「もう限界です」残業207時間、100日休みなし…医師は26歳で命を絶った 上司は 「俺は年5日しか休んでいない」と豪語 医者の「働き方改革」は可能か
47NEWS / 2024年3月26日 10時30分
2022年2月ごろ、大阪府の高島淳子さん(61)は、1人暮らしの次男・晨伍(しんご)さんの様子に異変を感じた。息子は医師。神戸市にある「甲南医療センター」の消化器内科に勤務し、毎日、自宅を早朝に出て深夜に帰宅する日々が続いている。土日もない。
以前から2週間に1回程度、神戸市の下宿先に寄って掃除をしたり、差し入れをしたりしていた。ただ、きれいだった部屋が次第にゴミが散乱するようになっていった。冷蔵庫にはゼリー飲料しか入っていない。
明らかな過重労働。医師の仕事が一般に大変なことは知っていたが、精神をむしばまれるほど働かせるのはやっぱりおかしい。でも、どうすればいいのか。心配する淳子さんの前で、晨伍さんはさらに危険な状態になっていった。(共同通信=禹誠美)
高島晨伍さんが生前身に着けていた白衣を手にする母親の淳子さん=2024年2月、大阪府
▽「俺は1日20時間働いた」
淳子さんは、晨伍さんがかつて「優しい上級医になりたい」と話していたことを覚えている。消化器内科医の父の背中を追って医師という夢をかなえ、センターで研修医として働き始めたのが2020年4月。
しかし、22年2月に消化器内科に配属されると、疲れた様子を見せるようになった。
職場の様子を尋ねると、指導医とのこんなやりとりを明かした。
「忙しくて勉強する時間がないと相談したら、『俺は1日20時間働いていた。年に5日しか休んでいない』と言われ、説教された」
5月のゴールデンウィークに気分転換できれば。そう思って淳子さんは食事に誘ったが、「行きたくない」と言うようになった。最終的に食事には行ったが、トイレに行き吐いていたという。「心ここにあらず。早く帰りたいと言っていた」
亡くなった「甲南医療センター」の医師高島晨伍さん(右)(遺族提供)
▽「吐き気が止まらない」
ゴールデンウィーク明けに届いたメッセージには「土日も連休も休まれへんねん」とつづられている。その週の金曜に週末の予定をメッセージで尋ねると、電話が鳴った。出ると、電話口の向こうで晨伍さんが泣いている。「100%無理。吐き気が止まらない」
心配でたまらず、車で息子の勤務先へ。車に乗せると、「もう無理や」と取り乱した様子で泣き出した。聞けば、仕事が多忙すぎて学会発表の準備が間に合わないのだという。
「延期してもらうのは」と提案しても「あかんねん」と繰り返すだけ。
「休ませてもらおう」と提案したが「訴えても無理。休職したら二度と戻れない」
とりつく島がない。翌16日も車で迎えに行ったが、車内で同じように泣き出した。ただ、最後に「ありがとう」と言われた。
晨伍さんは17日、自宅で死亡した状態で発見された。近くに遺書が置かれ、「限界です」と書かれていた。まだ26歳だった。
医師のイメージ写真(記事の内容とは無関係です)
▽長時間労働だけ?職場環境も…
過酷な勤務実態は、西宮労働基準監督署の調べで明らかになった。亡くなる1カ月前の残業時間は207時間、連続勤務は約100日間に及んでいたという。23年6月、自殺は長時間労働が原因として労災認定された。
淳子さんら遺族は、長時間労働に加えて職場環境の悪さも原因だったのではないかと考えている。淳子さんは、晨伍さんのこんな言葉を覚えているという。
「みんなが背中を向けていて、楽しいことが一つもない」
晨伍さんの兄も、職場環境の悪さが目についたと語る。兄も医師で、大阪府内で勤務している。同じ医師という立場で、弟が置かれていた状況が想像できるという。
「弟は同期がいない職場で先輩と同様の業務を割り当てられていた。日曜診療のため、土日も病院に行かねばならなかった。バスがない早朝にタクシーで家を出て、深夜にタクシーで帰宅。職場はミスをしたら必要以上に叱責されるような雰囲気の悪さで、上司のフォローも薄かったようだ」
共同通信が1月末~2月に全国の特定機能病院(88病院)を対象にしたアンケートの結果。57病院が回答
▽残業上限に「収まらない」が9割
医師の長時間労働は現在、社会問題になっている。4月からは、大学病院などの勤務医の残業時間に罰則付きの上限を設ける「医師の働き方改革」が始まる。
共同通信が1月末~2月に全国の特定機能病院(88病院)を対象にしたアンケートでは、回答した57病院の9割が、新たに始まる残業時間の上限規制に「収まらない」とした。過重労働解消は一筋縄ではいかない状況だ。
晨伍さんの兄も勤務医の1人として、医師の働き方改革に疑問を呈している。
「そもそも医師の労働への意識、関心が低いことが過労という問題の根元にある。根本解決のためには意識を高めないとならない。それには労働研修を義務化するなどしつつ、多忙な医師が部下の医師の労務管理を直接的に行うのではなく、人的資源を整え、労務管理部門を別に設けるなども必要だ。そうした医療機関に対しては、労務管理の先進として、報酬の加算を設けることも一案だ」
地域や診療科によって医師が偏在している点も指摘し、「働き方改革に先行または並行して、改善に取り組むべきだと」と訴える。
大阪地裁に向かう母親の淳子さん(中央)=2024年2月、大阪市
▽業務か、自己研さんか
甲南医療センターは、西宮労基署が認定した長時間労働に、こう反論している。「労働時間に当たらない、自己研さんの時間が含まれている」
一方、兄は「自己研さん」と業務との線引きは非常にあいまいだとした上で「幅広い業務が自己研さんとされかねない」と懸念している。「病院で患者の個人情報のかたまりであるカルテに向き合う時間は少なくとも、労働時間とするべきだ」
納得がいかない淳子さんは今年2月、夫とともにセンターの運営法人と院長に損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こしている。
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