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岸田首相には、ずっとのど元に刺さった小骨があった 退陣の裏で画策された続投の「奇策」【裏金政治の舞台裏⑥】

47NEWS / 2024年9月8日 10時0分

記者会見で自民党総裁選への不出馬を表明する岸田首相=8月14日、首相官邸

 自民党総裁選は現職優位の歴史がある。にもかかわらず、岸田文雄首相は再選を諦めて内閣の退陣を決めた。その最大の理由は「自民党トップなのに派閥裏金事件の責任を取っていない」という批判だ。政治不信の逆風が止まらない中、続投に向けた「窮余の策」も浮かんだが、最終的に不出馬カードを選んだ。裏金処分と政権末期の内幕を振り返った。(共同通信裏金問題取材班=杉田雄心)

▽タブー破りでも批判なし


自民党の政治刷新本部の初会合に出席し、取材に応じる菅前首相=1月11日、東京・永田町の党本部

 岸田首相が広島の地元関係者に辞意を伝えたのは、退陣会見の4日前となる8月10日だった。「私が責任を取らないと収まりがつきません」。「何でや、思い直してくれ」との慰留にも首相の意思は固かった。


 岸田降ろしの号砲を鳴らしたのは菅義偉前首相だった。通常国会が終わった6月23日、インターネット番組でこう語った。「総理自身が派閥の問題を他の派閥と同じように抱えているわけで、責任をとっていなかった。いつとるのかと、みんな見ていたけど、結局その責任について触れずに今日まできている。そのことについて不信感というのは一般の国民は結構多いと思う」
 実は自民党には「前首相は現職首相を批判しない」という不文律がある。1979年に大平正芳首相と福田赳夫前首相が鋭く対立し、党分裂寸前となった「40日抗争」の教訓からだ。


1978年11月28日、自民党総裁予備選で1位になった大平正芳氏(左)と会談する福田赳夫首相=首相官邸

 ただ、菅氏のタブー破りを批判する議員は少なかった。「現状の低支持率の岸田内閣では衆院選に勝てない」(閣僚経験者)という党内の大勢を代弁した発言だったからだ。
 岸田首相にとってトップの政治責任論はのど元に刺さった小骨のような存在となった。

 ▽執行部にA、B、C案が提示された


裏金事件の処分を巡る自民党執行部の関係

 そもそも自民党執行部が下した裏金処分はどう決まったのか。時は4月2日に戻る。午後3時17分、国会3階の自民党幹事長会議室に岸田首相、麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長、森山裕総務会長の4人がそろった。そこで配られた紙には「A、B、C」の順に書かれた三つの処分案が並んでいた。
 焦点は安倍派(清和政策研究会)幹部の「5人組」と二階派(志帥会)の武田良太事務総長の処遇だった。C案は2022年8月、安倍派で裏金復活について協議した塩谷立、世耕弘成、下村博文、西村康稔の4氏をまとめて離党勧告とするものだった。だが、突っ込んだ議論もなく選択肢から外れる。萩生田光一前政調会長らを「選挙での非公認」とするA案も「前例がない」ことを理由に却下された。
 残ったのはB案。塩谷、世耕両氏を離党勧告、下村、西村、高木毅、武田の4氏を党員資格停止とし、萩生田氏は党役職停止とする内容だった。高木、武田両氏は直近で安倍、二階両派の事務総長に就いていた点が考慮された。麻生氏が推していた内容だった。
 ところが、すんなり進まない。午後4時8分、岸田首相が森山氏を伴って、近くの自民党総裁室に入ると、小渕優子選対委員長や渡海紀三朗政調会長、関口昌一参院議員会長が待っていた。ここでB案に渡海氏らから異論が出る。「二階派と安倍派は悪質性が異なる。武田と高木が同列なのはおかしい」。「事務総長経験者の松野博一氏も党員資格を停止すべきだ」との指摘が出た。岸田首相は森山氏を残し、再び麻生、茂木両氏が待つ部屋へ向かった。


自民党の選対本部会議を終えた麻生副総裁=7月25日、東京・永田町の党本部

 麻生氏は武田氏の党員資格停止にこだわった。事情を知る党幹部は「2人は地元福岡で長く対立している。遺恨試合が東京に持ち込まれた」と解説する。そもそも首相が国会の2部屋を伝書バトのように行き来する異例の対応をとったのは、処分基準を巡って執行部内で抜き差しならない見解相違があったからだ。
 首相にとって、麻生氏は政権発足以来の後ろ盾。といっても「理」にかなっているのはいずれか。判断を託された首相は熟慮の末、4日朝に麻生、森山両氏に「武田氏は党役職停止1年とします」と仁義を切った。

