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「ヘタクソ」「八百長」。その言葉、アスリートを傷つけています。 かつて「殺人犯」とデマを流されたスマイリーキクチさんが、パリ五輪中のSNS世論の暴走に感じたこと

47NEWS / 2024年8月22日 11時0分

バスケットボール男子1次リーグ、フランス戦第4クオーターの終了間際にフランス選手(左)を止めにいきファウルと判定された河村。3点シュートとフリースローを決められ同点に追いつかれた

 「ヘタクソだな」「引退しろ」「買収されてるんじゃないの?」―。スポーツを見ながら、高ぶった感情でこんな言葉をテレビの画面に投げつけたことはないだろうか。スポーツは人の心を揺さぶる。それだけに、負の感情も増幅されやすい。
 パリ五輪の盛り上がりの裏で、SNSには誹謗中傷の書き込みがあふれた。テレビ画面に向かっていくら罵詈雑言をぶつけても、選手の耳には届かないが、SNSは違う。言葉のやいばにさらされた選手たちはつらさを訴え、自制を求めるメッセージを発信した。
 五輪にはたびたび、ナショナリズムの発揚に利用されてきた歴史があり、国家間の競争意識は今も残る。そのためか、選手や審判が中傷の対象になりやすい。こうしたSNS世論の暴走を繰り返さないためには、どうしたらいいのだろう。


 かつて「殺人犯」とデマを流されたタレント、SNSの中傷に詳しい専門家、スポーツ文化の研究者。彼らに話を聞き、対策のヒントを探った。(共同通信=大根怜、小田智博)

 ▽「殺人犯」のデマ被害者はどう見たか


スマイリーキクチさん

 過去にインターネットで「殺人事件の犯人」とデマを流されたタレントがいる。タレントのスマイリーキクチさん(52)だ。中傷の被害者として、SNSへの軽率な投稿に警鐘を鳴らす。「自分の指先から出ている刃物を相手に向けたとき、どれくらい相手にダメージを与えるかを理解すべきだ」
 大会前半、柔道女子52キロ級の阿部詩(24)が敗戦後に号泣した。ネットでは「見苦しい」と非難の言葉が飛び交った。スマイリーキクチさんは「批判的投稿を見て『自分と同じ思いだ』と感じ、さらに拡散する負の連鎖が起きた」と語る。
 有名人にはひどい言葉をぶつけても構わないとの誤った意識を持つ人は多い。SNS利用者に対してはこう提案する。「ストレスを感じるような場面と距離を置き、SNSを見ない。車の運転と同様、情報との『車間距離』を保ってみては」

 ▽テレビの前での罵詈雑言が可視化された


国際大の山口真一准教授

 ネットの問題に詳しい国際大の山口真一准教授(社会情報学)は「昔もテレビの前での罵詈雑言はあった。現在はそうした状況がSNSで可視化され、直接言葉を投げつけることさえ可能になっている」と分析する。
 個人でできる防止策として、投稿内容を事前に読み返すことを挙げる。ただ客観的に見れば中傷でも、投稿者は正当な批判だと考えていることが多い。問題は根深い。
 山口准教授は、SNSを運営する事業者の対応が鍵を握ると見る。TikTok(ティックトック)の場合、不適切な内容だと判断されたコメントには投稿前に再検討するよう促す機能があり、一定の効果が確認されているという。
 大会中、日本選手団は「侮辱や脅迫などの行き過ぎた内容に対しては、警察への通報や法的措置も検討する」との声明を出した。山口准教授は「アスリートは個人の力が強調される分、攻撃にさらされやすい。組織やチームで選手を守ってほしい」と話した。

 ▽五輪の本質は「国別対抗戦」ではない


柔道男子60キロ級準々決勝でスペインのフランシスコ・ガリゴス(上)に一本負けした永山竜樹

 審判の判定を巡っても、SNSは過熱した。7月27日にあった柔道男子60キロ級準々決勝。金メダルを期待されていた永山竜樹(28)は、絞め技による一本負けを喫した。ただ、決着直前、審判は「待て」をかけていた。力を抜いた永山。しかし、対戦相手のは絞め技を続けていた。
 全日本柔道連盟は映像を確認した上で国際柔道連盟(IJF)に文書で抗議。SNSでは相手選手や審判に誹謗中傷が殺到した。こうした状況に、永山自身が「中傷は控えて」と訴える事態となった。
  7月30日のバスケットボール男子1次リーグ2戦目。日本は第4クオーター残り10秒で4点をリードしていた。河村勇輝(23)が相手の3点シュートを止めに入る。この動きがファウルと判定された。ファウルでのフリースローを決められ、日本は一気に追いつかれ、大事な試合を落とした。


玉木正之さん

 ところが試合後、河村が相手に触れていなかったと主張する意見と“証拠写真”がSNSで拡散する。勝敗に直結するプレー。さらに、相手が地元フランスだっただけに「忖度」「大誤審」などと怒りが渦巻いた。

 スポーツの在り方を長年考えてきた専門家はどのように見たか。スポーツ文化評論家の玉木正之さんは「誤審騒動は過去の大会でもあった。今更珍しいものではない」と話し、その例として、2000年のシドニー五輪柔道最重量級で篠原信一さんが敗れた決勝での「世紀の大誤審」を挙げる。


シドニー五輪柔道男子100キロ超級決勝での篠原信一(左)とドイエの技の掛け合い

 一方で今回は、専門家が「誤審ではない」と明言するような判定に対しても、「誤審だ」と非難するケースが目立った。特に日本選手の敗北につながった場合だ。
 玉木さんは「最近はメダル至上主義や国別対抗戦という面が強くなりすぎ、自国の選手やチームが負けた際の怒りが審判に向いてしまうのではないか」と見る。
 その上で、こう提言した。「本来、五輪の本質はスポーツを通じて平和を実現することにある。もっとそこに着眼するべきではないか」

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