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ベネズエラ危機、独裁打倒の失敗とアメリカの無責任

ニューズウィーク日本版 2019年5月9日 16時20分

<グアイドの反政府デモは今回も不発 軍事介入をにおわせつつ何もしない米政府の罪>

始まりはサプライズだったが、終わりは今までどおりの尻すぼみ。ベネズエラの独裁政権打倒はならず、例によってトランプ米政権は、全てはキューバとロシアのせいだとかみついた。

それは4月30日の早朝だった。野党指導者で国会議長のフアン・グアイド(1月に暫定大統領への就任を宣言している)は、軍人や有力な野党政治家レオポルド・ロペスらを従えて軍隊に決起を呼び掛け、共にマドゥロ政権と戦おうと訴えた。

ツイッターに投稿された動画を見ると、グアイドは首都カラカスの空軍基地前で、ニコラス・マドゥロ大統領による「権力の強奪」を今こそ終わらせなければならないと叫び、国民や軍に政権打倒の「最終段階」への参加を呼び掛けている。

ちなみにロペスは、この動画が出る直前まで自宅に軟禁されていた。どうやら反政府側に加わった兵士たちによって軟禁を解かれ、駆け付けたらしい。

その後、ベネズエラのソーシャルメディアは、持ち場を離れる兵士や、反政府を示す青い腕章を着けてグアイド率いる「自由作戦」に参加する兵士の姿を捉えた投稿であふれた。

しかし、こうした投稿に見入る人々の驚きや期待はどこへやら。市民による大規模なデモ行進も、軍幹部の離反も現実には起こらなかった。

そしてグアイドによる動画公開から半日もたたないうちに、今回の「決起」は急速に勢いを失っていった。その後はさまざまな臆測が飛び交い、非難の応酬があり、ホワイトハウスは強硬姿勢を取り、ロペスとその家族はスペイン大使館に保護を求める羽目になった。

マドゥロ政権打倒を目指してグアイドが決起を促したのはこれが3回目。そして反政府運動自体はウゴ・チャベスが大統領選に勝利した98年直後から続いている。チャベス就任の数週間後には早くも野党指導者らが国民にデモを呼び掛けていた。政権内部の分裂を誘い、政権交代につなげようとの狙いだった。

02年4月には国家警備隊がデモに参加していた市民に発砲し、銃撃戦となった。それを受けて48時間もたたないうちに軍はチャベスに退陣を求めたが、それに反対する勢力が勢いを増すと、軍は退陣要求を撤回した。



00年代後半には、デモは市民が政治に参加するほぼ唯一の手段となった。チャベスや、その後継者として13年に大統領となったマドゥロに抗議しようにも、選挙や司法の道が閉ざされたからだ。そこで、政府に不満を抱く市民は街頭に出た。自分たちの行動によって、政権内や軍に離反者が出て、政権が内部崩壊することを期待しながら。

今年1月に暫定大統領に就任すると宣言し、多くの外国政府から支持を受けているグアイドも、同じシナリオを描いて行動した。まず、暫定大統領就任でマドゥロ政権の分断を狙った。それが失敗に終わると2月22日には人道支援を呼び掛け、コロンビアからの支援物資の搬入を試みた。いずれも、軍上層部や政権内部からの離反を期待したものだった。

この数年でベネズエラで最も信頼され、動員力のある民主的な指導者による政権打倒の挑戦は、果たして失敗だったのだろうか。これまでも多くの反政府指導者が、市民の期待を膨らませるだけで成果を上げられず、揚げ句に戦略や指導力をめぐる内紛を起こして消えていった。グアイドも現時点では、彼らの失敗例と何ら変わるところがないように見える。

そこで背景に浮かび上がってくるのが、アメリカの政策だ。トランプ政権は、腐敗や不正、人権侵害などを理由に、マドゥロ政権の圧政への関与が疑われる個人を対象にした国際的な制裁を主導している。今のところ約500〜600人が対象とみられており、アメリカ入国に必要なビザの発行禁止や、資産凍結などを行っている。グアイドの暫定大統領就任による政権打倒が失敗に終わると、石油の禁輸を行い、ベネズエラ中央銀行を制裁対象に加え、マドゥロ政権を支援するキューバへの渡航制限強化を発表した。

3カ国封じ込めの一環

ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、中間選挙を翌週に控えた昨年11月1日に、フロリダ州マイアミで演説を行った。そこはベネズエラやキューバからの移民が多い場所だった。

このとき以来、トランプ政権は対ベネズエラ政策と対キューバ制裁強化を関連付けるようになった。これは、ボルトンが「暴政のトロイカ」と呼ぶキューバとベネズエラ、ニカラグアの3カ国に対する広範な封じ込め政策の一環だ。

