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竹田JOC会長聴取、「司法による報復」はあり得るのか

ニューズウィーク日本版 2019年1月24日 17時40分

<フランス司法当局による竹田JOC会長の聴取はゴーン逮捕の意趣返しなのか――ポピュリズム時代の司法の在り方とは>

国家が司法を使って報復することはあり得るのか──。1月11日、東京五輪招致における贈賄疑惑で竹田恆和JOC会長がフランスの予審尋問の対象となったというニュースが世界を駆け巡った。竹田会長が事情聴取されたのが、カルロス・ゴーン日産前会長が起訴されたのと同じ昨年12月10日だったことで、「フランス政府による報復」ではないかという疑念が少なからぬ人の胸をよぎったはずだ。

確かに、中国の通信機器大手ファーウェイ・テクノロジーズの孟晩舟(モン・ワンチョウ)副会長兼CFO(最高財務責任者)がカナダで逮捕された後、多数のカナダ人が中国当局によって拘束されている。これは明らかに中国政府による一方的な国内措置であり、報復的な法執行だ。

しかし、共産党による民主集中制がとられる中国や、ロシア、トルコのように強大な大統領が君臨している国家は別として、三権分立が徹底されている民主国家では「司法を使った報復」はあり得ない――。こう信じる人も多いだろう。

残念ながら、ポピュリズムが隆盛を極める現在のグローバル社会では、そうした見方は希望的観測なのかもしれない。

三権分立をとる民主国家であっても、民主的統制の見地から、司法府の予算と最高裁判事の人事は政府が握ることが多い。しかし、個別的な事件の判断は司法府の専権事項であり、大統領や内閣による恩赦を例外として、政府は司法判断に立ち入らないのが基本原則だ。

問題とすべきなのはもう1つのベクトル、つまり司法による政治・世論・国益への配慮の問題である。裁判所は政府から独立して判断を行う役割を期待されているが故に、むしろ司法判断の社会的妥当性を政治以上に気にする側面もある。世論からの独立を期待されているが故に、世論の動向を気にするという本質的な性向はおそらく各国の裁判所に共通する。

そして、グローバル時代の世論は、英EU離脱(ブレグジット)の二転三転を見ても分かるとおり、気まぐれなポピュリズムに左右される。スマホを通じて、SNSで生活情報をシェアし、彼我の経済格差を目の当たりにする「デモス(大衆)」の出現は、2010年に始まったアラブの春以来、国際政治を揺り動かす真の主役になっている。

そのような時代にあって、国家間の紛争事案に関係する司法府の自律的な判断が「結果として」、司法を使った国家による報復に見えてもおかしくはない。政府が介入しなくても、強大化するポピュリズムを背景として、政府と同じ方向を向いた司法判断が下される。それがあたかも、国家(政府)と歩調を同じくした報復であるかのような外観を呈する。韓国最高裁の徴用工訴訟判決はポピュリズム時代の司法判断の極北とも言えよう。



今回の竹田会長の予審手続き開始は、14年のドイツ公共放送連盟のスクープに端を発するスポーツ業界における「ドーピングと贈収賄」疑惑追及の潮流に乗ったものだ。リオ五輪ルートの後、東京五輪ルートの疑惑追及が本格化されるのは明白だった。予審判事の名前が「ルノー」だったのと同じく、ゴーン事件とタイミングが一緒になったのは偶然というべきだろう。

今回のケースは偶然だが

しかし、司法を使った国家による報復という見方が出ること自体が、ポピュリズム時代において司法の在り方が変質しつつあることを表している。司法による政治・世論・国益への自律的な配慮が、忖度またはおもねりだと言い換えられてしまうと、司法はその役割を適切に果たすことができないだろう。

リアルタイムに利害関係の調整を行いながら国益を追求する政府の政治判断からあえて一歩引き、公平性と少数派の人権を尊重しながら、独立して公正な判断を行うことによって法益を守るのが司法府の本来的な役割だ。いかにして司法をポピュリズムから守るか。われわれはこの課題に対する答えを見いだすことができるのだろうか。

<本誌2018年01月29日号掲載>



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北島 純(経営倫理実践研究センター主任研究員)

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