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米中5G戦争ファーウェイの逆襲 米政府提訴「成功する可能性ある」

ニューズウィーク日本版 2019年3月19日 6時50分

<トランプ政権の「嫌がらせ」に対抗して米政府を提訴。ファーウェイはスパイ疑惑を払拭し、5G市場でリードを守り切れるか。専門家はどう見るか。アメリカの本当の狙いは何か>



※3月26日号(3月19日発売)は「5Gの世界」特集。情報量1000倍、速度は100倍――。新移動通信システム5Gがもたらす「第4次産業革命」の衝撃。経済・暮らし・医療・交通はこう変わる! ネット利用が快適になるどころではない5Gの潜在力と、それにより激変する世界の未来像を、山田敏弘氏(国際ジャーナリスト、MIT元安全保障フェロー)が描き出す。他に、米中5G戦争の行く末、ファーウェイ追放で得をする企業、産業界の課題・現状など。

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中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)は中国政府のスパイ行為に加担し、アメリカの国家機密を中国に流している――そう主張するトランプ米政権に対し、ファーウェイはこの数カ月間、ひたすら防戦に追われてきた。

ドナルド・トランプ米大統領は昨年8月、次世代通信規格の第5世代(5G)移動通信システムの技術開発を進めるファーウェイなどの製品を米政府機関が使用することを禁じる法案に署名した。中国のテック企業を通じてアメリカの軍や政府、企業の通信情報が中国に漏洩するリスクを懸念したためだ。

さらにトランプは同盟国にもファーウェイ製品を採用しないよう圧力をかけ、カナダや日本、オーストラリア、ニュージーランドがこれに応じた。

だがファーウェイの我慢もここまで。評判をおとしめようとするアメリカに対し、同社は猛然と巻き返しに乗り出した。2月にスペインのバルセロナで開催された世界最大級の携帯通信関連見本市「モバイル・ワールド・コングレス」で、ファーウェイの郭平(クオ・ビン)副会長兼輪番会長はアメリカの大規模な監視活動について聴衆に警告した。

特に強調したのは、国家安全保障局(NSA)の悪名高き情報収集プログラム「PRISM」の脅威だ。NSAは2013年に元職員エドワード・スノーデンに内部告発されるまで、ベライゾン・コミュニケーションズやアップル、グーグル、マイクロソフト、フェイスブックといった米巨大企業の協力を得て、世界中のメールや電話の通信情報を監視していた。

「PRISMよ、PRISM、世界で一番信頼できるのは誰?」。郭は「白雪姫」のせりふをもじって、そう問い掛けた。「これは重要な問いだ。意味が分からないなら、スノーデンに尋ねるといい」

さらにファーウェイは3月上旬、米政府機関からファーウェイ製品を締め出す法律は、議会が司法の役割を兼ねている点で三権分立に反しており、憲法違反だとして米政府を提訴した。

トランプが抱える2つの懸念

この訴訟は単なる法廷闘争を超えた意味を持つ。5Gはデジタル情報処理のスピードや流れを革命的に進化させる技術革新だ。今回の提訴は5G市場をめぐる熾烈な競争において、中国がアメリカに対するリードを守り切るために仕掛けた新たな攻撃でもある。

5Gネットワークの構築・販売を制する者が情報の流れを支配し、ひいては情報を盗んだり改ざんしたりもできると、米当局者は言う。ファーウェイは提訴によって、同社のスパイ加担疑惑が事実であると証明するようトランプ政権に迫ったわけだ。



各国が5G製品の供給元の選定を進めるなか、米中の対立は激しさを増している。中国にとっては広域経済圏構想「一帯一路」を補完する存在として習近平(シー・チンピン)国家主席が提唱する「デジタル・シルクロード」を実現する絶好の機会だ。

一方、トランプ政権にとって5Gは国家安全保障と経済支配の両面で大きな意味を持つ。「トランプはこの経済問題を克服することが重要だと考えている。経済のバランスを正して中国に他国同様にルールを守らせるためだけでない。将来の政治的、軍事的パワーの不均衡を防ぐためにも、彼の頭の中では、2つは密接に関係している」と、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は1月にワシントン・ポスト紙に語った。

この2つの懸念が根底にあるからこそ、トランプ政権は他国にファーウェイの排除を要請したり、中国に貿易戦争を仕掛けたりしてきた。

昨年12月、カナダはアメリカの要請に応じ、対イラン制裁に違反して製品をイランに輸出した疑いで、ファーウェイの創業者兼CEOの任正非(レン・チョンフェイ)の娘で副会長兼CFO(最高財務責任者)の孟晩舟(モン・ワンチョウ)を逮捕、アメリカへの身柄引き渡しに向かっている。さらに米司法省は、米通信大手のTモバイルからロボット技術を盗んだとして同社を起訴している。

3月に入るとドイツが5G移動通信網の整備の入札でファーウェイを排除しない方針を打ち出した。するとトランプ政権はファーウェイ製品を採用すれば、米情報機関の機密情報などの共有を制限するとドイツに警告した。

それでも、5Gの支配権争いで中国はいまだにアメリカより先行していると、オバマ政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジェームズ・ジョーンズは指摘する。

「(5Gの)マーケティングでアメリカは後れを取っている。誰であれ、この競争に勝った者が世界の独占的なプレーヤーとなる。『安くて信頼できて、裏でどこかとつながっていない』という中国のメッセージはとても魅惑的だ」

ファーウェイ批判の本当の目的

ただしジョーンズは、同盟国の選択は明らかだろうとも語っている。「安くて魅力的だが、個人情報や知的財産、機密情報が全て北京に筒抜けになる極めて脆弱なシステムか、投資の金額を少し引き上げて安全な社会を手に入れるかだ」

こうした主張に対し、ファーウェイも反撃に打って出た。「5Gのマーケティングでアメリカがファーウェイに後れを取っているというジョーンズの指摘は正しい」と、同社の広報担当者は言う。「だがマーケティングだけではない。5G関連技術とその配備についても、アメリカ企業はファーウェイやその他の世界より遅れている」



副会長の郭は英フィナンシャル・タイムズ紙への寄稿で踏み込んだ発言をしている。アメリカが5Gの独占を狙うのは、米企業との「パートナーシップ」を通して世界中の通信を盗聴しているNSAが今後もそうした行為を継続しやすくするためだとした。

その上で、ファーウェイが採用されている170カ国ではNSAへの協力はあり得ないと指摘。「世界の通信ネットワークにおいてファーウェイ製品が増えるほど、NSAが国際通信を盗聴するのは難しくなる」

郭はファーウェイを安全保障上の脅威と主張するアメリカの印象操作について、5G競争の勝者が手に入れる経済的恩恵を中国に奪われたくないという思惑も挙げている。5G開発での遅れを米政府が認識している以上、ファーウェイたたきは「安全保障には無関係であり、急成長する競合相手を抑え付けたいというアメリカの欲望が全てだ」。

法律家の間では、トランプ政権を提訴したファーウェイの試みが成功する可能性があるとの声もある。米政府は同社が中国政府のスパイ行為に協力していたことを示す決定的証拠を提示できていないためだ。だが一方で5G関連製品の採択を決めるのは議会であり、訴訟の行方とは無関係との指摘もある。

それでも1つだけ確かなことがある。それは、5Gの支配権をめぐる争いが今後数カ月にわたって一段とヒートアップするということだ。

【関連記事】5G戦争:ファーウェイ追放で得をするのは誰か?

<2019年3月26日号掲載>

※この記事は本誌「5Gの世界」特集より。詳しくは本誌をご覧ください。


ジョナサン・ブローダー(外交・安全保障担当)

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