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「日本にも政治風刺はある、強かったのは太平洋戦争のとき」早坂隆×パックン

ニューズウィーク日本版 2019年8月9日 19時45分

<なぜ日本にジョークはないのか。いや、本当はあるんじゃないか。ジョーク本の著書がある早坂隆さんに、本誌で「お笑いと国際情勢」に挑んだパックンが聞いた>

8月6日発売の「パックンのお笑い国際情勢入門」(8/13&20日号)で、政治ネタに挑んだパックン(パトリック・ハーラン)。取材の一環として、日本と外国のお笑い文化の違いを研究するため、『世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)や『世界はジョークで出来ている』(文春新書)などの著書がある早坂隆さんにも話を聞いた。

日本ではお笑い芸人の政治的発言が問題視されがちだが、なぜダメなのか。そこには文化的な背景があるのではないか。本誌特集ではパックンが、お笑い文化をマジメに研究し、日本人が知らなかった政治の見方をお届けする。また、パックンによる、目からウロコ、鼻からミルクの「危険人物図鑑」も収録している。

ジョーク文化のあるアメリカで生まれ育ったパックンと、海外でジョークを長年収集してきた早坂さん。なぜ日本にはジョークがないか、ジョークとは何のためにあるのかについて意見を交わすだけでなく、持ちネタのジョークを披露し合う、笑いの絶えない対談となった。その対談を前後編に分けて掲載する(この記事は前編)。

※後編はこちら:「下ネタは世界共通。男たちは同じオチで、同じ顔で笑う」早坂隆×パックン

(※一部の読者が不快に感じるおそれのある刺激的な表現を含みます)

◇ ◇ ◇

パックン なぜ世界のジョーク集をつくろうと思った?

早坂 僕はノンフィクション作家で、海外で取材することが多い。20代の終わり頃に東欧のルーマニアに2年間行った。当時「チャウシェスクの子供たち」と呼ばれた、地下道に暮らす子供たちを取材するためだった。その時は特にジョークに興味があるわけではなかったが、暮らし始めてみると、意外にもルーマニアにはすごくジョークが多い。東欧というと暗いイメージがあったので、驚いた。

パックン そうですね。特に冷戦中は暗いイメージ......。

早坂 いえ、僕が行ったのは冷戦後で、チャウシェスク政権が倒れた後だったんです。でもまだ共産主義時代の名残なごりがあって、国も貧しかった時代。そんな国にジョークがたくさんあるのが面白いと思ったのが、ジョークを収集し始めたきっかけ。

なぜジョークが多いのかをルーマニア人に聞いてみると、その時代はテレビのチャンネルが2つしかない、映画も自由に見られないという厳しい情報統制下にあって、国民がひどい独裁者であるチャウシェスクを笑うようなジョークをこそこそと言っていたのだと。

パックン その時のジョークを何か覚えていますか。

早坂 そうですね。では......

Q:共産主義者はどんな人?
A:マルクスやレーニンの著作を読んだ人。
Q:では、反共主義者とはどんな人?
A:それらの著作を理解した人。

パックン うまい! 今の共産主義はマルクスやレーニンの思い描いたものではない、と。

早坂 共産主義の本質を理解すると、やっぱりダメだねとなる。そんな意味が込められている。



パックン あのパターン(のジョーク)はよくあるんですよね。Q&A、Q&Aと、質問が2つ、答えが2つあって、同じ質問を繰り返して、最後の答えでオトすというパターン。例えば、いま適当に作るけれど、アメリカの情勢に置き換えると――

Q:共和党支持者はどういう人?
A:キリスト様を信じる人。
Q:民主党支持者はどういう人?
A:キリスト様のように振る舞う人。

こんなふうに、できますよね。有言実行なのかどうかとか、行為の中の矛盾を指摘する。ルーマニア人は集まってこういうジョークを言い合うのが、不満のはけ口になっていた。

早坂 そう、はけ口だった。その時の政権だったり、自分が圧力を感じるものに対して、それを笑う。独裁色の強い国ほど、ジョークが発達するという歴史がある。旧ソ連、ルーマニア、東ヨーロッパに多い。ソ連はやはりスターリンとかがいて、笑いのネタとしてはいいキャラクターだった。

ルーマニアに行かれたことはありますか?