 ▽もう一つの伏線が敷かれていた

 一方、異論が出なかったのは萩生田氏の党役職停止案だ。萩生田氏は安倍派の若手から人望が厚い。厳しい処分で恨みを買えば総裁選でしっぺ返しをくらう―。再選を目指す岸田首相だけでなく、「ポスト岸田」をうかがう茂木氏も思惑が一致した。
 もう一つの伏線は、二階派会長の二階俊博元幹事長の処分外しだ。この10日前、次期衆院選への不出馬を表明していた。二階派は支出を実際より計約3億8千万円少なく記入していた。二階氏個人も還流金が党内で最多の3526万円に上った。「合法的裏金」とされる政策活動費を幹事長として計約50億円使っていた。二階氏が現役のままなら重い処分を科すのが論理の必然だった。不出馬で処分論を事前に封じるしかなかった。
 4月4日、自民党は39人の処分を決めた。実態解明が不十分なままだったが、岸田首相が国賓として訪米する前に「決着」させたいとの政治スケジュールが優先した。


自民党が決めた処分

 安倍派の衆院側、参院側でトップだった塩谷立、世耕両氏を離党勧告とし、下村、西村両氏に党員資格停止1年、高木氏に同6カ月を科した。不記載額が500万円未満だった45人については正式処分とは一線を画し「幹事長からの厳重注意」となった。

 ▽岸田首相は開き直った

 処分発表の翌日、衆院内閣委員会でこんなやりとりがあった。
 立憲民主党の山岸一生議員 「派閥会長であった二階さんを処分しないことで、同じく派閥会長であった岸田総理御自身も処分しないことの理由にしているとしか思えない」


衆院予算委で質問する山岸一生氏(立憲民主党・無所属)=2月6日

 岸田首相 「党の規則やルールに従った判断だ」
 食い下がる山岸氏に岸田首相はこう開き直った。「最終的には国民の皆さん、そして党員の皆さんに御評価、御判断いただく、それが自由民主党という政党の総裁の立場である」
 この時点で、岸田首相の政治責任が総裁選の重要争点となる路線が敷かれた。

▽鈍感力の矜恃

 東京都知事選の余韻さめやらない7月8日、首相公邸に森山、渡海、小渕3氏が人目を避けながら入った。岸田首相と向き合った3人は「岸田首相の総裁再選を支持します。辞めるべきだ、なんていう人は無責任だ」と激励した。しかし、岸田首相は聞き置くにとどめた。これ以降、森山氏は周囲に「総理は裏金の責任問題を非常に気にしている」と漏らすようになった。ちまたでは「鈍感力の岸田さんは総裁選へやる気満々だ」との見方が広まっていた。
 時期を同じくして、首相周辺で、衆院解散を来年以降に先送りする案が浮上した。やがて、岸田首相自身が「総裁に再選したとしても、今は衆院解散のタイミングじゃない」と周囲に語るようになった。金融市場の行方や不安定な国際情勢を理由に挙げたものの、「岸田首相が再選されれば衆院選で大敗する」との不安から浮足立つ議員心理を沈静化させようという思惑が透けた。
 岸田首相の再選とセットで語られた解散先送り論は、実質的には「有権者に信を問う」ことを恐れて、解散権という伝家の宝刀を封じる「奇策」に他ならなかった。この「続投」と「退陣」の2案が手元に置かれていたとみられる。
 8月14日の退陣会見で、岸田首相は「自民党が変わることを示す、最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことであります。政治とカネをめぐる問題が発生してから、トップとしての責任の在り方については思いをめぐらしてきました」とこみ上げる涙をこらえながら語った。


記者会見で自民党総裁選への不出馬を表明した岸田首相=8月14日、首相官邸

 どんな思いで最終的に不出馬を決めたのか。ヒントとなるのが「信なくば立たず(政治は民の信頼なしに成り立たない)」と首相がたびたび公言していたことだ。解散先送りの奇策は、この政治信条と整合しなかったというわけだ。政治家としてのぎりぎりの矜恃と「鈍感力」とは異なる心の内が退陣決断から垣間見えた。

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