キューバとベネズエラを同時に締め付ければ、キューバはマドゥロ政権への支援をやめるだろう、そしてベネズエラの政権が代わればキューバへの石油供給は止まり、宿敵キューバの政権は沈没する。ボルトンらはそんなシナリオを描いていた。

だが、それは願望にすぎない。両国に圧力をかけることと、それぞれの国で政治的な変化が起きることの論理的なつながりはどこにも明示されていない。

キューバ経済を痛めつけ、革命後に接収された米企業の資産に投資する第三国企業への訴訟提起をちらつかせるといった制裁を強化すれば、苦しくなったキューバは一段とベネズエラにすり寄るかもしれない。



一方でベネズエラに対する原油の禁輸や腐敗官僚の資産凍結などを進めれば、困ったマドゥロ政権はキューバの軍事顧問団への依存を強めるだけだ。キューバ以外の、やはり強権的な体制の国々にもすがるだろう。現に中国からは50億ドルの融資を受けた。ロシアからは軍事顧問100人を受け入れている。トルコはマドゥロ政権の金資産売却に手を貸している。イランの支援もあるはずだ。

制裁は切り札にならない

一方で、制裁がアメリカ政府の強力な切り札となったためしはない。制裁強化が政権転覆につながる理屈は示されていない。相手国を経済的に苦しめれば市民が一斉に蜂起し、エリート層が寝返って政権交代を促すという保証はどこにもない。

過去の例を見ても、制裁の強化で政権交代が実現した例はない。制裁強化を通じてベネズエラで平和的な民主化を実現するというシナリオは、論理的にも歴史的にも信憑性を欠く。

それでも4月末の蜂起が失敗に終わると、ボルトンはまたぞろマドゥロ政権を非難した。トランプはベネズエラ国内にいるキューバ顧問団を悪役に仕立て、対キューバ制裁のさらなる強化をちらつかせた。顧問団が残虐かつ無能なマドゥロ政権の存続に絶大な役割を果たしていると言いたいらしい。一方で国務長官のポンペオは、追い詰められたマドゥロの国外脱出をロシアが制止したと語ったが、そうした形跡は確認されていない。

この間、トランプ政権は一貫して政権転覆を支持する姿勢を強調し、「あらゆる選択肢」を検討していると繰り返し、ベネズエラ国民の期待を高めてきた。マドゥロ政権がまだ健在なことを認めた4月30日の記者会見でも、ボルトンは同じせりふを繰り返した。しかし、これでは「アメリカが助けに来てくれる」という期待をいたずらに膨らませるだけだ。

あと一歩で政権奪取かと思われながら政府側のしぶとさに阻まれるグアイド CARLOS GARCIA RAWLINSーREUTERS

数々の専門家や関係者が指摘していることだが、アメリカが軍事介入することは政治的にも戦略的にも無謀過ぎる。米軍の幹部でさえ、軍事的選択肢は現実的でないとみている。

ホワイトハウスが強硬なのは口先だけだ。反政府勢力を軍事的に支援する具体的な計画は存在しない。それでもトランプ政権は威嚇を続け、反政府勢力に「いつかアメリカが助けに来る」という非現実的な希望を抱かせる一方、マドゥロ政権には「アメリカの軍事介入は近い」と内外の支援者に訴える口実を与えてしまっている。



中南米の現代史上最悪の人道危機を招いたマドゥロは、依然として権力の座にあるが、民衆の抗議と一部兵士の離反で足元が揺らいでいる。

4月末の騒乱の最中に、政府の基盤は強固だと語ったのはブラディミール・パドリノ・ロペス国防相と、筋金入りのチャベス主義者のディオスダド・カべジョ元国会議長だった。パドリノはツイッターで反対派を卑怯者と呼んだ。ところが大統領のマドゥロ自身は沈黙を決め込み、ただツイッターに軍隊は「鋼の神経」で政府を守れと投稿したのみ。政権内の力のバランスが変わったのかもしれない。

ボルトンは記者会見で、トランプ政権がパドリノや親マドゥロのマイケル・モレノ最高裁長官と接触していると明かした。まるでアメリカと結託しているかのように名指しされて、この2人の立場は危うくなるに違いない。これからアメリカ側と接触しようと考えていた人々も、名前を暴露されることを恐れて身を潜めるだろう。

こうして政権基盤が揺らいできても、あいにく政権交代には至っていない。とはいえマドゥロ政権の不確実性ともろさが露呈したのも事実。幹部の更迭や粛清もあり得る。同じことは、蜂起に失敗した反政府側にも言える。しかし悲しいかな、アメリカの姿勢だけは変わりそうもない。失敗は明白なのに。

From Foreign Policy Magazine

<本誌2019年5月14日号掲載>


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クリストファー・サバティーニ(コロンビア大学国際公共政策大学院講師)

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