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米兵が殺害されても「報復」はこの及び腰...これでバイデン大統領はイランへの抑止力を回復できるのか

ニューズウィーク日本版 2024年2月3日 18時43分

<ヨルダンの米軍基地で米兵3人が死亡したドローン攻撃に対し、親イラン組織などへの報復攻撃をイラクとシリアで実施したアメリカだが...>

[ロンドン発]米中央軍は2月2日午後4時(米東部時間)、イラクとシリアのイラン・イスラム革命防衛隊の特殊部隊「コッズ部隊」とイランが支援する民兵組織の85カ所以上の標的を空爆した。長距離爆撃機を含む多数の攻撃機で125発以上の精密弾が使用された。1月28日に米兵3人が死亡、数十人が負傷したヨルダンの米軍基地攻撃への報復だ。

指揮統制・情報センター、ロケット弾、ミサイル、ドローン(無人航空機)の保管庫、兵站・弾薬サプライチェーン施設が標的だ。マイケル・エリック・クリラ米中央軍司令官は「イランのコッズ部隊と関連民兵組織はイラクと地域の安定、米国人の安全に対する直接的な脅威であり続けている。国民を守るため、われわれは引き続き行動を起こす」と表明した。

ジョー・バイデン米大統領は「われわれの対応は今日始まった。 今後も時と場所を選ばず継続する。米国は中東や世界のいかなる場所でも紛争を欲していない。 しかし米国人に危害を加えるなら、われわれはそれに対応する」と表明した。イランに支援されたイラクの民兵組織は米軍がイラクから撤退するまで米軍を標的にした攻撃を続けると述べた。

11月の米大統領選で再びバイデン氏と相まみえることが確実なドナルド・トランプ前大統領は米兵3人の死亡を受け、「この大胆な攻撃はバイデンの弱さと降伏がもたらした新たな恐ろしく悲劇的な結果だ。バイデンはイランに数十億ドルを与え、それが中東全域に流血と殺戮を広げるために使われた。われわれは第三次大戦の瀬戸際にいる」と非難していた。

「中東の天候が良くなるのを待って」攻撃を実行?

2013年、シリアのダマスカス近郊で化学兵器が使用されたとみられる事件で、化学兵器使用を「越えてはならない一線」と明言していたバラク・オバマ米大統領(当時)は「米議会の承認を得る」とUターンした。武力行使をためらう米国の弱さを見て、ウラジーミル・プーチン露大統領は翌14年、クリミア併合を強行し、ウクライナ東部紛争に火を放った。

今度はバイデン氏が21年、アフガニスタンから無様に撤退し、翌22年プーチンのウクライナ侵攻を招いた。イランとの核交渉にこだわったジェイク・サリバン米国家安全保障担当大統領補佐官はイスラエル・ハマス戦争勃発8日前に「中東地域はこの20年で最も静かだ。中東の危機と紛争に費やさなければならない時間は大幅に減少している」と能天気に話した。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは社説(2日付電子版)で「バイデン氏はようやくイランを抑止する?」と題し「ヨルダンの米軍基地で3人の米兵が死亡したドローン攻撃について米政府高官は数日前から攻撃を行うとアナウンスしていた。メディアへのリークによれば米国は中東の天候が良くなるのを待っていたようだ」と皮肉っている。

「民兵組織は事前に警告を受けた。彼らがまだ残っていたら世界一間抜けなテロリストだ。イスラム革命防衛隊の将校たちは逃げ出してもぬけの殻だった可能性が高い。10月中旬以降、米軍基地や艦船に対する160回以上の敵の攻撃にもかかわらず、弱い米側の報復攻撃は今のところ機能していない。テヘランは米兵殺害の手助けをしても何の代償も払っていない」

「戦争に備えなければ、平和は得られない」

バイデン政権はウクライナへの軍事支援でもエスカレーションとロシアとの核戦争に巻き込まれるのを恐れる余り、先手を打てず、ウクライナ軍の反攻を不発に終わらせてしまった。戦時体制に移行したプーチンは石油・天然ガスを戦争資金源として国内の武器弾薬の生産能力を拡大する一方でイランや北朝鮮と「ならず者国家の枢軸」を形成している。

米シンクタンク「大西洋評議会」サイトへの寄稿(1日付)でキルスティン・フォンテンローズ研究員は「敵のドローンが米兵を殺害したのは初めてだ。米陸軍や海兵隊の兵士が敵の空爆によって殺害されたのも1953年以来初めてのことだ。米国が純粋に軍事作戦を実施しても、イランに対する『抑止力の回復』にはつながらない」と懐疑的な見方を示している。

「テヘランは米国がイランと戦争する可能性はないと信じているが、それは少なくとも米国がそう言い続けているからだ。その信念が続く限り、テヘランは米国の決意の限界を試すために代理人を育成し続けるだろう。テヘランはバイデン政権が選挙の年にエスカレートの危険を冒すことを嫌っていると感じている」(フォンテンローズ研究員)

米スタンフォード大学フーバー研究所のニーアル・ファーガソン上級研究員は英大衆紙デーリー・メール(3日付電子版)に「バイデンがプーチンを恐れ、イランに宥和政策をとることで第三次大戦の可能性は低くなるどころか、高まっている。歴史の大きな教訓を理解するのに12カ月はかかるだろう。戦争に備えなければ、平和は得られない」と寄稿している。

安全保障に不可欠な「保険料」を渋るとどうなるか

米誌タイムの「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたこともある歴史家のファーガソン上級研究員は「英国は今、帝国の安全保障に不可欠な保険料を支払うのを渋ったことで非常に大きな代償を払っている! これまで帝国を失った主な原因は大方これだった」という1942年2月にアラン・ブルック英軍参謀本部総長が綴った日記の一節を引いている。

当時、難攻不落と言われたシンガポール要塞を旧日本軍はわずか1週間で攻略し、連合国軍の13万人以上が降伏した。ウィンストン・チャーチル英首相は「英国史上最悪の惨事であり、最大の降伏である」と臍を噛んだ。「私たちは現代において、それに匹敵する危機に直面する可能性があるのだろうか?」とファーガソン上級研究員は問いかける。

「ソ連崩壊から始まった比較的平和な戦間期は終わった。歴史上最も古い格言の一つは『平和を望むなら、戦争に備えよ』と説く。チャーチルは、第二次大戦は英国が軍備増強を急いでいれば起きなかったと考えていた。大西洋両岸の政治家は2020年代の地政学が想像以上に1930年代の地政学と共通点が多いという厳しい現実に目覚めつつある」

英国の国防費は国内総生産(GDP)比で1950年代は平均7.9%、60年代は同5.7%、70、80年代は同4.8%。しかし90年代には同3.1%、2000年代に同2.4%、15年に2.01%まで落ち込んだ。北大西洋条約機構(NATO)の30カ国中、ドイツ、フランス、イタリアなど19カ国はGDPの2%目標に達していない。

米国の限界が政治的にも、財政的にも、軍事的にも明らかになった今、「軽武装・経済重視」の日本やドイツを含めた米国の同盟国が国防費を出し惜しみすれば、暗黒の歴史が繰り返される深刻な危険性がある。


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