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25歳だった女優の南沢奈央さん……何をしたいのか悩んでいたときに書評を頼まれた運命の1冊とは

読売新聞 / 2025年1月10日 15時15分

 「本よみうり堂」は2025年、新装オープンから25年を迎えます。当代一流の本の読み手が集い、数々の書評が紙面を飾ってきた中で、女優の南沢奈央さん(34)は2020年から22年に読書委員を務めました。人生の転機となる時期に書評を書く機会を得て、世界を見る目が変わったといいます。

『原節子の真実』石井妙子著(新潮社) 781円(電子版)

初めての依頼

 「自分はいったい何をしたいのかと悩んでいる時、この本と出会いました」

 2016年春。出たばかりだった石井妙子さんの『原節子の真実』の書評を新潮社の編集者から頼まれたのがきっかけだった。当時25歳。雑誌でエッセーの連載などは持っていたが、書評は初めてだった。

 「本を読んで文章を書くことは子供の頃から大好きでした。でも、書評は単なる内容紹介ではなく、その本を読む前と読んだ後で読み手である私がどう変わったかを書くもの。つまり自分自身を見つめ直す作業だと思っています」

芯の強さ 衝撃

 伝説の女優・原節子(1920~2015年)はちょうど70歳年上の大先輩。その芯の強さと世間にこびない生き方に衝撃を受けた。中学生でスカウトされ、高校1年生の時に黒木メイサさん主演の舞台「あずみ~AZUMI RETURNS~」を見て感動し、何もわからないまま芸能界に入った。そんな自分にとって原の生涯は想像もつかない激動の連続だった。

 デビューしてから数年間は、撮影現場でその場の空気を必死に読んで言われたことをこなすだけだったと振り返る。「それが20代半ばを迎えて、女優とは何か、演じるとはどういうことか、と疑問がどんどん膨らみ、進むべき方向性を見失いかけていた。そんな時、この本から根本的な問いを突きつけられた」

 原が女優人生の転機を迎えたのは、終戦直後の26歳頃のこと。まさにその年齢に差し掛かっていた。編集者から「評者の『顔』が見える書評を」とリクエストされ、苦心しながら同じ道を歩む自身の思いを織り交ぜて書き上げた。

 1年後、ウェブ連載の「読書日記」を始めるにあたり、もう一度じっくり読み直した。デビュー当初の原は内気で、撮影所でも共演者と口をきかずに一人で本を読んでいたその姿は、自分とそっくりだった。しかし、女優として開花した後、「信念の人」となる。戦後の代表作を撮った小津安二郎監督への歯にきぬ着せぬ批判、42歳で引退後、亡くなるまで二度と世間に姿を見せなかったこと……。

 「女優としてのプライドと自らの引き際を決めるいさぎよさ。自分もいよいよ腹を決めなくては、と確信しました」

広がった視野

 その後、活動の中心を舞台に移す決心を後押しすると同時に、この本は「書評する楽しみ」という大きな贈り物をくれた。

 舞台で演じる仕事は、まず台本を読んで想像力を働かせ、役柄をどのように表現するかを作っていく。わくわくする瞬間だが、あくまで台本が主だ。一方、書評は自分が感じたこと、考えたことを表現の中心に据えることができる。

 「読売新聞で読書委員をしていた3年間、そのことを肝に銘じ、いつも迷いながら書いていました。私にしか書けない書評になっているだろうか、と」

 物心ついたころから「心の安らぎ」だった読書の仕方も変わった。2週間に1度開かれる読書委員会のメンバーは、各界を代表する名だたる本好きばかり。それだけに手に取る本は実にさまざまで、一気に世界を見る視野が広がった。

 「素晴らしい方々と一緒に本を読む経験を共有できたことは、仕事だけでなく、いろいろな意味でこれからの人生に役立つと思います」

 デビューして今年で19年。原節子の生涯と重ね合わせながら舞台に立つ日々が続く。「彼女が映画界に残した足跡には及びませんが、舞台でこれは!という役を演じていきたい。役はなかなか選べませんが、好きなのは古典作品。チェーホフの『かもめ』のヒロイン、ニーナ役とか……」

 書評を書く体験を通じて開かれた窓は、今も広がり続けている。(松本良一)

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