パックン ないです。たぶん東ヨーロッパだったら、ユダヤ系を取り上げるジョークはもともとあったのでしょうけど、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と同時に滅びたのかどうか(が気になる)。

早坂 ユダヤ系のジョーク、ありますよ。ルーマニアでは(首都の)ブカレストにユダヤ人がもともと多かったので。じゃあ、そのユダヤジョークを1つ言うと――

Q:ユダヤ人はなぜ鼻が大きいのか?
A:空気はタダだから。

「日本の笑いはすごくレベルが高いが...」

パックン なるほど。ユダヤ人はケチだというステレオタイプを生かしたジョーク。これはアメリカにも多い。

日本人以外で、ジョークを持たない国はある?

早坂 ジョークを探して困ったのは、5年前に行ったパラオとか、南太平洋の国。パラオでジョークを教えてくれって言っても、全然集まらなかった。

パックン へぇ、面白い。なんでですかね。

早坂 なぜでしょう。伝統的な笑い話はあったのかもしれないけれど、ジョークを言い合う文化はなくて、教えてもらえなかった。基本的にはジョークはヨーロッパ人、アメリカ人の文化。

パックン アメリカの文化で育った僕からすると、ジョークがないのは非常識。夜みんなで集まって、(ジョークがなかったら)どういう話をするのか、と思うわけ。日本の居酒屋に行くと、みんな笑っている。でも、ジョークを言っているわけでもなくて、なぜみんな笑っているのかと(不思議だった)。来日して、これを理解するのに結構時間がかかった。

ここでずばり聞きましょう。なぜ日本にジョークはないのか。

早坂 ジョークがない......確かに日本には、欧米にあるようなジョークを披露し合うという文化はない。でも、僕は日本のお笑いはすごくレベルが高いと思っている。

パックン それは僕も思っている。

早坂 自分が日本人だからということもあるけれど、僕は日本のお笑いが一番面白いと思っている。

パックン そうですね。僕がやるぐらいだから!



早坂 でも、ジョークに関して言うと、やっぱり家族で言い合ったりしないですからね。ルーマニア人を見ていると、家でお父さんが子供に対して、今日新しいジョークを聞いたから、と言ったりしている。子供はそれを聞いて、またどこかで話す。受け継がれていくジョーク文化がある。日本では、おやじが家族にジョークを言うなんてことはない。

パックン 日本にはアメリカの文化がたくさん入ってきている。これだけ洋服を着て、洋楽に近い邦楽を作って、洋画に近い邦画を作って、小説やノンフィクションの書き方もどんどん西欧に似てきていると思うが、ジョークは違う。不思議だ。

早坂 例えば、友達や同僚と飲んでいて、ジョークを言おうとなった場合に、日本では受け手が笑いに厳しいので、上手に言わないと、すぐに「つまらない」とか「さむい」となってしまう。ルーマニア人を見ていると、すべっても「つまらない」とは言わない。

パックン なんで日本人は、ジョークにだけあんなに厳しいのだろう。カラオケに行って、下手でも誰も文句言わないのに!

早坂 お笑いに関してすごく厳しい。アメリカでも、ジョークを披露した人間に対して最低限のリスペクトがある。そんなに「つまらない」とか言わないんじゃないか。

「近い国同士でジョークでやり合うのは、よくあること」

パックン 言わないですね。ジョークの文化が日本に浸透していない理由の1つに、日本が世界と文化を共有するところが少ないというのがあるかもしれない。だから、ウケない。

早坂さんは、日本人にウケるジョークばかり収集しているんですか。

早坂 ネタとして、日本人にピンとこないものがある。例えばスコットランド人に関するジョークは、日本人にピンとこないので、そういうのは(本に)入れていない。エスニックジョークの中でも、キャラクターのイメージが日本人にも分かる、ユダヤ系とかは入れます。

パックン ポーリッシュ系とか?

