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ネットにあふれるクルド人ヘイトの異常さ 差別される側の視点に立ってみたことありますか?「一部の問題で全体を判断しないで」

47NEWS / 2024年1月23日 10時30分

「クルドカー」に乗る青年。黒い改造クラウンは彼の自慢だ

 2023年の夏、SNS上にこんな投稿があふれた。
 「クルド人集団が暴れて埼玉県民が困っている」
 「クルド人は中東に帰れ」
 トルコから日本に来た少数民族クルド人が非難されている。言葉だけでなく、動画も一気に拡散した。内容は車の危険運転やナンパ、騒音と説明されている。
 きっかけになったのは、この年の7月に埼玉県川口市で起きた事件だ。トルコ国籍の男性が頭部などを切りつけられた。逮捕されたのは同じトルコ国籍の男性。原因は男女間のトラブルだった。関与したとして逮捕された人は計7人に上る。警察は「トルコ国籍」とだけ発表したが、関係者によると、7人はいずれもクルド人だった。
 事件後には、クルド人とみられる約100人が集まる騒ぎも起きた。場所は被害者が運ばれた病院前。被害者の親族など双方の関係者とみられる。ここでも逮捕者が出ている。警戒した警察官に対する公務執行妨害容疑だった。


 この事件に端を発するネット上の投稿には、クルドという民族への憎しみを隠さないものも少なくない。排外主義に基づいた「ヘイト」と呼ばれる行動だ。一部の人による事件で民族全体を語っていいのだろうか。私は大学院時代に約半年間埼玉県蕨市に住み、その後も就職するまでオンラインの日本語教室などを通して約2年間、在日クルド人と関わってきた。差別にさらされる彼らに今の思いを聞くと、苦悩する声が漏れた。「ごく一部の問題で、クルド全体を判断しないでほしい」(共同通信=赤坂知美)


昨年12月に川口駅前で行われたデモ

 ▽「クルドカー」の青年、悪ぶっているけれど…
 SNS上には、深夜に川口市内を走る車の映像があふれている。マナーの悪いクルド人が乗っているとして、「クルドカー」と揶揄される。市内で起きる騒音トラブルやポイ捨てにも結びつけられている。
 実情はどうなのだろう。車でよく周辺を走るというクルドの青年に取材を申し込んだ。
 12月のある日、黒のクラウンが待ち合わせ場所に現れた。運転席から現れたアリさん(仮名)は、腕や首に入れ墨がある。眉にはそり込みを入れている。つい身構えてしまう風貌だ。
 しかし、そのいかつさとは裏腹に、「恥ずかしいから、カフェに入らず車で話そう」とシャイな物言い。同席してくれたクルド人支援団体のメンバーと後部座席に乗り込んだ。緊張をほぐそうと「車、かっこいいね」と声をかけた。すると彼は、少しうれしそうに答えた。
 「これ、中古だから50万円だったんだよ。改造で100万円ぐらいになったけど」
 アリさんは20歳のクルド人。2011年に家族とともに日本に来た。学校では日本語が難しくて勉強についていけなかった。同級生ともなじめず、中学校1年生の時に学校をやめた。
 6、7年前からは在留資格のない「仮放免」の状態だ。就労は禁止され、県外移動は制限される。しかし、生活していくためには働かざるを得ない。中学校をやめて以来、父親の解体業を手伝っている。日曜日以外は朝8時から夕方5時ごろまで肉体労働だ。車も解体業で稼いで買った。クルド人の多くは運転免許を取得する際、簡単なトルコ語を話せる教官がいる教習所に行くか、英語の試験を受けるという。彼も英語の試験で免許を取得したという。
 仮放免では健康保険にも入れないため、医療費は高額になる。虫歯の治療で30万円かかったこともあった。2カ月に1度は品川にある東京出入国在留管理局(入管)に行かなければならない。親戚が入管施設に収容され、トルコに強制送還されたこともあった。
 SNS上のクルドカーへの批判についてどう思っているのだろうか。「これは俺が解体をして頑張って稼いだお金で買った。日本人も同じような車を買っている。何が悪い?」
 日本社会を生きる中、日々向けられる他者からの視線にも敏感だ。「車をコンビニに止めていると、勝手にスマホで写真を撮られた」「コンビニで商品を購入しただけで、嫌な顔をされた」
 日本人に対して伝えたいことも聞いてみた。
 「俺たちは同じ人間。俺は悪いやつかもしれない。けれどもクルド人全体が悪いわけではないでしょ」
 取材後、アリさんから「今日撮った写真を送って」と連絡が来た。人懐こい印象だったアリさん。悪ぶりながらも悩みを抱える様子は、同世代の日本人の若者たちと変わらないように思えた。
 ただ、彼らは日本社会では異物として扱われる。クルド人社会でも、地域で軋轢を生む若者たちへの批判の声はある。同席した支援団体のメンバーがつぶやいた。
 「日本人の大人にしっかりと話を聞いてもらったのは、今回が初めてだったのかもしれないね」


