろう。イスラム諸国にとって問題の核心は、アメリカが大使館をどこに置くかではなく、エルサレムの最終的な帰属がどこになるかだからだ。



今回の発表で、選挙公約を本気で実現するトランプの真摯さと信頼感をアピールできるとも、トランプ政権の関係者は主張した。まったくの見当違いだ。国際社会から見れば、トランプが公約に掲げたエルサレムへの米大使館移転は、もともとアメリカ国内向けの票稼ぎにしか映っていなかったからだ。

残念だが、トランプ政権は目の前にあったチャンスを逃した。一度限りの爆弾発表をして中東和平交渉の再開を不可能にするくらいなら、きちんとした手順を踏んでエルサレムをイスラエルの首都と認め、広範な和平プロセスの一環として大使館を移転することが、トランプにはできたはずだ。和平の条件とその範囲を提示し、和平交渉再開の土台にする方法もあった。イスラエルとパレスチナの双方がそれらを受け入れるよう説得していれば、和平実現に近づく大胆で有意義な一歩だったろう。その過程で大使館移転も実現できたはずだ。

双方の首都にもできた

具体的にはこうだ。まずどんな和平合意もイスラエルの国家安全保障上の懸念に配慮し、パレスチナ難民の大量流入を招く解決策にはしないと、和平条件に明記する。パレスチナに対しては、1967年の第3次中東戦争前にヨルダンとエジプトが支配していた領土を割譲し、その代わりにヨルダン川西岸のユダヤ人入植者が集中する土地をイスラエルに併合する「土地交換」で合意を図る。エルサレムは、パレスチナとイスラエル双方の首都だと認める。和平に向けた外交努力の一環として、アメリカはエルサレムを双方の首都として承認すると発表することもトランプにはできた。そうすればアメリカはエルサレムにイスラエル大使館を新設し、現在エルサレムにある米総領事館(これまではパレスチナ人向けの大使館のような役割を担ってきた)を在イスラエルの大使館に格上げできただろう。

こうした微妙なバランス感覚のあるアプローチを追求するどころか、トランプは火に油を注いでしまった。現時点で、誰も今後の見通しは分からない。クシュナーが準備を進めていた和平交渉再開が吹き飛ぶにしても、最良のシナリオは、数日間の抗議デモが終わった後、中東諸国の怒りの嵐が収まることだ。最悪のシナリオは、中東で新たな紛争の火の手が上がることだ。

© 2017, Slate


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イラン・ゴールデンバーグ

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