早坂 ポーランド人ジョークは日本人にウケないですね。

パックン ポーランド人ジョークは「おバカさん」ジョークなんです。文化的背景として、ポーランド人の移民がアメリカに多く入って、まだアメリカに溶け込んでいない頃に生まれたもの。ポーランドを他の民族に変えても、その時代にバカにされている民族であれば、ウケる。

日本だと......(相方の)マックンでいいや。いや、群馬県だな。僕は群馬県をバカにする芸風を日本一極めている男なんですけど。マックンが群馬県出身なんです。彼がツッコんでくれるから、群馬県をバカにしても成立するんです。

Q:群馬県のコーラのビンの底にはなんと書いてあるか?
A:開け口は反対側です。

底から開けようとするバカがいるからね。ひっくり返して表示を見て、「おぉ、開いた開いた」。それで「そこまでバカじゃねえよ」とツッコミがくるわけですね。



早坂 近い国同士でジョークでやり合うのは、よくある。日本だと韓国や中国とやり合う。オーストラリアとニュージーランドもよくあるし、ブラジルとアルゼンチン、ルーマニアだとハンガリーとやり合っている。

パックン なるほど!

早坂 日本人には、ルーマニアとハンガリーといってもピンとこないですよね。実はトランシルバニアの領土問題もあったりして、えらい仲が悪いんですよ。やはり、近い国同士はもめ事も起きる。それを最近の日韓関係のように、悪口で攻撃的に言うんじゃなくて、ジョークにしましょうよ、ユーモアをもってやればいいじゃないというのは、ヨーロッパ人だと上手いのかもしれない。国境を接していて(そういう関係はたくさんあるから)。日本人ももっとユーモアにすればいいのに、ただの悪口になってしまう。

パックン そうですね。アメリカだと、カナダとかメキシコとか。僕は日本でもカナダをバカにすることにしているけど......でもそれは、害がないからですよ。カナダのほうが平均収入は高いし、健康寿命も長いし、(向こうは)バカにされても痛くもかゆくもない。僕はメキシコをバカにしない。むしろメキシコをバカにする、トランプをバカにするんです。

日本にジョークがない理由は、まず簡単にバカにできるグループが思い浮かばないこと。エスニックの違う人との触れ合いがほとんどなかった、ほぼ単一民族だから――まあ単一というのは言い過ぎだけど――、異文化がそんなに身近にないから特徴をつかんでジョークに使うのは難しい。

「東條内閣を笑うようなジョークが、実はあった」

早坂 歴史的に考えると、日本に本当にジョークがないのか、という話にもなる。落語の小話とか、ずっとあったわけなので。

パックン そこに社会風刺とか、政治に対する風刺もあった。

早坂 政治の風刺も、いろんな笑いの形がある中の1つ。例えば目黒のサンマ。(対談場所の)ここはまさに目黒ですけど。無知なお殿様を笑う、という。

パックン どういう話ですか。

早坂 これは長い落語なので、要約だけすると、あまり物事を知らない、お城にずっといるお殿様が街に出て、ちょうど目黒を通ったときにサンマを食べる。そのサンマがすごく美味しくて、それから「サンマといえば目黒」だと。目黒には海がないのに。

パックン それが今、目黒のさんま祭りにつながっている。

早坂 そうですね。

パックン 歌舞伎もまさに風刺があった。

早坂 歌舞伎はまさにそうですね。歌舞伎のほうがそうだった。

パックン 権力に対するユーモラスな抵抗を示す芸風は、日本にもある。

早坂 ただ、目黒のサンマもそうですけど、お殿様が誰とは言わない、名前はない。ちょっとほのぼのとした笑いにしている。例えばアメリカのような、大統領に対する毒のあるジョークとは違う感じがする。もちろん体制を笑うネタは日本にもあるが、落語全体を見ると、おっちょこちょいな大工さんだったり、とぼけた長屋の町人だったりを笑うもののほうがずっと多い。そのへんは日本人が穏やかな笑いを好むというのがもともとあると思う。

日本でも体制に対する笑いが強かった時代はあった。それは実は、太平洋戦争の時なんです。

パックン おぉ~!



早坂 東條内閣を笑うというようなジョークが、実はあったんです。

街中では言えないけれど、例えば「愛国行進曲」という歌があって、〈見よ、東海の空明けて~〉という歌詞を、〈見よ、東條の禿げ頭~〉という替え歌にして、笑っていたというのが実はあった。

パックン えぇ~! それは怖いねえ。あの時には歌えない。

さっきのルーマニアの例も同じだけれど、強い圧力が上からかかったときは、それに対する反発として「権力を笑う」というものが出てくる。でもそのジョークは、今の日本にも通じる替え歌ですね。

早坂 そうですね。あと、これは街の中の話だが、戦時中に〈ぜいたくは敵だ〉という標語があって、それを書いた看板が置かれている。そこに町民が落書きをする。知ってますか。

