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ポスト終身雇用を成功させる5つのポイント - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2019年5月14日 19時0分

<日本企業を「閉ざされた共同体」から作り変えるためには必須の改革>

財界団体だけでなく、日本最大の企業であるトヨタ自動車の豊田章男社長の口からも「終身雇用は維持できない」という発言が出始めました。ある意味では遅すぎたとも言えますが、世界の潮流には沿うもので、日本でも「脱終身雇用」の流れが加速するのは必然だと思います。

ですが、この制度変更が「競争力を失った高齢社員をカットする」とか「スキルが伸びない若手を切り捨てる」といった企業の独善的な姿勢で行われてはならないと思います。企業の経営に活力を取り戻すだけでなく、個々人の人生設計にもいい影響があるように制度を運用しないと、日本社会全体がより不幸になるだけだからです。

では、ポスト終身雇用という制度を成功させるには、どんなポイントがあるのか、考えてみたいと思います。まず前提として、「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」への変化はどうしても必要です。雇用が永久ではないのなら、人材は流動化します。流動化した人材が適正に評価されて転職がウィンウィンの関係で成立するには、漠然とした「人柄」とか「経験」ではなく、客観的なスキルの評価が必要になるからです。

その上で、企業側や個人の側が、どう考えていったらいいか、5点ほど考えてみたいと思います。

1点目は、個人の側ですが、常に自分のスキルを磨き、外部環境の変化をフォローしなくてはなりません。つまり流動化した労働市場の中で、自分の価値を維持し高めていくという生き方が必要になります。その上で、現在の勤務先における自分の評価が市場での自分の評価を下回るようであれば、自分から転職市場に打って出ることになります。

2点目は、教育の側です。大学というのは、職業教育の場となり、最先端の知識とスキルが学べる場にならなければなりません。そう述べると、教養教育も大事だとか、新自由主義による文化破壊だなどという反論が来そうですが、別に文学や哲学専攻の学科を減らす必要はないと思います。ですが、文学や哲学の学科の場合でも、その機能には、文学や哲学のスキルを使って卒業生がどのような社会貢献や職業に従事するのか、進路を切り開くスキルを教えるキャリア教育も必要だということです。

3点目は、その教育と採用の接続ということです。現在の日本での就活では、理系の技術者を除くと、大学での専攻よりもコミュ力と地頭(じあたま)がモノを言うといった選考が続いています。ですが、これを改めて、放送局であればジャーナリズム専攻とか、経理社員であれば財務会計の専攻というように、大学で学んだ内容と獲得したスキルを適正に評価して、採用を行うように変革をしなくてはなりません。



4点目は、仕事の進め方の標準化ということです。日本企業の間接部門、特にアドミと言われる総務、経理、人事の三分野は、企業によってルールも仕事の進め方もマチマチです。よく言えば、企業風土に合った方法を続けているわけですが、場合によっては法律スレスレの灰色運用をしていたりもします。

そのために、外注化もできないし、秘密を抱えた人間は社外に出せない、反対に社外の優秀な社員が来ても灰色の度合いが合わないと浮いてしまうなどの問題があります。それ以前の問題として、経理部の新卒は経理を知らない方がいい、色がついていると困るなどという発想を持つ企業もあるようです。

こうしたダーティで曖昧な仕事の進め方をスパッと整理し、特に経理部門は限りなく国際標準に近づけた会計へ、人事部門は権限を縮小して採用権を現場へ移す、法務部門は社内弁護士を中心にする、などの改革をして人材を流動化しつつ、徹底的に効率を高める工夫が必要です。

5点目はコミュニケーションです。人材が流動化するということは、より実力本位、機能本位の人事配置がされるようになるということです。その場合に、職位の上下によって敬語を使い分けたり、人格的な服従を強いたりというのでは、全く組織が動かなくなります。社内であっても、そして職位が上の人間から下の人間に対してであっても、メンバーは人格的には対等で、プロフェッショナルなリスペクトを払う、そのようなコミュニケーションのスタイルを取り入れなくては、組織は回らなくなるでしょう。

このように、日本独自の終身雇用による閉ざされた「ネバネバした共同体」を、この機会に風通しの良い、機能本位で、その代わり全構成員がお互いにリスペクトし合う集団に作り変えていく、これは必須の改革だと思います。低落傾向であった日本の生産性も、それによって世界の標準に近づけることも可能になるはずです。


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