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マクロン主義は、それでも生き残る

ニューズウィーク日本版 2018年12月13日 17時20分

<燃料税引き上げに激しい反発が起こり、支持率は急落しているものの、マクロンの勇気ある実験は引き続き注目に値する>

「自由化」にまつわるフランスの大いなる実験が、頓挫しつつあるかにみえる。

発端は、エマニュエル・マクロン大統領が打ち出した燃料税の増税。再生可能エネルギーへの転換を促そうという施策だったが、これに反対する「黄色いベスト運動」のデモが毎週末のように行われてきた。

さしものマクロンも、これには折れた。燃料税の引き上げは来年いっぱいは行わないと、12月5日に発表している。

デモの背景にあるのは、長引く経済停滞に対する国民の怒りだ。経済成長率は1.6%程度にとどまっているが、失業率は9%前後で高止まりしている。マクロンの支持率は25%ほどまで急落した。

普通の指導者なら政権を追われているかもしれない。しかしマクロンの場合、政治生命の終焉について語るのはまだ早い。11月に行われたCNNとのインタビューでマクロンは、経済政策が不評なのは確かだが、「遅くとも1年半から2年の間には成果を実感できるはずだ」と語った。そのとおりにならなければ、もちろん彼の命運は尽きる。

マクロンの政党「前進する共和国(REM)」は、国民議会で過半数を占めている。しかし最近のデモの頻発によって、マクロンの議会への指導力は弱ってきた。

それでも今の欧米で、マクロンほど忠実な議員の支持を得ている指導者はほとんどいない。筆者はREM所属の新人議員数人に取材したが、不安げな声は聞かれなかった。

その1人であるガエル・ル・ボエク議員は、「今回のデモは政府への批判の受け皿となってきた労働組合や野党などが機能しなくなったために不満が噴出しただけだ」と語った。デモはマクロンの政策を直接否定するものではないというのが、彼の見方だ。

熱心な支持者の偏った意見かもしれない。最近の世論調査によれば、回答者の3分の2が富裕税の引き下げや法人税の減税を含むマクロンの税制改革は格差拡大につながると答えている。何より平等を神聖視するこの国では、当然の反応だろう。

マクロンは「購買力の向上」を約束しているが、大半の国民はそれを実感できていない。そこへ地方の低賃金労働者を直撃する燃料増税が持ち上がり、我慢の限界を超えてしまった。

いつの時代でも、自由化は不評だ。頑固なことで知られたニコラ・サルコジ元大統領でさえ、企業の新規採用・解雇を容易にする労働市場改革を計画した際は、激しい反対に遭って取り下げた。

庶民と懸け離れた感覚

マクロンを選んだ有権者も、彼に改革を期待したわけではない。既成政党が弱体化するなか、極右・国民戦線(現・国民連合)を率いるマリーヌ・ルペンよりはましだから彼に投票しただけだ。国民が支持したのは共和主義であり、自由主義ではなかった。

選択肢となるべき政党も冴えない。マクロン支持派であるモンテーニュ研究所のローラン・ビゴルニュ所長は、黄色いベスト運動を主導する人々は右派とも左派とも距離を置いていると言う。マクロンの支持率は低下しているが、支持率が上昇した政敵もいない。



結局、マクロンの成績表は来年5月の欧州議会選挙で示されることになるだろう。最新の大半の世論調査では、国民連合への支持がわずかながらREMを上回っている。

選挙に負ければ、マクロンには大打撃になる。経済的な痛みを伴う改革の成果が出る前に、政治的な最後通告を突き付けられるかもしれない。

マクロンは強い指導者ではあるが、政治家として国民に寄り添う姿勢に欠けているようだ。サルコジやフランソワ・オランド前大統領と違って、彼は自説に固執してきた。

マクロンには、自身の改革を国民に受け入れてもらおうとする才覚が欠けているようだ。あるとき造園の仕事を求職中の若者に対し、「やる気さえあればホテルやカフェ、レストラン、建設現場でもどこでも働く場があるはずだ。そこら中で人手を探している」と発言。カフェやレストランが多いパリのモンパルナス地区へ行くよう勧めて、こう続けた。「私なら、あの通りを渡れば、きっと君に仕事を見つけてあげられる」

この発言は、仕事をあてがいさえすればいいという高圧的な姿勢や、一般人とは懸け離れた感覚が表れているとして物議を醸した。

自身の政策にこだわり続けるマクロンの姿勢に批判が集まる。だがREMのドミニク・ダビド議員は大統領が変えるべきは姿勢ではなく政策だと指摘する。

最大の敵は自分自身?

マクロンが今後邁進するのは目下の試練への対応ではなく、国会議員が地方政府の公職を兼務することを禁じる持論の憲法改正だろう。デモで新しいマクロンが誕生するとは期待しないほうがいい。

マクロンは「過激な自由主義者」とも言われるが、それは批判派の見方でしかない。ビル・クリントン元米大統領やトニー・ブレア元英首相ら90年代の「第三の道」の指導者のように、マクロンは市場原理を信じ、国家の歳出は効率を重視するべきだと考える。一方で、再生可能エネルギーへの転換や基礎研究、職業訓練と再訓練への投資などを提案し、一部は実行に移した。

だが黄色いベスト運動の参加者の言葉が象徴するように、温暖化を懸念するエリートは「世界の終わりについては話し合う」が、庶民が話し合っているのは「月末のやり繰り」だ。

たとえマクロンが人間味を増したにせよ、その先には苦痛が待っている。燃料税は二酸化炭素消費量を減らす対策としては必要な苦痛を伴う措置だが、他国の指導者は導入を避けてきた。

マクロンは、多くの有権者が弱いEUを求めるなかで、強いEUを模索している。ナショナリズムが台頭するなかで、多国間主義を断固として支持し、反移民運動を認めようとしない。

だからこそ、マクロンの今後を気に掛ける必要がある。フランスの「主権」や国家の栄誉に対するマクロン流のこだわりによって、リベラルな普遍主義と保守的なナショナリズムのどちらでもない中道が示される可能性があるからだ。

マクロン自身、CNNのインタビューで、イノベーションと人的資本への投資と、フランスの主権へのこだわりこそが「ナショナリストに対抗する最良の答え」になると語っている。

マクロンは主要国指導者の中で唯一、勇気ある政策を実行しようとしている。彼にとって自分自身が最大の敵となる可能性もあるが、私たちにできることは、マクロンの実験を注視し、最善を祈ることだけだ。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2018年12月18日号掲載>



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ジェームズ・トラウブ(ジャーナリスト)

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