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現代人は最大約2%ネアンデルタール人 人類史を塗り替える古代DNA革命

ニューズウィーク日本版 2018年9月25日 16時0分

<古代人のDNAを高速で解読するシステムを確立した遺伝学者がスリリングに描く、人類の遥かな旅路。この「革命」により、予想もしなかった新事実が次々に明らかになっている>

わたしたちの祖先とネアンデルタール人とのあいだに交配はあったのか? ヨーロッパ人は、先住の狩猟採集民と中東からヨーロッパに農耕を広めた人々の混じり合いによって生まれたのか?

いま、「古代DNA」研究の分野で加速度的に積み上がる大量のデータによって、考古学者ですら予想もしなかった新たな事実が次々に明らかになっている。

半ば化石化した古代の人骨から抽出したDNAを「古代DNA」と呼ぶが、その抽出を効率よく行い、高速で解読する大規模なシステムを確立して「古代DNA革命」をもたらしたのが、『交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史』(筆者訳、NHK出版)の著者である遺伝学者、デイヴィッド・ライクだ。著者がみずからの古代DNA研究室を開設したのは2013年と、わずか5年前のことである。

わたしたちの体内にあるDNAは肌や目の色を決めているだけではない。遠い過去から連綿と続く人類の歴史の解明に役立つ貴重な情報も含んでいる。現代人と、遠い過去に生きていた現生人類、さらには旧人類のDNAを全ゲノム規模で比較し、そうした比較に基づいて人類の歴史を集団の移動と混じり合いという観点から再構築することで、人類の先史時代の像がより鮮明になるとともに、これまでの定説のいくつかがくつがえされることとなった。

その結果わかったのは、わたしたち現生人類の祖先がネアンデルタール人と交配していたこと。サハラ以南のアフリカ人を除き、現代人は最大約2%のネアンデルタール人由来DNAを持つ。ネアンデルタール人とクロマニョン人との交流を抒情豊かに描いたジーン・アウルの小説『大地の子エイラ』は正しかったのだ。

ヨーロッパ人の祖先は先住の狩猟採集民と中東起源の農耕民だけではない。さらにステップ地帯(現在のハンガリーからカザフスタンを経てモンゴル高原に至る草原地帯)の牧畜民の大規模な流入によって、現代ヨーロッパ人の系統が形成された。インド=ヨーロッパ語という言語グループがこれほど広大な地域に広がったのも、ステップ地帯に起源を持つヤムナヤ文化の大規模な拡散と集団移動によるところが大きい。

アジアからアメリカ大陸への先史時代の人類移動は少なくとも4回にわたって起こり、北から南へ移動するにつれ集団が分岐して、多様な言語と文化を発達させた。アマゾン川流域の先住民もその流れを汲むが、意外なことに、地理的に遠く離れたオーストラリアの先住民と多くのDNAを共有していることがわかった。

ゲノムデータの膨大な蓄積は、人種という概念への批判に新たな火種を投じることともなった。著者は、近代に成立した人種という概念の正当性を唱える陣営と、人類の集団間にはいっさいの差異はないとする陣営との対立を歴史的経緯に即して紹介したうえで、不毛な議論に終止符を打って、DNAが語ることばにすなおに耳を傾けるべきだと言う。



古代DNA研究の最前線に身を置く体験

本書を読むことで読者は、めざましい発展を遂げつつある古代DNA研究の最前線に身を置く体験を堪能できる。著者の案内で、いわば古代DNA版の世界一周旅行をしながら、世界の各地域に住む人々がこんにちの姿になった経緯をたどる興味深い物語の数々に出合う。それは大規模な集団移動と、集団間の絶え間ない混じり合いの物語である。

およそ5万年前にアフリカを出てから、南米大陸最南端、あるいは南太平洋の遠い孤島に到達するまでの人類の遥かな旅路が、DNAの解析によってしだいに復元されていくさまはスリリングだ。

著者は、人類の遠い過去のみならず、現在と未来にも目を向ける。人類の集団間に見られる差異にはどのような意味があるのか、DNA解析は今後どうなっていくのかを、最新のさまざまな研究成果を紹介しつつ考察している。

印象的なセンテンスを対訳で読む

最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は『交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●Interbreeding with Neanderthals helped modern humans to adapt to new environments......at genes associated with the biology of keratin proteins, present-day Europeans and East Asians have inherited much more Neanderthal ancestry on average than in the case for most other groups of genes.
(ネアンデルタール人との交配は現生人類が新しい環境に適応するのに役立った......現代のヨーロッパ人や東アジア人は、ケラチンというタンパク質の働きに関わる遺伝子の部位に、その他の大半の部位に比べてネアンデルタール人DNAを平均してかなり多く受け継いでいる)

――ケラチンは体温の維持にとって大事な髪や皮膚の基本的な構成要素であることから、寒冷な気候に適応していたネアンデルタール人由来の遺伝子が交配を通じて現生人類のゲノムに取り込まれ、それが自然選択によって保存されたのだと考えられる。

●We called this proposed new population the "Ancient North Eurasians." At the time we proposed them, they were a "ghost"--a population that we can infer existed in the past based on statistical reconstruction but that no longer exists in unmixed form.
(わたしたちはこの想定上の新しい集団を「古代北ユーラシア人」と呼ぶことにした。想定当時、この集団は「ゴースト」だった。統計的な復元に基づいてその存在を推測したものの、そのままの形ではもう存在していないからだ)

――集団間の交配の証拠を調べる統計検定において、未知のゴースト集団が関わっていたとすればいろいろな検定結果がうまく説明できる。その後、このゴースト集団にぴったりのDNAを持つ人骨が実際に見つかっている。さまざまな地域の集団の成立を復元するなかで、ほかにも多くのゴースト集団の存在が浮かび上がってきた。

●Comparison of Y-chromosome and mitochondrial DNA types that are highly different between Africans and Europeans also shows that by far majority of the European Ancestry in these populations comes from males, the result of social inequality in which mixed-race couplings were primarily between free males and female slaves.
(アフリカ系アメリカ人とヨーロッパ人で頻度が大きく異なるY染色体とミトコンドリアDNAのタイプの比較から、アフリカ系アメリカ人の持つヨーロッパ人由来DNAが圧倒的に男性側から来ていることもわかった。異人種間の結びつきがおもに自由民男性と奴隷女性の組み合わせだったという、社会的な不平等の結果である。)

――古代から現代まで、集団が混じり合う際には常に、権力を持つ集団の男性と権力を持たない集団の女性との交配という「性的バイアス」が見られる。生殖に伴うこのような不平等は男女間には限らない。Y染色体の解析から、モンゴル帝国時代のたった1人の男性が、かつての占領地域に直系の男系子孫を何百万人も残していることがわかった。この人物はチンギスハンかもしれない。

◇ ◇ ◇

本書は、原題の「Who We Are And How We Get Here」が示すように、古代DNA研究分野の将来性を予見したルカ・カヴァッリ=スフォルツァの著書『わたしは誰、どこから来たの』(三田出版会、1995年)へのオマージュと言うべき作品である。

本書の著者も、人類の過去を復元し、いまのありようを考察するなかで、「われわれは何者なのか」という根源的な問いへの答えを模索する。だが、カヴァッリの時代と比べ驚異的なパワーを持つに至った解析技術を駆使して、生き生きとした動きに満ちた、遥かに鮮明な古代の人類地図を描くことに成功している。


『交雑する人類――古代DNAが解き明かす新サピエンス史』
 デイヴィッド・ライク 著
 日向やよい 訳
 NHK出版


トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
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日向やよい ※編集・企画:トランネット

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