講演会で話すオザンさん

 ▽SNSで家族に攻撃、「黙ってられない」
 埼玉県川口市にはクルド人が多く住む。東京に比べて物価や居住費が安く、言語的に近しいイラン人が先に住んでいたことがきっかけとされる。トルコから出国する一因はトルコ政府にある。長年、クルド人に言語や独自の文化を禁じ、同化政策を進めてきた。弾圧が激化した1990年ごろから、日本に逃れてくる人が出始めた。現在は少なくとも2千人が川口市や蕨市に住むという。
 30年以上が経過しているため、若い世代は日本で生まれ育った人が多い。25歳のクルド人、オザンさんもその一人。私とは大学院時代からの付き合いだ。オザンさんは、弾圧から逃れた両親に連れられ、幼少期に来日した。トルコの記憶はない。難民申請は認められず、彼も「仮放免」の状態だ。
 小学校の頃にはいじめられ、「居場所がない」と悩んだ。そんなとき、ドキュメンタリー映画「東京クルド」に出演した。講演会などに呼ばれ、さまざまな人々と知り合った。
 オザンさんは12月、国際人権NGO、アムネスティ・インターナショナル主催の講演会に登壇。こう訴えた。
 「振る舞いや考えが全く同じ人間なんていない。一人が悪いから全体が悪いと思わないで」。自身も街ですれ違いざまに、耳元でこう言われたことがある。
 「死ね、クソ外人」
 講演会後、参加者と撮影した記念写真が、悪意を持った形でネットに拡散された。家族や恋人まで中傷の標的となった。オザンさんも黙っていない。SNSで反論した。「クルド人全てが犯罪者ですか?」「どういう神経してるんだ。なんで書く人はこんな考え方しかできないんだろう」
 自分への誹謗中傷は気にならない。ただ、家族に矛先が向いたことに黙っていられなかった。
 私は2023年末、オザンさんの妹の結婚式に招いてもらった。会場に入ると世界は一変。クルド音楽に合わせ、色とりどりのドレスを着た女性やスーツ姿の男性たちが輪になって舞っていた。
 「妹さん、とってもきれい」。そう伝えると、花嫁の兄オザンさんは顔をほころばせた。だが、すぐに表情に陰りが差す。「妹は幸せになれないってSNSで言うやつがいたんです。許せなかった」。そうしているに間も、彼の投稿に対する返信通知が何回も来ている。「赤坂さん、俺のスマホ見て。またあいつら言ってる」
 顔の見えない不特定多数から家族に向けられる憎悪には、やはり恐怖を感じる。「確かに悪いことをしているやつらはいる。批判もわかる。でも、個別のことから集団を批判するのは違う」


日本クルド文化協会のチョーラク・ワッカスさん(右)

