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焦点:米国で熱中症による死者増加、「エアコン義務化」には家主の抵抗

ロイター / 2024年8月13日 12時5分

 8月5日、 ニューヨークの夏は、アンソニー・ゲイさんとその家族にとっては忍耐の季節だ。写真は7月、ニューヨークの自分が住む集合住宅の前で、エアコン問題について近隣住民と話すゲイさん(2024年 ロイター/Kent J. Edwards)

[5日 ロイター] - ニューヨークの夏は、アンソニー・ゲイさん(40)とその家族にとっては忍耐の季節だ。ブルックリンの賃貸住宅で暮らす一家が上昇する室温から逃れる手段は、ゲイさんの寝室にある冷風機しかない。

「他の部屋は通り抜けようとするだけでも本当に耐えがたい」とゲイさん。ぜんそくの持病がある息子は、この暑さの中で辛そうに呼吸している。

猛暑は命にも関わる。ニューヨーク市発表した2024年の「猛暑関連死亡例に関する報告」によれば、毎年推定350人の市民が猛暑のために命を落としている。報告によれば、こうした死亡例において最も重要なリスク要因となっているのは、家庭にエアコンがないことだという。

最新の政府統計では2020年の時点で全米の世帯数の約12%、約1270万戸にはエアコンがなかった。ゲイさん一家のように簡易な冷房機器を持っている世帯は多いが、熱波に対抗するには心もとない。

ボストン大学が2022年に米国内115都市圏を対象に行った分析では、エアコン機器が無いに等しい家庭に住んでいるのは、ほとんどの場合、低所得層と有色人種だとされている。その多くは多くは賃貸入居者だった。

気候変動により熱波の頻度と深刻さは増し、期間も長くなっているが、こうした人々は無防備なままだ。世界保健機構によれば、毎年、世界全体での気候関連要因による死亡例の中で最も多いのが熱中症によるものだという。そして、こうした死亡例の多くは室内で生じている。

ロイターでは全米50州の住宅規制を調査した。半数近くは家主に対し既設のエアコン設備の維持を義務付けているが、エアコン設備の設置を義務付けている州はなかった。また賃貸住宅に関する規制でも、上下水道や暖房、電力と異なり、エアコンを必須のサービスとして挙げている州はなかった。

とはいえ、賃貸住宅について室温の上限基準を定める法令を導入する州や市、郡は、まだ少数とはいえ増加しつつある。

ロイターが不動産関連法令を検証し、10数人の政策担当者及び住宅規制当局者に取材した結果、この5年間にそうしたエアコン設備義務付けの法令を導入した地方自治体は、ニューオーリンズ市やネバダ州クラーク郡など6カ所あることが分かった。それ以前の20年間では7カ所のみだった。

そして今、米国で最も人口が集中するニューヨーク市とロサンゼルス郡、さらにはテキサス州オースティンで、賃貸住宅に関して新たな室温上限基準を課す規制案が提出されている。

ニューヨークの規制案では上限が摂氏26度、オースティンでは摂氏29度とされている。ロサンゼルス郡ではまだ目標値が正式に決まっていない。古い建物を改修して換気の改善その他の受動的な対策を可能とすることは困難であるため、家主に冷房設備の設置を義務付けることになる。

こうした動きに対して、家主側の有力ロビー団体は反発を強めている。

近年でも、カリフォルニア州やテキサス州、アーカンソー州ホットスプリングスでは類似の規制が廃案となっている。家主団体が政策担当者に対して、住宅の電気系統を更新してエアコン設備を追加するためのコストを賄うには家賃を引き上げる必要が出てくる、と主張したことによるものだ。

家主のロビー団体であるカリフォルニア・アパートメント・アソシエーションで州政府対応担当の執行副総裁を務めるデブラ・カールトン氏は、「電力システムをパンクさせず、法外なコストが生じないようにする方法が見いだせない限り」、同協会は冷房設備導入義務化を支持しないと話した。

カリフォルニア州では、2022年に提出された州法案が家主側の反発により廃案となった。同州議会は規制の代わりに州内の専門家に勧告案の作成を求め、6月に発表した。新築の住戸に限り、室温上限を摂氏28度とする内容となっている。

ニューヨーク市では、アダムス市長が2030年までの夏季の室温規制導入を政策目標の1つに掲げており、実現の見込みは比較的高そうだ。市庁の広報担当者はロイターに対し、同市長は23年に示したプランに引き続き「コミットしている」と述べている。

7月に提出された規制案は、賃貸住宅に関して、外気温が28度以上の場合に室温を26度以下に抑えることを義務付ける内容となっている。夏のニューヨークでは日常的に生じる条件だ。

規制案の提出者に名を連ねたリンカーン・レスター市議は、規制案が承認されれば、エアコン設備を導入していない約75万人の賃貸人に影響すると語った。

<生死にかかわる問題>

気候変動の原因となる温室効果ガスの世界全体での排出量のうち約4%はエアコンによるものだが、それでも、エアコンによって救われる生命があるという研究結果がある。「ジャーナル・オブ・ポリティカル・エコノミー」誌に発表された2016年の研究では、20世紀後半、高温日に熱中症などで死亡した人数は、エアコンの登場により75%抑えられたと試算している。

疫学研究者らは、暑熱に関連した死亡数は世界的に過小評価されていると主張している。国連は今年の報告のなかで、モデル推定によれば2000─19年に年間約48万9000人が暑熱を原因として亡くなっており、その半数近くがアジアでの死亡例だとしている。

