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サウジ石油施設攻撃はトランプがなめられたから起きた

ニューズウィーク日本版 2019年9月19日 17時20分

<サウジアラビアの主要石油施設が攻撃された。ここで石油の道を死守しなければ、アメリカは中東に居場所を失うかもしれない>

第2次大戦後、アメリカの中東政策は「3つの中核的利益」に基づいて動いてきた。第一が石油の自由な流通を守ること、第二がイスラエルの安全を守ること、第三は、これら2つの中核的利益を侵しアメリカに挑戦する国やグループが表れないようにすることだ。

つまり、イスラエルとの「特別な」関係を別にすれば、アメリカが中東に関わる理由は石油しかない。

だからこそ、サウジアラビアの重要な石油処理施設が攻撃を受けた今は、きわめて重要な時期だ。トランプ政権がどう対処するかによって、アメリカの権力層が今もエネルギー資源を中核的な国益と考えているのか、あるいは逆に中東を去ろうとしているのか、それがはっきりするだろう。

9月14日の朝、サウジアラビア東部アブカイクとクライスにある主要石油施設が無人機などによる攻撃を受け、イエメンの武装勢力ホーシー派による犯行らしい、というニュースが伝わると、外交専門家は、サウジアラビアはイエメンの内戦に介入して恨みを買っているとか、ホーシー派はイランの影響下にあるとか、様々な議論が起こった。

<参考記事>サウジのムハンマド皇太子、韓国に防空システム構築支援を要請

ポンペオはイランを非難

しかし今回の攻撃については、マイク・ポンペオ米国務長官がイランを名指しで非難したのちも謎は深まる一方だ。イラン政府には間接的な責任しかない可能性が高いことからすると、対イラン強硬派のポンペオがイランを直接非難したのは少々やりすぎだったかもしれない。

だがポンペオのような発想も、あながち理不尽ではない。イランは中東で、長年にわたって代理戦争を展開してきた。ホーシー派のような武装勢力に金、技術、武器を提供して、汚い仕事をさせてきたのだ。

だからポンペオの主張に同意する者もいる。ホーシー派はドローンをもっていないし、イラン南西部から巡航ミサイルが飛んできた、という話もある。だが実際のところ、それは一番重要な問題ではない。

肝心なのは、1945年2月にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領がサウジアラビアのアブドルアジズ・イブン・サウード国王と会って石油供給の約束を取り付けて以降、アメリカはずっとシーレーン防衛を中東政策の柱に据えてきたということだ。

イラクのクウェート侵攻をきっかけに1991年に始まった湾岸戦争も、単に「石油を守る戦争」ではなく、「石油の道を守る戦争」だった。

<参考記事>サウジ石油施設攻撃は歴史的転換点、イランは「非対称戦争」で原油相場を人質に



湾岸戦争時、アメリカは米軍54万人をサウジアラビアに配し、その後、イラクのサダム・フセイン大統領を武力でクウェートから追い出すにいたったが、その行動は当時のジョージ・H・W・ブッシュ大統領が明言したとおり、確固たる原則に基づいていた。ある国が他国を武力併合するのは国際法違反であり、許しがたいということだ。

フセインの国際法違反を見逃すことは、アメリカの中核利益を脅かすのにも等しいことだった。

クウェートを併合する企てを許せば、フセインは調子に乗ってイスラエルを脅かし、サウジアラビアやその他の産油国に脅威を与え、石油の供給を混乱させる危険があった。その過程でアメリカの覇権を脅かしたかもしれない。

1990年の夏、イラクの戦車がクウェートを占領した3日後に、ブッシュが「これは看過できない」と言ったのはそのためだ。

米主導の地域秩序

アメリカは、平時にも石油の道を守ってきた。

イラクとイランに対する「二重の封じ込め政策」からイラン核合意まで、中東外交はすべて、ホルムズ海峡をタンカーが安全に航行することを目標としてきた。

アメリカ政府の政策立案者は長年、中東の独裁的な将軍や国王、大統領らと友好的な関係を結ばざるをえなかった。すべては石油のためだ。

今年8月にフランスで行われたG7サミットで、ドナルド・トランプ米大統領はエジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領を「私のお気に入りの独裁者」と呼んだ。

大統領の個人的な好みはともかく、エジプトのスエズ運河は、アメリカが石油の道を守るための地域秩序に欠かせない要衝だ。

代替エネルギーや電気自動車、安価なバッテリーなどの技術が進歩するにつれて、石油が突然、価値を失う日はくるかもしれない。だが今はまだ、中東の石油資源はアメリカの重大な関心事だ。

アメリカと世界の繁栄は、石油など化石燃料の上に築かれてきた。だから、この中核的な利益に対する脅威に対してトランプ政権がきわめて消極的な対応しかしていないのは、奇妙なことに見える。

それを見て、イランの政治指導者が今なら何をやってもアメリカは攻撃してこないと思ったとしても不思議はない。今年の春から夏にかけて、オマーン湾で航行中の日本とノルウェーのタンカーが攻撃されたり、イラン革命防衛隊(IRGC)がホルムズ海峡上空でアメリカの無人偵察機を撃墜したり、同じくイラン革命防衛隊がペルシャ湾を航行中のイギリスのタンカーを拿捕し、船員を拘束したのもその結果だろう。



これに対するトランプ政権の反応は、ホルムズ海峡の安全を守る新たな有志連合を同盟諸国から募ったり、イラン人やイランの在米資産にあまり効き目のない制裁を科すぐらい。概して弱腰だ。もしポンペオの言うことが本当なら、今やイランはサウジアラビアの石油インフラに重大な穴を開け、グローバルな石油供給を不安にさらした。だから私は言ったのだ。イラン革命防衛隊にペルシャ湾で大きな顔をさせると、厄介なことになると。

イランやその他中東の対抗勢力は、トランプは大口を叩くが攻撃はしてこないと思っているだろう。誰も戦争などしたくないが、もしイラン革命防衛隊がアメリカの無人機を撃ち落としたときにアメリカが反撃していたら、イランもサウジの重要石油施設を攻撃するという大胆な行動には出なかったかもしれない(もしイランの仕業だったらの話だが)。

その代わり彼らは、アメリカが過去70年間に中東で営々と築いてきた権益を丸ごと危険にさらしているのだ。もしトランプが軍事的な行動には出ないというなら、アメリカは直ちに中東を去るべきだ。

(翻訳:栗原紀子)

From Foreign Policy Magazine

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スティーブン・クック

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