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イラン戦争に突き進むアメリカ

ニューズウィーク日本版 2019年5月9日 17時0分

<トランプ政権高官は「イランはアルカイダとつながっている」と言う。イランを追い詰めるアメリカの政策の背景には、イラク戦争を彷彿とさせる論理がある>

ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は5月5日、イランにあからさまな警告を突きつけた。

空母エイブラハム・リンカーンを中心とする打撃群と爆撃部隊をペルシャ湾に派遣すると発表したのだ。「アメリカと同盟国の利益に対するいかなる攻撃も、容赦ない武力行使を招くという、明白で間違いようがないメッセージを送る」ためだ、とボルトンは述べた。「(アメリカは)イランと戦争をするつもりはないが、あらゆる攻撃に対応できる十分な用意がある」

何がきっかけで米軍の派遣が決まり、ボルトンが脅迫めいた発言をしたのかははっきりしない。当初の報道によれば、イランが支援するイスラム教シーア派の武装勢力がイラクに駐留する米軍に対する攻撃を計画している兆候があり、それを封じるためだということだった。イランが近々、湾岸地域におけるアメリカの権益、人員、もしくは同盟国を攻撃するという情報がイスラエルから入った、という報道もあった。

いずれにしろボルトンはこれまでも、武力行使を正当化するためにたびたび情報を誇張し、操作してきた男だ。そのため今回の件もボルトンの自作自演の危機扇動劇とみる向きもあるだろう。だが、イランの行動が引き金となって大規模な軍事衝突が起きる可能性は十分にある。緊張を高めているのは、イランを追い詰めるトランプ政権の政策そのものなのだが。

互いをテロ支援国家呼ばわり

ボルトンの警告の背景には、アメリカとイランの緊張が急速に高まっている状況がある。ドナルド・トランプ米大統領は1年前、イランと米英など6カ国が2015年に交わした核合意からの離脱を表明。イランを経済的に締め付け、現体制を不安定化させるために、金融、石油部門などを標的にした経済制裁を復活させた。イラン経済は大打撃を受けたが、トランプ政権が最大限の圧力をかけても、今のところイランは核合意の再交渉に応じる姿勢も、テロ支援や地域の武装勢力へのテコ入れを自粛する姿勢も見せていない。かくて、締め付け政策は失敗に終わったが、トランプ政権はそれを見直すどころか、圧力を倍加させている。

イランの現体制を崩壊寸前に追い込むため、米政府は4月末、イラン産原油輸入禁止の適用除外を打ち切ると発表した。中国、インド、日本、韓国、トルコなどはこれまで日量約100万バレルまで輸入できたが、それができなくなる。米政府は打ち切りの目的を、イラン経済の生命線である原油輸出を可能な限りゼロに近づけることと説明した。



これに対抗してイランは、自国沖合のホルムズ海峡(世界の原油輸送の約20%を占める重要ルート)を封鎖すると警告した。さらにイラン政府筋によると、自国の宿敵であり、トランプ政権のイラン制裁を後押ししているサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の原油輸出を妨害するため、バブ・エル・マンデブ海峡と紅海を航行する石油タンカーを攻撃するか、この2国の重要なインフラをサイバー攻撃で破壊する可能性もあるという。

トランプ政権は締め付けを一層強化するため、イランの精鋭部隊である革命防衛隊をテロ組織に指定した。アメリカが他国の軍隊をテロ組織に指定するのはこれが初めてだ。これに対抗して、イランの国防・外交を統括する最高安全保障委員会は、中東などを管轄する米中央軍を「テロ組織」、アメリカを「テロ支援国家」に指定した。

イラン限界で核開発再開か

一方で、イラン指導部は核開発の再開も検討しはじめているようだ。これまでイランは核合意で約束された経済的な恩恵をほとんど受けていないにもかかわらず、履行義務を守り、ウラン濃縮などの活動を自粛してきた。この1年程イランは、アメリカの制裁の理不尽さを国際社会に訴えつつ、2020年の米大統領選でトランプ政権が退陣するまで、何とかしのごうとしているようだった。

だが5月8日、イランのハサン・ロウハニ大統領は核合意の履行の一部を即時停止すると宣言し、初めて核合意に逆行する決定を下した。アメリカの反応は激しかった。トランプは即日、金属の輸出を禁止する追加制裁をイランに科す大統領令に署名した。

