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「(出版まで)もっと苦しめ」……開高健ノンフィクション受賞者にあの選考委員は言った

読売新聞 / 2025年1月10日 15時30分

片岡航希撮影

「対馬の海に沈む」窪田新之助さん

 「(出版まで)もっと苦しめ」――。

 JAを舞台にした本書は、昨年の開高健ノンフィクション賞を受けた労作だ。刊行前、同賞の選考委員でノンフィクション作家の堀川惠子さんから、厳しい言葉をかけられていた。

 「びっくりしましたが、本をもっと良くするために大事な助言でした」

 長崎県対馬市のJA対馬で、2019年に巨額の共済金不正流用の疑いが持ち上がった。疑惑のさなか、車ごと海に転落して死亡した男性職員は、共済事業の営業で「神様」と呼ばれるほど好成績をあげていたという。

 「一職員が大金を引き出すことはできないはず。不正ができてしまう農協の仕組みと、島の人間関係の中で沈んでいく一人の人間の悲しさにかれました」と話す。

 男性の実績の恩恵を受けていたであろうJA関係者、不自然な金の動きが見過ごされたガバナンスの欠陥。「取材してみると、一癖も二癖もある人が多く面白い。単なる情報源ではなく、証言者に人間としての顔が見えるようにすることを大事にしました」。ときに(じょう)(ぜつ)、ときに口を閉ざす関係者を粘り強く訪ね、「共犯者」の存在を浮き彫りにした。

 全国紙の記者だった作家の井上靖に憧れ、日本農業新聞の記者となった。12年にフリーに転身し、月収は4万円まで落ち込んだ。「梅干しご飯をひたすら食べていた」と振り返る。

 共済事業のノルマの実態に迫った『農協のくらやみ』をはじめ、農業の仕組みを描いてきた。「人を書いてみたい」という思いに初めて駆られたのが本作だ。

 金融不正や宗教など、手がけたいテーマは無限。「農業ジャーナリスト」だった肩書も、「ノンフィクション作家」に変えた。(集英社、2310円)小杉千尋

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