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『離婚しない男』でも挿入歌に。中西保志の「最後の雨」が30年以上歌い継がれる理由

日刊SPA! 2024年4月1日 15時51分

どの局の音楽番組を見ても、中西保志が熱唱している。1992年にリリースされた最大のヒット曲「最後の雨」を30年以上歌い続け、その都度、リスナーの心をふるわせている。
老若男女、どうしてこの曲がじんじん刺さるのか。あるいは、そもそもどうして30年以上も歌い継がれてきたのか。その理由が、意外や意外、2024年1月期屈指の話題作『離婚しない男-サレ夫と悪嫁の騙し愛-』(テレビ朝日)にあるのだとすると……。

イケメン研究をライフワークとする“イケメンサーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、「最後の雨」が歌い継がれる理由を最恐不倫ドラマから読み解く。

◆日本全国カラオケの猛者だらけなのか…

今、全国のカラオケで一番歌われているのは、YOASOBIが2023年4月12日にリリースした「アイドル」である(2024年3月時点)。一部、ヨナ抜き音階が使われているサビが、メロディアスな歌物だけれど、アーティスト本人以外がカラオケで歌うにはちょいと難易度が高くないかしら?

あるいは、10代〜40代まで幅広い世代が歌うポルノグラフィティ「サウダージ」(2001年)にしろ、本人なら当然ピッチが安定する高音域もキツくて、とてもじゃないけど歌えない。自分が歌うより聴いていたいと思う難易度高めナンバーが、むしろカラオケの定番曲として親しまれている。

ぼくなんかが知らないだけで、もしかして、日本全国カラオケの猛者だらけだったり……。こうした群雄割拠の状態は、実は、今に始まったことではなくて、さかのぼること30年以上、限られた音域の間で最高音を目指し、歌いこなす最強の高音ナンバーがすでにあったのだ。

◆「必殺口説きナンバー」になる逆転現象が

1992年8月10日にリリースされ、オリコンチャートでは初登場から55週にわたってチャートアクションを繰り広げ、リリース当時73万枚以上のセールスを記録したのが、中西保志の代表曲「最後の雨」。実はこの年、現在の通信カラオケが導入され、ヒット曲をカラオケボックスですぐに歌うことが可能に。1995年にカラオケ人口が5850万人になり、カラオケが老若男女にとって最大の娯楽になった。

そんな背景が後押しして、このハイトーン中西ナンバーがカラオケでよく歌われた。“泣けるほど 愛したりしない”の“愛”の高音を見事に決めたなら、そりゃ好きな相手の心だって瞬間的にキマってしまう。失恋ソングなのに、必殺口説きナンバーになるという逆転現象だ。

古典音楽の世界にちょっと目を向けると、同曲リリースのちょうど100年前、1892年には、チェコの作曲家ドヴォルザークがニューヨークに渡り、有名な交響曲第9番《新世界より》の作曲に着手している。

音楽の歴史ってほんと奥深くて、複雑で、面白い。まさかドヴォルザークから100年後の日本では、カラオケ猛者たちが、まるでベルカントオペラの名テノール歌手のように競って、「最後の雨」の超高音に挑んでいたと考えると、なんだか笑える。

◆令和でも圧倒的な存在感を放っているのはなぜか

じゃあこの「最後の雨」、今でもカラオケで歌われているのだろうか。試しにカラオケの鉄人の月間ランキングで調べると、1位は当然「アイドル」だけれど、「最後の雨」は、ありゃなんと64位。

100位圏内とはいえ、あまり高順位とはいえない。それでも尚、同曲が、令和でも圧倒的な存在感を放っているのはなぜか。歌謡曲ブームがZ世代にまで浸透する中、平成初期の名バラードでありながら、どこか昭和歌謡的な扱いの「最後の雨」。

ほんとは平成リリースだけど、昭和を代表するナンバーかのように中西本人が音楽番組で熱唱する姿が散見され、若者に刺さってるのは、なぜか。どの番組にも必ず中西が呼ばれ、代表曲を歌う。もはや中西保志による中西保志のご本人登場状態。

『テレ東60祭!ミュージックフェスティバル2023』(テレビ東京)では、出川哲朗のコント(?)を横目に、雨の中、中西が歌詞世界をしめやかに再現した。あるいは、『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS)2月22日放送回では、街中に置かれたボックスで自由に歌唱できる人気コーナー「透明カラオケ」に中西保志本人が登場して、東大阪のおっちゃん、おばちゃんから子どもまで、広く涙腺をゆるませていた。

◆“歌われる”ナンバーから“聴き入りたい”ナンバーに

90年代リリース当時は、確かにカラオケ定番曲として“歌われる”ナンバーだったが、令和のテレビ番組を見る限りでは、プロの歌い手による圧倒的歌唱に“聴き入りたい”ナンバーになっていることがわかる。

