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名物プロデューサー・阿武野勝彦が「最後」に送り出す、東海テレビドキュメンタリー劇場の真骨頂…映画「いもうとの時間」

読売新聞 / 2025年1月17日 14時30分

袴田巌さん=(C)東海テレビ放送

 1961年、三重県と奈良県にまたがる村落の懇親会でぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した。この事件をめぐる裁判で死刑が確定した後も無実を訴え続けた「兄」は89歳で病死した。再審請求を引き継いだ「いもうと」は90代半ばになった。このままでいいのか――。公開中のドキュメンタリー映画「いもうとの時間」(鎌田麗香監督)は、いわゆる名張毒ぶどう酒事件を題材に、日本の司法のあり方を問う作品だ。製作は東海テレビ。数々の話題のドキュメンタリーを手がけてきた名物プロデューサー、阿武野勝彦の同局での最後の作品でもある。(編集委員 恩田泰子、文中敬称略)

「名張毒ぶどう酒事件」をめぐり重ねてきた取材、作品

 2015年、奥西勝・元死刑囚は、獄中で病死した。89歳。1961年に名張毒ぶどう酒事件の犯人と目され、逮捕された時は35歳。1審では無罪判決を勝ち取ったが、2審では一転して死刑判決が言い渡される。以降、無実を訴え続け、死亡した時は第9次再審請求中だった。

 再審請求は、妹の岡美代子が引き継いだが、第10次請求も認められなかった。再審請求ができる立場にあるのは美代子だけ。高齢の彼女がいなくなれば、裁判のやり直しはもうできなくなる。このままでいいのか。映画「いもうとの時間」は美代子や弁護団の今を映し出しながら、事件を改めてたどり、刑事司法の問題点を浮かび上がらせていく。そして響くのは時計の針の音。

 阿武野は以前から「名張毒ぶどう酒事件は東海テレビのドキュメンタリーの『背骨』」と語ってきた。何代もの記者が取材を重ねてきた。番組や映画化作品を通し、裁判制度をめぐる矛盾や社会の不条理を浮かび上がらせてきた。同事件を題材とする映画は4作。1作目の「約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」(2012年)を監督した斉藤潤一は公開当時、「取材をすればするほど冤罪(えんざい)だと僕は感じている」と語っていた。担当を引き継いだ鎌田は2作目「ふたりの死刑囚」(15年)、3作目「眠る村」(18年)、そして4作目となる「いもうとの時間」の監督を務めた(「眠る村」は斉藤と共同)。

個人の時間、組織の時間

 「この『いもうとの時間』は、私たちの司法、私たちの裁判所は、こんなに危うい状態になっているという証し。やっぱり非情な世界になっていますよね」と阿武野は言う。「限りある『いもうとの時間』は収奪されていく。個人の時間は、担当者を次々と生み出せる組織の時間に太刀打ちできないんですよね」

 とはいえ、「非情」を描くだけの映画ではない。「死刑囚として死なざるを得なかった奥西勝さんの周囲にこんなに情のある人がいたんだということも、きちんと描いている」。その一人が、美代子の夫、忠三(ただみ)だ。義兄の無実を信じた彼の手紙に心揺さぶられずにはいられない。家族はもちろん、弁護士や支援者たちの思いも映っている。

 ナレーションは、仲代達矢。「現在92歳の仲代さんが絞りだすあの低音は、このドキュメンタリーの真骨頂じゃないかと思います」。仲代は、カメラが入っていけない独房内や過去をドラマとして描いた「約束」では、奥西元死刑囚を演じた。その母親役は樹木希林。

 「奥西さんが亡くなった時に、希林さんにコメントをお願いしたんです」と阿武野は振り返る。「そうしたら、『この人が89歳まで生きた理由があるのよ。ほら、弁護士がちゃんと育ってるじゃない。そして、こういう番組を作るあなたたちがいるじゃない。そのことが、奥西さんが89まで生きた意味なの。だから、奥西さんの人生は無駄ではなかった』って。ああ、見事なものの言い方だなって」

 実際、この映画は若い弁護士たちの姿も映し出している。そして、先輩から担当を引き継いだ鎌田が作っている。「人生は全部真っ暗じゃない。真っ暗な中にもちょっとした光がある」と阿武野。ほほえましい場面や茶目っ気のあるイメージ映像をしのばせているのは、「私たちのドキュメンタリーのある種の様式美」だとも言う。

 本作では、1966年に静岡県で一家4人が殺害された事件で再審無罪となった袴田巌さんの姿も映し出される。袴田さんのケースは現在の再審法の問題点を浮かび上がらせた。「今は袴田さんの再審公判が終わった後なので、再審法に関することをみんな一生懸命考えてくれたりもしている。弁護士会、それから国会議員の中にも再審法を改正すべきだという意見が超党派で、ある」という。「そこが動いていくことが大事で、この映画もそのことを後押しする力はあると思っています」

映画は時間と空間を超える

 同局は2011年から、ドキュメンタリー作品を映画化し、「東海テレビドキュメンタリー劇場」として劇場公開。「ヤクザと憲法」(15年)、「人生フルーツ」(16年)といったヒット作を含め、気鋭の作品を、地方局の放送エリアを越えて、幅広い観客に届けてきた。「いもうとの時間」は、その16作目。東海テレビドキュメンタリー劇場を牽引(けんいん)し続けた阿武野が、定年を迎えて昨年退職する前に手がけた最後の作品でもある。

 「映画は時間と空間を超えていける力を持っている。そういう意味では、大事なものは映画にしたいと思ってきました」

 今後については「残っているメンバーの奮闘ですね」と言いつつも、「私の中の妄想」を語った。「半分くらい(の作品)は英語にしてあるので、20本くらいまで頑張って、全部英語化して、サブスクで海外の人に見てほしいなって。それが日本のドキュメンタリーの一つの実例みたいな形で、ひたひたとブームになる。そのことによって逆輸入されてドキュメンタリーをみんなが楽しむというような方向へ行く……というのが、3、4年のうちに起こるんじゃないかと。妄想ですけど」

「村人」として

 退職のタイミングに合わせ、かつてディレクターとして「村と戦争」(1995年)というドキュメンタリーを撮った岐阜県東白川村の「村人」になった。戦争の記憶を持つ人が生きているうちにと始まった平和祈念館建設を追いながら、村と戦争のかかわりを描いた作品。それを上映し、語り合い、村の子どもたちに伝えていくことが、「村人になった僕の最初の使命だと思っている」という。「それが先人と戦争の歴史を学ぶ機会になって、ある種、戦争への歯止めになってくれたらなあと」

 ※「いもうとの時間」(上映時間89分)は、東京・ポレポレ東中野などで公開中。ほか全国順次公開。

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