米国では疾病管理予防センターが暑熱関連の死亡例は増加傾向にあるとして、2021年の1602人に対し、23年には2302人が死亡したと推定している。ただしこのデータに含まれるのは死亡診断書で具体的に暑熱への言及がある例に限られており、多くの専門家は大幅な過小評価になっていると指摘している。

屋内・屋外での暑熱関連の死亡例を追跡している数少ない場所の1つが、アリゾナ州マリコパ郡だ。ここでは気温が摂氏43度を超えることも珍しくない。郡内の2つの都市、フェニックスとテンペでは室温上限規制が導入されているにもかかわらず、昨年は屋内での暑熱関連の死亡が156件記録されている。この10年で5倍の増加だ。

気の重いトレンドではあるが、23年のフェニックスとテンペの状況は、室温上限規制を導入していない郡内の他都市に比べれば悪くない。公衆衛生統計によれば、暑熱関連の死亡例全体のうち屋内の比率は、フェニックスでは21%、テンペでは17%だった。これに対し、郡内の平均では24%、スコッツデール及びメサの2都市では32%を超えていた。

ここ数年の記録破りの熱波が新たな規制の導入を後押ししている例はいくつかある。

21年に太平洋岸北西部を襲った「ヒートドーム」現象を踏まえて、オレゴン州は22年に、またワシントン州スポケーンでは24年に、入居者が自らエアコンを設置することを家主が法的責任や電力料金の上昇を理由として禁止することを制限する措置を承認した。

だが米国で最も気温の高い都市や州の多くが、安全な室温の維持に関する法律をなかなか制定できずにいる。

アーカンソー州の山岳地域に位置するホットスプリングスは昨年、賃貸住宅における冷房基準に関する規制案を廃案とした。同市理事会に名を連ねるフィリス・ベアード氏によれば、家主団体からの抗議を受けたことによるものだという。

ホットスプリングスの家主団体が23年8月に同市理事会に送付したメールをロイターが閲覧したところ、「(規制案は)低家賃の住宅の提供を不可能とは言わずとも困難にすることにより、私たちのコミュニティで最も弱い人々を傷つける」という主張だった。

米国住宅検査協会が提供するデータによれば、米国の単一世帯向け住宅を改修して集中空調システムを導入するには通常5000─1万ドル、窓枠設置型エアコンの導入には約400ドルのコストがかかる他、旧式の住宅でエアコン機器を使えるようにするには電気系統の更新も必要になる。カリフォルニア・アパートメント協会によれば、電気系統更新のコストは2000─3000ドルだ。

またテキサス州議会下院のシェリル・コール議員が地元メディアに語ったところでは、同州のダラス、エルパソ、ヒューストンの各都市では室温基準を定めているが、州レベルでの法案は昨年、テキサス・アパートメント・アソシエーションの反対により否決されてしまった。オースティンは現在、新たな規制案を検討している。

高温多湿のフロリダ州では21年以降、4回にわたってエアコン設置義務付けを試みたが失敗してきた。だが不動産デベロッパー出身のジェイソン・ピッツォ州上院議員(民主党)は、州内の複数の家主協会と意見交換した結果、今後2年以内に規制を導入できると自信を持ったと話す。

ピッツォ氏は、カビに悩まされるほど多湿なフロリダでは、エアコンの設置は経済的に理にかなっているという。建物の住人だけでなく、建物自体の保護にもつながるからだ。「エアコンには除湿機能があり、物件へのダメージを防ぐ機器だ」と同議員は言う。

<気候の変化>

ロサンゼルス郡では、5人構成の統治機関である行政委員会において、今年後半、郡内340万世帯に影響を及ぼす法案の採決が行われる見込みだ。これら世帯の半数以上が賃貸住宅の入居者だという。

「かつて、屋内で寒さのために命を落とす人を救うことが規制の任務だと考えていた時代があった」と語るのは、今回の規制案の動議を提出したリンゼイ・ホーバス郡行政委員。米国の多くの行政単位では、賃貸住宅について室温下限基準を満たすことを義務付けている。カリフォルニア州法では、最低室温を摂氏21度と定めている。

「気候が今のように変化してくると、室温の上昇についても考えざるをえなくなる」とホーバス氏は言う。

ロサンゼルス郡中央部で摂氏35度を超える日数は、1981-2000年に比べ、今世紀半ばには3倍に増えると予想されている。

カリフォルニア州の賃貸入居者団体の中には、集合住宅に(エアコン設置などの)改修を義務付ける法律が可決されれば、強制退去と家賃の上昇が起きるのではという懸念の声もある。州法では、賃貸住宅の改修に許可が必要で30日以上を要する場合、あるいは改修工事が「安全でない」とみなされる場合には、家主が入居者を退去させることを認めている。

ロサンゼルス郡の複数の家主協会は規制案への反対を強めていると述べており、改修に要するコストや法的責任、また住戸の美観といった理由を挙げている。

グレーター・ロサンゼルス・アパートメント・アソシエーションでエグゼクティブ・ディレクターを務めるダニエル・ユケルソン氏はロイターの取材に対し、「窓枠設置型のエアコンの取り付けが甘いと、人々の頭上に落下してくる恐れがある」と語った。また、窓枠エアコンは「かなり見栄えが悪い」とも批判する。

(翻訳:エァクレーレン)

*写真が表示されなかったため、再送しました。

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