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アングル:米農村部は「保育砂漠」、仕事か子育てか迫られる農家

ロイター / 2023年10月10日 11時22分

 これまで長く「親の仕事」とされてきた育児だが、米国では、保育事業に資金を拠出する地方自治体や企業が増加している。写真はカボチャ畑を歩く子供たち。2019年10月、米ニュージャージー州サマセットで撮影(2023年 ロイター/Lucas Jackson)

Carey L. Biron

[ワシントン 28日 トムソン・ロイター財団] - これまで長く「親の仕事」とされてきた育児──。だが米国では、保育事業に資金を拠出する地方自治体や企業が増加している。農村部で保育施設の閉鎖が相次いでおり、多くの人が仕事か子供の世話かの選択を余儀なくされているためだ。

資金難と社会的地位の低さに常に悩まされる託児事業は、女性が経営する小規模の事業体が担っていることが多い。ただ、収入がコストに追いつかず、米国では農村部を中心にかつてない危機にさらされてる。

結果として、企業や地方自治体、州政府は、米国中西部の大農業地帯「ファームベルト」に必要な経済安定を実現すべく、保育事業に参画し始めている。

こうした投資は、子育て中の親が仕事にも注力できるようにするほか、将来的に州内への移住を見込めそうな人々に向け、必要不可欠な生活サービスの体制が整っているというアピールにもなっている。

「パラダイム・シフトが起きている」と米中西部インディアナ州のケンデル・カルプ議員は言う。カルプ氏は同州で農業局の局長を務めている。

「保育はこれまで、家族が担うものであり、政府が財政支援の責任を負うべきではない社会の問題と見なされてきた」

小さな農業経営体が安定的かつ持続可能な形で存続するために必要なものは何かが認識されるようになり、変化が起こったとカルプ氏は言う。

「地方コミュニティーには、成長と繁栄が必要だ。次の世代が地元に帰り、農業に戻るよう誘致する必要がある」

インディアナ州北部の町レンセラーは、5年前に主要な保育所がなくなり、変化が起きた町の好例だ。

同地の託児所が何の前触れもなく閉鎖した時、ジョーダン・リンダールさん(32)の息子はまだ1歳を迎えてもいなかった。一家には他に頼れる先もなく、仕事と育児の両方を抱えて板挟み状態になってしまった。

リンダールさんは夫とともに農業に従事しており、早朝から夕方までの保育が必要だ。約6000人の住民を抱えるレンセラーでは、多くの子育て世帯がこうした問題に直面している。

「限られた選択肢しかなかった」とリンダールさん。閉鎖した保育所が周辺では唯一の認可保育園だったと振り返る。

預かり保育をしている家は数少なく、受け入れ枠がすぐに埋まってしまった。認可を受けている託児所を利用するには遠すぎるのが難点だった。

「子供を預けるためだけに親が30分の距離を余分に運転しなければならないのは理不尽だ」とリンダールさんは言う。

トウモロコシと大豆を生産する農家のアダム・アルソンさんもまた、農作業中に子供を預けるため保育所を頼っていた一人だった。閉鎖を受け、生活を続けられるかと不安にかられた。

そこでアルソンさんは、維持するのが困難で軽視されがちな保育事業の現状を変えるため、ボトムアップ活動の先頭に立った。地元の子育て家庭が新たな選択肢を得られるようにするためだ。

努力の結果、地方自治体や企業からの経済的支援を得ることに成功。アルソンさんは3月、定員73人の町で唯一の認可保育園「アップルツリー・レンセラー」を開設した。

半日保育や他の一時預かり制度を組み合わせてこの数年をしのいできたリンダ―ルさんは、娘を新施設に預けている。幸いにも、息子は幼稚園に入れることができた。

新施設が開設されていなければ、何人もの親が仕事を辞めたり、保育サービスを求めて引っ越しをせざるを得なかった可能性もある。

「これはコミュニティーとしての可能性や、経済的発展の問題だ。保育施設は、私たちのコミュニティーに必要不可欠なインフラだ」とアルソンさんは言う。

レンセラーのあるインディアナ州ジャスパー郡のレイン・ボントレガー郡長は来年、レンセラーでの事業支援を拡大させるほか、近郊での同様の事業や、3カ所目となる託児施設の開設もサポートする予定だと話す。