 ▽母国から迫害、資産凍結に
 クルド人は日本に逃れてきた後も、本国からの政治的圧力を受け続けている。トルコ財務省は2023年12月までに、日本の「日本クルド文化協会」を含む2団体と個人に対してトルコ国内の資産凍結を決定した。非合法武装組織クルド労働者党(PKK)を支援したとの主張だ。
 文化協会の代表理事チョーラク・ワッカスさんは、トルコ政府の圧力だと説明する。「テロ支援もテロ活動も行っていない。トルコ地震を受けて募金を呼びかけたが、全てテント設営など復興の支援に使った」
 チョーラクさんは、政権批判が凍結につながったと考えている。「私たちは、中国のウイグルやミャンマーのロヒンギャと同じ。政府とクルド人勢力が和解し、トルコ民族とクルド民族との共生が実現する事が1番の願いです」
 日本でもクルド人に対する風当たりは強い。社会になじめず、問題を起こす同胞もいる。私たち日本人はどう向き合えばいいのか。チョーラクさんは言葉をつむいだ。「クルド、トルコのどちらかに肩入れせず、間違っている時にはたしなめるトルコの友人、クルドの友人であってほしい」


クルド人女性を対象としたセミナーの参加者たち

 ▽高まる不安、理解しあえる社会を
 在日クルド人の女性らが、母語や教育の重要性について学ぶセミナーがあり、足を運んだ。会場には不安の声が満ちていた。「中学生の息子は、クルド人だからと学校でいじめられる」「日本ではヘイトが高まっているが、ヨーロッパの他の国ではどうなのか」
 セミナーでは国内外の言語学や政治学の専門家が登壇した。ウィーン大学法学部プロジェクト長、ナーイフ・ベズワーンさん(政治学)は、日本の現状がドイツの1990年代と似ていると危機感を口にした。移民へのヘイトが高まった時期だ。
 ドイツのクルド人の中には議員や弁護士、医者など社会的地位が高いとされる職業に就く人も少なくないという。ベズワーンさんは指摘する。「日本でも言語や文化を学んだクルド人が地域に溶け込み、良いイメージに変わっていく可能性もある」


女性はセミナーで子どもへのいじめ被害を訴えた

 セミナーの最後に、日本に17年間住むというクルド人女性が手を上げた。「忘れられない思い出がある」と、エピソードを紹介した。
 タクシーでクルドの音楽をスマートフォンで再生した時のことだ。「すごくきれい。どこの国?」と運転手から尋ねられた。それをきっかけにクルド文化に関する話が弾んだ。「互いの文化などを通して、話し合うことができればいい。それで十分」。会場からは拍手がわいた。


埼玉県川口市でごみ拾い活動をするクルドの人々

 【取材後記】SNSの向こう側には生身の人間がいる
 文化が違えば摩擦も起きる。私自身、大学院時代に支援活動に携わる中で、ゴミ出しや育児、金銭感覚など日本との違いに驚くことも少なくなかった。冒頭で紹介した昨年7月の事件のように、犯罪に関わるクルド人がいることも事実だ。


被災者に炊き出しを行うクルド人ら=11日、石川県珠洲市(日本クルド文化協会提供)

 ただ、必死で日本語を勉強し、看護師や保育士になりたいと努力を重ねる子どもたちもいる。母親たちは日本の慣習になじもうと、私に細かなルールや祭り文化などを何度も質問してきた。文化協会は、防犯パトロールやゴミ拾いで地域に溶け込む活動を重ねている。元旦に発生した能登半島の地震後では、トルコ地震の恩返しにと、現地で炊き出しのボランティアを実施したクルド人たちもいた。
 一部のクルド人の行動から、民族全体を危険とみなして社会から排除しようとする空気には違和感がある。逆の立場に立って考えてみたい。私たちが海外に移住し、現地で一部の日本人が事件を起こしてルールを守らなかった場合、日本人全体が糾弾されるべきだろうか。
 SNSの向こう側に、投稿を複雑な思いで目にし、苦悩している生身の人々がいる。攻撃的な投稿をする前に、彼らに思いをはせてほしい。

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