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絶望のシリア和平は新たな戦いへと向かう

ニューズウィーク日本版 2018年2月5日 11時55分

<シリア内戦は最終局面を迎えているものの外国勢力の介入で未来は混沌としている>

アメリカはシリアの国土の約28%を半永久的に、クルド系のシリア民主軍と合同で実効支配し続けるつもりだという。情報の信頼性は複数の米政府当局者が認めている。

しかしシリア内戦に介入している他の勢力が、そんな計画を認めるわけがない。例えばアメリカの同盟国であるトルコ。先頃「オリーブの枝作戦」なるものを開始して、クルド系部隊の支配するシリア北部アフリンの攻略を目指している。一方で首都ダマスカスを拠点とする政府軍は南部でスンニ派系の反政府武装勢力に対する攻勢を強めているし、北部イドリブでも主要な空軍基地を奪還している。

テロ組織ISIS(自称イスラム国)の拠点崩壊で内戦の終結は近いという説もあるが、とんでもない。まだまだ流血は続いていて、アメリカがシリア領内に居座れる保証はどこにもない。

シリアの戦争に首を突っ込んでいる諸勢力の戦争続行能力を疑う声もあるが、こちらもとんでもないことだ。内戦の構図を複雑にし、長引かせてきた事情(アサド政権崩壊の可能性)は消滅しつつあるが、だからと言って国民に平和な未来が約束される気配はない。むしろ、古い戦争の腹が裂けて新たな戦争が生まれつつある。

実を言えば、14年の夏頃からシリアでは2つの戦争が並行して起きていた。1つ目の戦争は政府軍と反体制派の戦いで、主たる戦場は西部の人口密集地。第2の戦争はISISとアメリカ主導の有志連合との戦いで、主戦場は北東部だ。

どちらの戦争も終わりに近づいている。まず15年9月30日にロシア軍が参戦した時点で、最初の戦争はアサドに有利な形でほぼ決着がついた。反体制派の対空戦闘能力は乏しく、ロシアの空爆とイラン系地上部隊の攻勢の前には無力だった。

だからアサド政権は間違いなく存続する。ただし7年前の強権的な独裁政権と同じではない。今後のバシャル・アサド大統領には何の決定権もなく、政権の存続を保証する諸勢力の言いなりになるしかないだろう。

最近のアフリンの情勢を見ればいい。アサドはトルコ軍の侵略に断固として反対すると表明し、「アフリンに対するトルコ軍の残虐な攻撃は、トルコ政府が最初からテロリズムとテロ組織を支援していたことの証拠にほかならない」と述べた。同国のファイサル・メクダド副外相も、「シリア領空でトルコ軍機を撃墜する準備はできている」と豪語している。





パトロンの手先と化して

しかしアサドの後見人であるロシアは、トルコ軍の侵攻作戦を違う目で見ているようだ。

トルコ軍の作戦開始の前に、ロシアはアフリン周辺からロシア軍を退避させている。それにアフリンでクルド人の拠点を空爆しているトルコ軍機は、ロシアの了解なしに国境を越えられないはずだ。好ましからざる存在をシリア上空から確実に排除できるロシアのS400地対空ミサイルが、常に目を光らせているからだ。

アサド政権は、実質的な意思決定者であるロシアからこの状況を甘受するよう求められている。だからトルコ軍機を撃墜するというメクダドの脅しも、口先だけに終わっている。

同様に、最近の展開はこの戦争がもはやシリアの「内戦」ではなくなったことを示している。アフリンにおける対クルド作戦に協力している反政府武装勢力は、トルコ政府のために働く傭兵のような存在にすぎない。

北部にはファイラク・アルシャム、ヌーレディン・アルジンキ、レバント戦線などの反体制派勢力がいるが、政権打倒の希望が消えた16年の夏以降は、基本的にトルコ軍の下請けに甘んじてきた。トルコやその国境近くに拠点を置く勢力は、今やトルコの言いなり。南部にいるスンニ派系の反体制派勢力も、ヨルダンやアメリカ、イスラエルといったパトロンの言いなりだ。

ISISとの戦いは、確かに終わりが近い。その組織は完全に破壊されておらず、一部に支配地域が残っているが、領土の大部分は失った。今後は「カリフ国」の樹立を宣言した14年6月以前の状態に、つまり拠点を持たないが残忍極まりないテロ組織に戻るしかあるまい。

こうした状況を踏まえて、シリアは今後、どのような方向に向かうと考えられるか。

まず今のシリアには、3つの主要な連合体が存在する。アサド政権+ロシア+イランの連合は国土の半分以上と人口の大半を支配している。しかし石油資源が豊富な東部デリゾール一体と主要な農業地帯はクルド系シリア民主軍+アメリカ連合が握っている。そしてトルコ+スンニ派武装集団(過激な「聖戦派」を含む)の連合は主として北西部を支配している。



複雑な外部勢力の対立

こうした連合体内部の結び付きは弱い。対立する陣営の一部と独自に連携している勢力もある。つまり、トルコとアメリカは今もNATOの同盟国だが、アメリカが聖戦派、とりわけ国際テロ組織アルカイダ系の反体制派を敵とする一方、トルコはそうした組織とも堂々と協力している。

トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領はシリア北部のマンビジを攻撃する意向を表明した。本当にやれば、確実にアメリカとの利害の対立が起きる。クルド人はロシアやアサド政権とも一定の関係を維持しているが、もちろんアメリカの後ろ盾を必要としている。

イスラエルはアメリカと歩調を合わせているが、シリア南部でアサド政権側のイラン系民兵を掃討する場合に備えて、ロシアとも一定の関係を保たざるを得ない。

これがシリアの新たな戦争だ。それは国内の力学ではなく、廃墟と化したシリアを奪い合う外部勢力の対立から生まれた。

クルド人とトルコが敵対し、イラン(とその手先)とイスラエルが敵対し、イランとアメリカが敵対し、さらにはトルコとアメリカの対立が生じる可能性もある。どの勢力も、互いを出し抜いてシリアで有利な立場を確立しようともくろんでいる。

このままだと、7年来の内戦がどうにか終わったとしても、この国で争いが絶えることはないだろう。憂鬱な年の幕開けである。

From Foreign Policy Magazine

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[2018.2. 6号掲載]
ジョナサン・スパイヤー(ジャーナリスト)

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