「全ての資金をまかなうことはできないが、重要な投資だと認識している」とボントレガー氏は電話で述べた。

自治体と民間、企業が一体となって進めるこの取り組みは、インディアナ州内にとどまらず、米国の地方部で幅広く必要なモデルケースだと支持者らは言う。

有力な業界団体、米農業連合会(AFBF)のロビー活動グループは、新農業法案の中で保育事業を「主要な優先事項」に含めている。

<保育は「公共の問題」>

この「保育危機」の根底には何十年も続く慢性的な過小評価がある、と米左派系シンクタンク「センチュリー・ファンデーション」のシニアフェロー、ジュリー・カシェン氏は分析する。ほとんど知られてこなかった保育事業の実情が、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)によって表面化するようになったという。

「従来は子育ては個々の家庭の問題、という考えが常に押し通されてきた」とカシェン氏。

「(コロナ禍で)誰もが目に見える形で同じ状況下に置かれ、『保育は公共の問題であり、公的な解決策が必要だ』という意識に変化していった」

連邦政府は新型コロナ危機を受け、保育関連分野に対して前例のない500億ドル(約7兆4255億円)の緊急支援を決定。ただ、この財政支援は9月で終了した。

この支援についてカシェン氏は、全米にある約22万の保育施設に行き渡り、新たな未来への可能性を示したと話す。

「連邦政府が保育事業を支援すれば、どのような変化が起きるかを示す結果となった。施設や家庭、子供たちに安定を与えることができた」

連邦政府の支援を今停止してしまうことは、パンデミック以前から危機にひんしていた保育業界をさらに弱体化させることになりかねない、とカシェン氏は続けた。

複数の議員から160億ドル規模の追加支援を望む声も聞かれるという。

6月の報告書でカシェン氏は、資金援助が停止した場合、複数の州で3分の1から半分の保育事業の選択肢を失うことになり、約320万人の子供に影響が及ぶほか、年間106億ドル規模の経済損失をもたらす可能性があるとの見方を示した。

保育を巡る格差は既に地方部でとりわけ大きい、と指摘するのは、シンクタンク「超党派政策センター(BPC)」で幼児期政策をまとめるリンダ・スミス氏だ。

スミス氏によれば、保育のニーズが十分満たされていない家庭の割合は都市部では28%であるのに対し、地方部では35%にのぼるという。

「米国では、保育のビジネスモデルが破綻している」とスミス氏は話す。

「託児事業は小規模で、多くが女性によって経営されており、十分な質の保育を実現するには親が支払える金額以上のコストがかかる」

差を埋めるためには、「公的な資金援助を投入する以外、選択肢はさほど多くない」とスミス氏は言う。

一方、議会がよりトップダウンの形での資金援助を模索しているほか、支援を表明することで得られる福利厚生面での利益について民間セクターに呼び掛けるなど、新たに前向きな動きがみられるところもあるという。

「問題に対してどのように支援すれば良いか、企業側が自ら歩み寄り、手を差し伸べ始めている」

<育児砂漠>

モンタナ州グレートフォールズでは今年、地元経済界のリーダーらの支援で新たな保育施設が開設された。今後は、地元のビジネスコミュニティーを巻き込み、施設の運営を協同組合に転換するという目標を立てている。

グレートフォールズ商工会議所のシェーン・エズウィラー所長兼代表取締役(CEO)は、パンデミック以前から保育を必要とする子供の3人に1人しか預かってもらえていなかったと明かす。

保育の問題は「常に存在していたが、いまや深刻な問題だ。コロナ禍を経て、人々を労働力に戻していくことが重要だ」とエズウィラー氏は言う。

商工会議所で労働力開発責任者を務めるスコット・ウォルフ氏によれば、モンタナの家庭では平均して収入のおよそ3分の1を育児に充てなければならないという。

小麦や大麦などの世界有数の生産地であるモンタナ州において、保育の現状は、農業など地域経済を活性化させるうえでの障壁にもなりかねない。

「(子育て中の親たちは)モンタナ州が育児砂漠であり、労働中に子供を託児所に預けて莫大な出費をするよりも、働かない方が安上がりだと理解してしまっている」

(Carey L. Biron記者)

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