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グーグルが注目した日本人女性科学者、猿橋勝子とは

ニューズウィーク日本版 2018年4月2日 11時25分

<海洋化学と放射能の影響の研究に多大な業績を残した猿橋の足跡>

3月22日、グーグルの検索ページのロゴに日本人科学者、猿橋勝子(1920~2007)の似顔絵が現れた。この日は彼女の生誕98周年。同時に「世界水の日」でもあり、似顔絵の背景には彼女の研究した海洋水が描かれた。

猿橋は小学生のときに校舎の窓ガラスを流れ落ちる雨粒を見て、なぜ雨は降るのだろうという疑問を抱いた。彼女はその答えを求めて、探求の旅に出る。専門分野は海洋化学。海水の炭酸濃度に関する先端的な研究を行い、1957年に東京大学で女性初の理学博士号を取得した。

海水中の炭素は、いま地球温暖化で問題となっている地球上の炭素サイクルの重要な部分を占めている。猿橋は55年の論文で、水温、酸性度、塩素量の違いによる炭酸物質量の変化を計算表として示した。これは後に「サルハシの表」と呼ばれ、コンピューターが普及するまで30年間にわたり海洋学者の助けとなった。

猿橋が生きた時代には、放射能の影響が大きな研究課題となった。アメリカが46年にマーシャル諸島の海域で核実験を開始。12年間で23回の実験を行った。

なかでも54年の第五福竜丸事件は世界的に有名だ。ビキニ環礁で広島型原爆1000個分以上の威力を持つ水爆の実験が行われ、日本漁船が被曝した。

猿橋は気象庁気象研究所の一員として、水爆実験による放射性降下物が実験区域から1000キロの海域でも認められることを突き止めた。さらに、放射性物質が風と波によって海上を運ばれる時間を算出した。

「女性だから」ではなく

猿橋は62年、この研究結果をアメリカで発表するため、カリフォルニア大学サンディエゴ校のスクリップス海洋学研究所に招かれた。研究拠点が木造小屋だった日本のほうが、放射性降下物の測定技術ではアメリカより正確であることを示した。

猿橋の研究成果は63年、地下を除く大気圏内、宇宙空間、水中での核爆発を伴う実験を禁止する部分的核実験禁止条約の成立につながった。

「文字通り一心不乱の毎日であった」と、猿橋は書いている。「それは男性にまけまいとする、女性なるが故のがんばりではなかった。一生懸命勉強すると、はじめは幾重ものベールの向こうにあった複雑な自然現象が、一枚ずつベールをはがし、からみあっていた自然のしくみが、しだいにときあかされてくるからである。研究者としての、何ものにも替え難い大きなよろこびが、ここにある」



女性だからではないと書いたものの、猿橋は日本の女性科学者にとっての「ガラスの天井」を何度も突き破っている。81年には女性で初めて日本学術会議の会員に選ばれ、85年にも女性で初めて地球化学研究協会の「三宅賞」を受賞した。

猿橋は、後進の女性科学者が実力を発揮するための踏み台も用意した。58年に「日本婦人科学者の会」(現「日本女性科学者の会」)を設立。女性と男性が共に個性と能力を発揮できる環境づくりと、社会貢献を目指した。

猿橋は気象研究所に35年間勤務し、80年に退職した。同年「女性科学者に明るい未来をの会」を創設し、以後、自然科学の分野で顕著な研究業績を収めた女性科学者に毎年「猿橋賞」を授与することになる。

「立派な科学者になる能力を持つ女性は大勢いる。女性が男性と対等な立場で科学技術に貢献できる日が来ることを期待している」と、猿橋は語っていた。

[2018.4. 3号掲載]
ソフィア・ロット・パーシオ

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