今や、核開発再開を自粛すべきだというイランのエリート層の政治的合意は崩れつつある。中部のフォルドウにある地下核施設で、核合意の制限を越えて低濃縮ウランの備蓄を増やすか、高濃縮ウランの製造を再開する可能性があると、イラン高官は示唆した。核合意の一部停止だけでなく、政権内には核合意からの完全離脱を主張する声さえあるとジャバド・ザリフ外相は述べた。今すぐこうした極端な措置を取る可能性は低いものの、イランの我慢が限界に達しつつあるのは間違いない。

2018年5月8日にトランプが核合意離脱を表明してから1年、今や制裁と報復の連鎖がエスカレートし、緊張はピークに達している。軍事対決のリスクは日々高まる一方だ。



米軍とイランの支援を受けた武装勢力はイラクとシリアで、また多くの船舶が航行するペルシャ湾で、隣り合わせで活動している。「世界最悪の人道危機」の舞台とされるイエメンでは、サウジアラビアとUAEがイランがテコ入れするイエメンの武装勢力ホーシー派への空爆を続行。イスラエルは、シリアにおけるイランの拠点と武器輸送に対する軍事攻撃を繰り返している。こうした極めてキナ臭い状況では、意図的に、あるいは意図せずして、アメリカとイランの間で戦争が勃発する可能性はいくらもある。

もしもイランやその代理勢力がアメリカの圧力に対して、アメリカを怒らせるような、あるいは地域の重要な石油インフラに大打撃を与えるような方法で対応すれば、事態は急速に手に負えない状態に悪化しかねない。

バラク・オバマ前政権の後半には、両国政府の間に危機管理のための高級事務レベルの対話ルートがあったが、今はそれがない。そして双方の強硬派は争いを望んでおり、緊張を緩和させるよりもむしろ増大させるチャンスを伺っているように見える。

開戦を正当化する理屈を検討

ほかの全ての条件が同じなら、トランプはおそらく中東でアメリカが新たな戦争に携わることを望まないだろう。だが過去が「序章」であるならば、イランが火に油を注ぐような好戦的な挑発をしてくれば、トランプは本能的にそれに(おそらくツイッターで)反応すると予想される。またイランの行動を受けて、右派の献金者や議会タカ派、地域の同盟相手――トランプにイラン核合意からの離脱を強く求めた勢力――がトランプに対して「武力行使すべき」と強烈な圧力をかけることも容易に想像できる。

それにトランプの周囲にはもう、H.R.マクマスター前国家安全保障担当大統領補佐官やジェームズ・マティス前国防長官のような冷静な頭の持ち主がいない。今のトランプを取り囲んでいるのは、長年イランとの戦争を支持してきたボルトンやポンペオのようなアドバイザーたちだ。

実際、トランプのアドバイザーたちは万が一の事態とそれを法的に正当化する可能性について検討しているように見える。

4月には上院外交委員会の公聴会で共和党のランド・ポール上院議員が、2001年に議会で可決された、アルカイダやその関連組織に対する軍事行使権限付与決議によって、トランプ政権にはイランとの戦争を始める権限が認められるのかとポンペオに尋ねた。これに対してポンペオは明確な回答を拒否したが、トランプ政権はイランとアルカイダの間につながりがあると確信していると語った(イラク戦争の開戦前を彷彿とさせる論調だ)。



さらに悪いことに、もしもイランが核開発を再開すれば、2009年から2012年の間によく見られたように、イスラエルがイランに武力行使をちらつかせる事態がまた発生するかもしれない。しかも今度は、米政権は自制を求めるどころかむしろそれを奨励する可能性の方がずっと高い。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相をトランプは無条件に支持している(国内の政治的計算に深く根差していると思われる)。そしてトランプに最も近いアドバイザーたちは、トランプがイスラエルに攻撃開始のゴーサインを出すよう促す準備があるように見える。ボルトンは2015年、イランの核の脅威への最善の対処法は、アメリカの支援の下でイスラエルがイランを攻撃することだとの見解を示していた。

これらを考え合わせると、今はきわめて危険な瞬間だ。事態が制御不能になる前に沈静化させ、イラン政府との間に高級事務レベルの対話チャネルを開設し、新たな交渉の第一歩として核合意に戻る意思を示すのが、トランプ政権にとって賢明な道だろう。

だがトランプ政権がその道を選ぶ見通しはゼロだ。同政権は緊張を最大限に高める戦略を強化しており、トランプ自身が認識しているかどうかに関わらず、彼らが既に戦争に向かう道を歩んでいることを示す証拠は増加している。

(翻訳:森美歩)

From Foreign Policy Magazine


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コリン・カール

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