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分子構造を「アート」に変換...「モノ好きな医者」が手がけるポップなイラストを楽しもう

ニューズウィーク日本版 2024年3月21日 14時30分

<医師のドリュー・プロバンがコロナ禍で見つけたミクロの世界の美しさ>

強烈な色彩と、大胆なメッセージ性。ポップアートにはこの2つが欠かせない。だが主題は何でもいい。だから私は、生き物の分子構造をアートに仕立てた。なんでまた?と思われるかもしれないが、これには深い訳がある。

そもそも私たちがこの世に存在できるのは、無数の分子がしっかり支えてくれているからだ。その小さな分子たちの頑張りをたたえたくて、私はアートで表現することにした。水の単純な分子もDNAの複雑な分子構造も、私の手にかかれば素敵なアートに変身する。まあ、こんなモノ好きな医者は私だけだろうが。

【画像】医師のドリュー・プロバンが手がけた作品

■専門は血液学

スコットランドはグラスゴーで生まれた私は、平凡な労働者階級の家庭で育った。それでも頑張ってイングランド中部レスターの大学に進み、まずは分子生物学を学んだ。それから医師の資格を取り、血液疾患の専門医になった。

■転機は新型コロナ

2020年に始まった新型コロナウイルスの世界的な感染爆発は悲惨な出来事だったが、ロックダウンで在宅勤務になったおかげで、新しいことに挑戦する時間ができた。そこで私はアートの世界に目を向け、腕を磨き、普通なら顕微鏡でしか見えない素晴らしき分子の世界を肉眼で鑑賞できるアートに変える仕事に励んだ。

医学や生物学の教科書に出てくるようなイラストを描く技術や、デザインの基礎を学んだ。そうして生まれたのが鎮痛薬や滋養薬、ホルモンやビタミン、カフェインからLSDに至る刺激・快楽物質の分子構造を描いたポップアート作品だ。

アスピリンの分子構造を描いた作品 DREW PROVAN

■表現技法

私が好んで使うのはジークレープリント(美術品の複製などに用いる高精細デジタル印刷)で、鮮やかな発色には光の3原色に基づくRGB印刷が一番だ。どんなサイズにも対応できるし、キャンバスや紙だけでなく、アルミにも印刷できる。

ちなみに私の作品はコーヒーマグやトラベルカップ、アップルウォッチのバンド、スマホのケース、クッションなどにも使われている。見慣れないものを多くの人に見てもらい、難しそうな科学の世界を楽しくて近づきやすいものにする。それが私の目指すところでもあるからだ。

■アートを通じた教育

学生時代は苦手にしていた人もいるだろうが、いわゆる生化学は実に魅力的な世界だ。そのワクワク感を、私はアートを通じてシェアしたい。

実際、私のアートは壁を飾るだけでなく、教育のツールとしても役立っている。肉眼では見えない分子の構造も、ポップアートで可視的に表現すれば親しみやすくなる。それで私たちの生きる生物界、自然界への興味を深めてもらえたらうれしい。

■自分の染色体も!

誰にでもお気に入りの作品はあるものだ。私の場合は、例えば研究室の助手時代に扱っていたバクテリオファージ(バクテリアを食べるウイルス)T4の勇姿を描いた一枚。

自分の染色体モデルも気に入っている。医学生時代に選択科目でヒト遺伝学を学んでいたときのこと。患者さんの染色体を撮影する実習があり、ついでに(せっかくのチャンスだ!)自分の染色体も撮影し、大胆に彩色した。その絵は自宅の壁に飾ってあるが、客人に説明すると、みんな驚き大喜びする。

■新たな挑戦

これまでに200種類ほどの分子構造を描いてきたが、新しい作品の構想が尽きることはない。

敬愛する(ポップアートの巨匠)アンディ・ウォーホルの作品は、シルクスクリーンを用いた超絶技巧ゆえに一目で彼のものと分かる。私も、いつか自分の最高にカラフルな作品のいくつかを大判のスクリーンプリントにしようと計画している。この技法を使うと、色彩が鮮やかに仕上がるだけでなく、一枚一枚がオリジナルになる。毎回手作業でインクを重ねていくから、決して同じものはできない。

最新の技術にも興味があり、3Dプリントで作成した学術的な作品をポップアートに加工する挑戦もしている。

■芸術と科学をつなぐ

この年になるまで、自分のアーティスト魂が目覚めなかったのはなぜか。思うに、研究と仕事のプレッシャーが大きかったからだろう。若手の医師として働いていた時代は忙しすぎて、趣味や読書の時間は皆無に等しかった。

かつての私もそうだったが、たいていの人は科学者タイプと芸術家タイプは水と油だと思っている。でも、それは大きな誤解だ。実際のところ、医者や科学者として働きながら最高級の文学作品や美術作品を発表してきた人はたくさんいる(あのチェーホフだって医者だった)。

若い頃の自分にアドバイスをするなら、仕事を引退する年齢まで待たずに、若いうちからアートを探求するよう勧めたい。もちろん、現役を引退してから始めるのも悪くない。私自身、この年になってポップアートの手習いを始めたことを後悔していない。

アートは誰でも楽しめる。鑑賞するもよし、創作するもよしだ。医者も科学者も、みんなサイエンスとアートが交わる魅惑の世界を探求すればいい。そうしてミクロな分子に、マクロな世界での新たな生を与えてやろう。絵でも音楽でも、文章でも映画でもいい。とにかく急がず無理もせず、アートへの旅を存分に楽しんでくれ!

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ドリュー・プロバン(医師)

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