パックン えーと、前に見たことがある......。うーむ、教えてください。

早坂 ひと文字書くんです。〈ぜいたくは敵だ〉の「敵」の上に「す」と入れる。〈ぜいたくは素敵だ〉

あと、〈足らぬ足らぬは工夫が足らぬ〉という標語があったんですけど、その看板から「工」の字を消すんです。そうすると〈足らぬ足らぬは夫が足らぬ〉になる。

こういう反抗は戦時下からあった。町の人たちはしたたかにやってたんです。

「日本では漫才の掛け合いのような会話が多いんじゃないか」

パックン 文字の遊びが日本人は好きですよね。言葉遊びがいまだに主流な気がする。

笑点だって、毎週、何回、大喜利の中で言葉遊びが登場するか。もちろん言葉遊びだけじゃないネタもあるが、必ず入ってくる。(芸人の)ねづっちは言葉遊びだけでやっている。

早坂 ただあれば、日本語が分かる人でないと成立しない。

パックン これは日本人にウケる、ウケないとか、どうやって区別をつけているのか。体制をこき下ろすものは日本でそんなに通じないだろうし、特定の人種を題材にしたものも、そんなに通じない。この2つはたぶん、アメリカのコメディーの半分くらいを占めている。

あと、ジョークの形式を共有していないと通じない。小話がいきなり始まる。「男がバーに入ってきた」とか、「飛行機の中にイタリア人、イギリス人、フランス人の神父さんがいる」みたいな。突然こういう設定が登場して、日本人がついていけるかという心配はないですか。

早坂 設定としては、登場人物を日本人に分かりやすい民族に変える、とかはあります。でも、そのへんはわりあい通じますよ。イタリア人は女性にモテたがるとか、フランス人が天邪鬼だったりとか、そのへんのエスニックジョークは日本人にも通じますね。

パックン なるほど。僕らも漫才で使ってるんですよ。絶対知ってると思いますが――

豪華客船が沈没しそうになっている。船長さんが言う。イギリス人には「紳士なら飛び込めよ」、イタリア人には「飛び込んだらモテるぞ」。フランス人には「飛び込むな」と言って、彼らは飛び込む。そして日本人には「ご覧なさい、みんな飛び込んでいる」。

早坂 アメリカ人には「飛び込めばヒーローになれますよ」。

パックン ドイツ人には「飛び込む決まりになっています」。



早坂 それは、僕も以前本に書きましたけど、一番ウケましたね。でも、ギリシャ人やスコットランド人の設定は、日本人には分からないですよ。ギリシャ人は同性愛、ゲイというステレオタイプ。あれはなんでですかね。

パックン ギリシャの離島に同性愛者が大勢集まる島があるんですよ。ギリシャ全体がゲイではないけれど、ゲイの文化が深く根付いている島がある。あと、古代ギリシャでは同性愛が多かった。

早坂 あぁ、なるほど。長年の疑問がいま解消しました。

パックン このジョークの形が分かっていればいい。われわれも、番外編を作ったんですよ。関西人に飛び込んでほしいときはなんと言えばいいか。分かりますか?――「阪神優勝」

日本人だったら、例えば、「この船は時間制です。延長しますか」と言って飛び込ませてもいいし、なんでも食べる食い倒れ的な国民性だったら、「お、生まぐろ!」って言ったら飛び込むとかね。できるんですよね。これがジョークの強み。

早坂 そういう新しいジョークを作っていくというのは、ルーマニアでもありましたね。日本人は、ひとりがジョークを言って周りがそれを聞くというより、漫才の掛け合いのような会話が多いんじゃないか。ツッコミがあって面白い、というものが根づいている。

※後編はこちら:「下ネタは世界共通。男たちは同じオチで、同じ顔で笑う」早坂隆×パックン

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※8月13&20日号(8月6日発売)は、「パックンのお笑い国際情勢入門」特集。お笑い芸人の政治的発言が問題視される日本。なぜダメなのか、不健全じゃないのか。ハーバード大卒のお笑い芸人、パックンがお笑い文化をマジメに研究! 日本人が知らなかった政治の見方をお届けします。目からウロコ、鼻からミルクの「危険人物図鑑」や、在日外国人4人による「世界のお笑い研究」座談会も。どうぞお楽しみください。



ニューズウィーク日本版編集部

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