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文科省「博士数を3倍に増やす」と言うが… 博士号取得者の“就職”が困難を極めるワケ

オトナンサー / 2024年4月28日 6時10分

博士号の取得者の就職が困難な理由は?(写真はイメージ)

 文部科学省が3月26日、2040年に人口100万人当たりの博士号取得者数を2020年度の約3倍に引き上げる目標をまとめた「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」を公表しました。

 同省によると、「博士人材活躍プラン」は、大学院の改革を進め、より多くの学生が博士課程に進むことを目指すとともに、産業界と連携し、博士号取得者の社会進出を支援することで、社会に技術革新をもたらすのが目的とのことです。

 一方、事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部・准教授の島崎敢さんが、自身の経験を基に、この計画の課題を指摘します。

■博士向けの求人が不足

 文科省が、2040年に人口100万人当たりの博士号取得者数を2020年度の約3倍にし、世界トップレベルに引き上げるという既視感がある目標を掲げました。

 日本の科学技術を発展させるには、研究開発力を持った博士は多いに越したことはありません。しかし、文科省はこれまでも同様の取り組みを続けてきており、大学院生の数は1990年代初頭のすでに3倍近くに上っています。

 一方、博士号取得者向けの求人は3倍にはなっていないため、博士の就職難が深刻化してきた経緯があります。この状況を打開しつつ、博士人材活用プランを成功させるためには、単純計算で博士の求人を1990年代の9倍にする必要があるのです。

 文部科学省 科学技術・学術政策研究所が2022年、2018年度に日本の大学の博士課程を修了した人を対象に、2020年時点の雇用状況などを調査した報告書(※1)を公表しました。

 この報告書によると、博士課程を修了した人の67.2%が「正社員・正職員」として働く一方、28.9%が「契約社員、任期制研究員」「パートタイム労働者」「派遣労働者」といった非正規雇用に就いていたということです。

 文科省の「博士人材活躍プラン」は、単に博士号取得者数を増やすだけでなく、彼らが活躍できる場を確保することも重要な柱としています。しかし、少子化の影響で大学は今後15年間で100校近くが閉鎖されるという予測もあり、博士人材の主な受け入れ先であった大学のポストは減少していくばかりです。

 従って、民間企業の求人を今の何倍にも増やさねばなりませんが、専門分野を深く狭く極めた博士人材は、逆に言えばつぶしが利かない人材でもあります。その上、賃金の高い彼らを、民間企業がそんなにたくさん求めるだろうかという疑問も残ります。

 ポストが限られているのに博士が計画通り増えれば、需給バランスが崩れ、博士の待遇の悪化を招いてしまうかもしれません。実際、こうした事態はすでに起こり始めているように思います。

■就活時に大量の書類を作成

 さて、博士の量産が加速していく中で、当事者の博士たちはどのような影響を受けてきたのでしょうか。ここでは、当事者の一人でもある私が博士の就職活動について実情を紹介しようと思います。

 なお、個人の経験を多く含むため、「違う」と思う人もいるかもしれません。また、優秀な人材を増やすという方向性は間違いではないと思いますので、文科省の取り組みを一方的に否定する意図はありません。

 理化学研究所などの国内トップクラスの研究所でも、研究者の8割近くが任期付きの有期雇用で働いており、研究職では若手の人は滅多に終身雇用をしてもらえないのが実情です。実際に、私も3~5年程度の有期雇用職を転々としてきました。ちなみに、この業界では40代までは若手扱いで、場合によっては50代でも若手と呼ばれることがあります。

 研究者を有期雇用で雇うのは「研究者の流動性を確保するため」だそうですが、率直に言えば「終身雇用された途端に仕事をサボったら困るので、次の就職のために研究業績を出し続けなければならない立場に置いておく」ということです。

 確かに研究成果を増やすためにはこの方法は有効かもしれませんが、当人たちにとっては「一寸先は闇」とも言えます。必死で研究に打ち込み、高い専門性を身に付けてきたのに「この扱いかよ」と思っている博士も少なくないでしょう。

