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墜落したアパッチヘリが象徴する軍事予算の矛盾 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2018年2月6日 15時45分

<自動運転車の民生用レーダーの技術はすでに相当の進化を遂げており、墜落した陸自ヘリのレーダー能力をおそらく数段上回っている>

今週5日、佐賀県神埼市の住宅地に陸上自衛隊のAH64D型ヘリコプターが墜落しました。現時点では少なくとも乗員1名の死亡が確認され、もう1名と見られる遺体が見つかる惨事となっています。事故原因に関しては、詳細な調査を待たねばなりませんが、ヘリコプターの揚力と推進力の源であるメイン・ローターに深刻な故障が発生して墜落したという可能性が大きいようです。

このAH64Dですが、元の設計はボーイング社のAH64で「アパッチ」というアメリカ先住民の部族名がニックネームとしてつけられています。また、Dという型番で識別される事故機は「アパッチ・ロングボウ」つまり「アパッチ族の大弓」という愛称で呼ばれています。

この「ロングボウ」ですが、ミリ波レーダーを使った「対地」と「対空」識別能力に優れているというのが売り物です。特にこの機種の場合は、「対地」つまり上空から陸上の敵戦車、敵兵などの「対象物」を探知して、脅威のレベルを判定、必要に応じて攻撃の優先順位を決定する能力があると言われています。

そのAH64Dが住宅地に墜落して乗員の犠牲者が出たというのは、何とも皮肉な話としか言いようがありません。というのは、陸上の対象をミリ波レーダーで厳密に走査して精密に特定する能力のある機であっても、肝心のヘリコプターとしての基本性能で、整備不良などのトラブルがあったら、このような惨事を起こしてしまうということです。

ここからは推測ですが、深刻なトラブルに見舞われている中で、住宅地への墜落を回避するべく、乗員は必死の努力をしていたことを考えると、何とも言えない気持ちになります。

もう1つ、今回の事故を契機に感じた矛盾があります。というのは、この「アパッチ・ロングボウ」というのは、ミリ波レーダーによる同時に複数の対象物を索敵、追跡する能力があるわけです。その能力を評価して自衛隊も導入しており、当初は62機の導入を目指していました。

最終的には、費用の問題など様々なトラブルがあった結果、13機で調達が打ち切りになっています。その正確な金額は不明ですが、一部で報じられている数字ではプロジェクトの総額は2000億円に近い額となるようです。

その高額な価格の根拠としてはヘリコプターとしての基本性能ではなく、「アパッチ・ロングボウ」というレーダーシステムにあるわけです。問題は、その基本設計が1990年代のものだということです。



ところで、現在この「ミリ波レーダーによって地上の複数の動く対象を追尾する」という技術は民間で大きな進歩を遂げています。それは自動運転車(Autonomous Cars)実用化の基幹技術だからです。ミリ波レーダーなども性能が劇的に向上する一方で、価格は暴落しています。また、複数の移動物体を追尾し解析するソフトウェアとしては、最新の「ディープ・ラーニング」を取り入れたアルゴリズムによるAIが日進月歩となっています。

その最先端で争っているのが、インテルとNVIDIAで、両者は最終的に「自動運転専用チップ」のディファクト・スタンダードを目指して激しく競っているのです。そのNVIDIAが2017年10月に発表した「NVIDIA 自動運転車プラットフォーム」では「周囲の動体認知」「自車の周囲環境認知」「フリースペース認知」「地図情報との照合」といった多角的な「思考」を同時にリアルタイム処理することで、人間の頭脳より高度な「安全走行への判断」ができるという触れ込みです。

民生用と軍事用のテクノロジーを直接比較することはできませんが、少なくとも「アパッチ・ロングボウ」が同時に10数種の敵を認知し、敵味方を識別して攻撃の優先順位をつけるという性能なのであれば、その周囲認知能力と判断能力は、17年に実用化されたNVIDIAの小さなLSIチップより何桁も単純な話に違いありません。

あえて想像するのであれば、例えば2018年現在のドローン技術と、このミリ波レーダーによる動体認識技術、そこにAIのアルゴリズムを総合していくことができれば、多分、このAH64Dと索敵対決シミュレーションを行って、簡単に勝ってしまうマシンを作ることは、比較的容易ではないかと考えられます。

ちなみに、このNVIDIAという企業は、AI技術へのGPU転用を評価されて株高で推移してきたのですが、2~5日(先週末から今週明け)にかけてのナスダック市場の株価急落の「主役」にもなっています。そのぐらい注目されている企業です。

同じような技術が軍事利用されるのは倫理的に悪で、民生用に使われれば人々の役に立つという議論があります。その通りだと思います。ですが、もっと怖いのは軍需というのは壮大な公共投資であり、同時に機密保持を理由とした不透明な調達のされる世界だという問題です。

今回のヘリ事故で明らかになったのは、現代の民生用技術であれば近い将来に量産チップと周辺機器が大量生産されて数100ドル程度の価値になってしまうテクノロジーに、2000億近い国家予算が投入されていたわけで、それも今回1機が全損となることで、予備機を含めた編隊の能力としては中途半端になることが予想されるのです。

もちろん、本機が導入された2000年代の初頭においては、それだけの価値のある先進技術であったのかもしれません。仮にそうであったにしても、20年近い時間の中で、民生用の技術の方が大きく進んでいったのは間違いありません。

そんな中で、このAH64Dについては、17年4月に、その「アパッチ・ロングボウ」レーダーシステムを暗視能力や荒天時の能力などの向上を含む「アップデート」をするために、防衛省はロッキード・マーチンへの発注を行ったようです。赤外線センサーによる暗視とか荒天時の認識ということでは、それこそ自動運転技術の中で民間では猛烈な性能向上とコストダウンが進んでいる分野なのですが、一体ロッキード・マーチンとの契約金額はいくらだったのでしょうか。大変に気になるところです。

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