実際、他のプロ歌手によって数々の名カバーが続々リリースされている。代表的なところでは、倖田來未、EXILE ATSUSHI、ボーイズIIメン、島津亜矢、JUJUなど、やっぱり歌のうまさに定評があるアーティストによるカバーの対象になっている。

かつてのカラオケ定番曲が、こうして歌い継がれることでスタンダード化する。この調子でカバーが重ねられたら、これまでに90近いバージョンのカバー数を誇る、大瀧詠一作曲の「夢で逢えたら」を超すんじゃないか。

このスタンダード化の動きは、今さらに、テレビドラマの世界で、別次元の錬金術によって豊かなケミストリーを生じている。しかもまさかの不倫ドラマ。ぼくがテレビドラマ史上、最強にして最恐の不倫ドラマだと思っている『離婚しない男』で、異色の挿入歌使いとして、何とも言えないタイミングと悲喜こもごもの余韻で、画面上に流れる衝撃たるや……。

◆挿入歌のさりげないすり替えが

『離婚しない男』では、伊藤淳史扮する岡谷渉が愛娘の親権を獲得するため、妻の岡谷綾香(篠田麻里子)と悪魔的な不倫男・司馬マサト(小池徹平)との不貞現場を暴こうとする。決定的証拠がおさえられたかという瞬間に、力んで前歯が抜けるわ、指の骨にヒビが入るわで、伊藤がてんやわんや。

妻の不倫に耐えるしかない苦しい夫の孤独が際立つ。毎話のクライマックス、そんな渉の切なさが画面上を漂ったタイミングで流れるのが、きました「最後の雨」。GENERATIONSのツインボーカル数原龍友によるカバーは、なるほど、さすがホットでセクシーな数原節が直球でキメてくる。

伊藤がにじませる切なさそっちのけで、もう数原君に口説かれてる感じ。うっとりなんてしてると、第5話ラスト、グラマラスな藤原紀香がいきなり登場して、なぜか大瀧詠一の「幸せな結末」(1997年)が流れる。なに、この挿入歌のさりげないすり替えは……。これがこの不倫ドラマの錬金術のケレン味のひとつなわけだが、第6話からはやっぱりまた数原カバーの「最後の雨」ががんがん流れる。

◆得恋と失恋を同時に完結させるという衝撃

第4話放送後の2月10日には、数原によるカバーナンバーがシングルとしてデジタルリリース。ここで再び疑問が急浮上。最恐不倫ドラマの挿入歌(というかもはや主題歌)として、なんでまた30年以上前の失恋ソングなのかと。

単に主人公の切なさを強調するには重い。2009年には女性視点のアンサーソング「Another Rain」をちゃっかりリリースしてる。松井五郎による慎ましい歌詞には、明確なアンサーは見つからない。となると、同時代を代表する別作品に助言を求めてみる。

「最後の雨」がオリコンチャート最高位16位にランクインしたのは、リリースの翌年、1993年のこと。この年の1月期クールに日本中を驚かせた衝撃作といえば。真田広之と桜井幸子主演の『高校教師』(TBS)。真田扮する高校教師が、恋仲になった教え子の父親を殺し、ふたりで逃避行。文字通りの赤い糸をお互いの指に結んで、得恋と失恋を同時に完結させるという衝撃のラスト。

◆「最後の雨」が歌い継がれる理由

令和の感覚からすると、異常としかいえないけど、「最後の雨」のサビ終わり、“強く抱いて 君を壊したい”を本気で実践したら、同作の逃避行くらい衝撃的だもんな。

そこはかとない狂気漂う90年代の精神性が、実は30年以上しぶとく残ってるのかもしれない。ジリジリするしぶとさを如実に示すのが、オリコン55週のロング記録だし、あるいは現在のカラオケランキング100位圏内もそう。

鈴木おさむが、『高校教師』と同じ1月期ドラマ『離婚しない男』を鳴物入りの最恐の不倫ドラマに仕上げた理由。あえて昭和的感覚で書いたことは、平成ナンバーであるはずの「最後の雨」が昭和歌謡と思われる錯覚と符号する。あるいは鈴木にとっては連ドラ脚本引退作でもある本作自体を視聴者と結ぶ赤い糸に見立てたんじゃないだろうか。この糸を手繰り寄せ続ける限り、強烈な愛のメッセージを隠した「最後の雨」が歌い継がれるために。

<TEXT/加賀谷健>

【加賀谷健】
コラムニスト・音楽企画プロデューサー。クラシック音楽を専門とするプロダクションでR&B部門を立ち上げ、企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆。最近では解説番組出演の他、ドラマの脚本を書いている。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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