 幸い、私はこれまで無職期間を経験せずに済んでいますが、雇用期限が来ても次の仕事が見つからずに無職になってしまった優秀な博士を何人も知っています。そして、そうならないために、有期雇用の博士は常に「就活」を強いられることになります。しかし、博士の就活には別の難題があります。

 大卒の採用は、退職してしまう人数まで想定して複数人を募集しますが、博士の求人はほとんどの場合、「募集人数1名」です。つまり、応募者の中でトップでなければ就職できないのです。だから自分が採用に足る高度な専門性を持った優秀な人材であることを何とかしてアピールしなければなりません。

「募集人数1名」なので採用側も本気です。趣味や特技や志望動機だけでは、研究開発や教育の能力がさっぱり分からないので、膨大な量の書類提出を求めることになります。基本的な履歴書や志望動機はもちろん、その他の書類を大量に作らなくてはなりません。必要な書類も応募先によってさまざまですが、例えば次のようなものを求められます。

■必要な書類
・詳細な職務経歴
・過去の業績リスト
・これまでの研究活動や教育内容をまとめた資料
・過去の授業で工夫した点をまとめた資料
・授業のために作成した教材
・これまでの授業評価アンケートの結果をまとめた資料
・著名な先生の推薦状
・着任後の研究計画や担当予定授業のシラバス
・社会貢献や有識者会議の参加経験などをまとめた資料

 その上、これらは、応募先が掲げるスローガンや、取り組んでいるプロジェクトなどに合わせて書き直す必要があり、使い回しができません。

■応募書類の中でも厄介なのは?

 応募書類の中でも厄介なのが「業績リスト」です。「業績」は、論文や書籍、学会発表、特許、学会賞などの受賞歴、招待講演、研究資金獲得など多岐にわたります。研究者の評価は研究業績で決まると言っても過言ではないため、博士はこの業績を増やすために日々努力をしています。しかし、業績が増えるほど書類作成は大変になります。

 業績リストの提出フォーマットは、応募先によってバラバラです。単著と共著、査読の有無などの分類方法、新しい順・古い順などの並び順、個々の業績にひもづく著者名、タイトル、掲載誌名、発行年、巻号、ページ数の順序などが統一されていません。

 そして、ファイルフォーマットは謎のエクセル方眼紙だったり、1行ずれるとそれ以降の全てがずれるワードのテーブルだったりします。

 研究業績は、応募先のスローガンやプロジェクトに合わせなくても良いので、頭を使う必要がありません。しかし、フォーマット合わせのために膨大なコピペ作業が発生します。作業は単調で生産性はありませんが、自分の将来を決める書類ですから、細心の注意が必要です。

 そして時にはリストだけではなく各業績の要約文やコピーの提出を求められることもあります。業績の少ない若いうちはそれほど大変な作業ではありませんが、研究者としてそれなりにキャリアを積んでくると、必要なコピペの回数は軽く数千回を超えてきます。

 こうして完成した応募書類はレターパックに入り切らずに、段ボール箱で送ることもあります。人気の職場には「募集人数1名」に100人以上が応募することもあります。そのため、高度な専門性を持った優秀な人材が、その専門性を全く生かさずに「コピペ職人」になりきって作った書類のほとんどは、応募先でシュレッダーにかけられることになるのです。

 有期雇用の博士は、このような応募書類を毎年いくつも作っていますから、その労力を研究活動に向けることができれば、もっと研究成果が上がるのは間違いなさそうです。

「博士人材活躍プラン」で最も力を入れて取り組むべきことは、博士が活躍できる職場を増やすことですが、これと並行して、就活の効率化に向けた取り組みや支援もぜひ進めていただきたいと思います。

【参考文献】
(※1)「博士人材追跡調査-第4次報告書-」(2022年1月) 文部科学省 科学技術・学術政策研究所

近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢

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