「避難情報早くなった」、気象防災のスペシャリスト雇う自治体は効果実感も…活用全国に広がらず、なぜ?
47NEWS / 2024年9月9日 10時0分
昨年6月、台風2号からの暖かく湿った空気が前線に流れ込み、各地で大雨となった。自治体は豪雨対応を迫られることに。そんな中、千葉県野田市では6月2日夕方、元気象庁予報官の伊東譲司さん(76)が職員に警戒を促した。「土砂災害警戒情報がいつ出てもおかしくない」。これがスイッチとなり、野田市は避難所の開設準備を始めた。
翌日未明、実際に警戒情報が発表され、野田市は避難指示を出すことになった。
伊東さんのように、災害の恐れがあるときに首長の右腕となり、避難情報発表の必要性などを助言する人は「気象防災アドバイザー」と呼ばれる。半年以上にわたる研修を受講した気象予報士や気象庁OBで、国土交通大臣が認定したスペシャリストだ。野田市は伊東さんが加わったことで、災害への備えが変わったという。「避難情報の判断が早くなった」
だが、2023年度にアドバイザーを任用していたのは21都道府県の40団体にとどまっている。なぜ広がっていないのだろうか。(共同通信=米津柊哉)
※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。
▽命を守る仕事ができるのがやりがい
伊東さんは、気象庁を退職後の2022年度に気象防災アドバイザーとして野田市に任用された。普段は公民館などに出向いて防災の話をし、いざ台風が近づくなどした際には登庁して市長を支える。「人の命を守る仕事ができる」のがやりがいだ。
昨年6月の台風2号では、伊東さんは専門資料を分析し、地元の気象台とも協議しながら対応を進め、予想を的中させた。市防災安全課の森下元博課長が「これまでよりスムーズに対応できた」と話すように、果たす役割は大きい。
▽経験豊富で「説得力違う」
福祉施設の職員らの勉強会で講演する気象防災アドバイザーの志田昌之さん=6月、北海道滝川市
北海道で活動するアドバイザーの志田昌之さん(69)は、気象台長などを歴任した経験を持つ。今年6月、滝川市であった「災害時に福祉施設利用者の身をどう守るか」というテーマの研修会で、市や福祉施設の職員を前に講演した。
想定される水害や、大雨時に発表される情報を時系列で細やかに解説する。「長時間広い範囲で大雨になり、水位が上昇して堤防が決壊し、川から水があふれ出す」
参加した市職員は「経験のある人の話は説得力が違う。同じレベルでの説明は職員では難しい」と脱帽した様子だった。
▽避難情報遅れきっかけに誕生
そもそも気象防災アドバイザーはなぜ生まれたのか。きっかけは2014年に広島市で77人が犠牲になった土砂災害だった。市の避難勧告(当時)発表が遅れた。
気象災害が頻発する中、避難情報を出すのは身近な市区町村の役割だが、自治体は人事異動が頻繁で気象や防災の専門人材が育ちにくい状況にある。「専門家が自治体を支援できる体制が必要だ」との声が上がり、2017年度に運用が始まった。
市区町村などに任用されると、普段は自治体内での研修や住民への啓発活動を行う。災害時は自治体で気象状況の解説をしたり、首長に避難情報発表の判断を進言したりする。まさに、千葉県野田市の伊東さんのような働きが想定されているのだ。
アドバイザーになるために受ける気象庁の研修で学ぶことは「危険な地質の見つけ方」「災害対策本部における対応」など多岐にわたる。全国で委嘱されている気象防災アドバイザーは、今年4月時点で272人。それぞれの活動する地域で、きめ細やかな気象解説を担う「気象防災のスペシャリスト」となることが期待されている。
▽自治体「避難情報の判断は難しい」でもアドバイザーは広がらず
内閣府は2021年度、123自治体を対象にアンケート調査を実施した。
避難情報の発表についての質問では、「土砂災害の危険度分布や河川の水位などが刻々と移り変わるため、判断が難しい」との回答が66%に上った。他に、判断が難しい理由として「内容が専門的」を挙げた回答も24%あった。
また、防災の知識を持つ職員が足りているかどうかという問いには85%が「いいえ」と答えた。
気象防災アドバイザーの潜在需要は高いはずだ。
ところが、活動は広がっていない。気象庁によると、アドバイザーを2023年度中に任用していたのは21都道府県の40団体にとどまっていた。
最も多かったのは愛知県で5団体。埼玉県が4団体、東京、千葉、島根の3都県が各3団体と続いた。常勤や週数回の非常勤など任用形態は団体によって異なる。
▽理由を尋ねると
福祉施設の職員らの勉強会で講演する気象防災アドバイザーの志田昌之さん=6月、北海道滝川市
なぜ専門人材に不足感があるのに任用が進んでいないのか。自治体に理由を尋ねてみると、こうした声が聞かれた。
「いてくれれば良いが、防災よりも差し迫る課題の方に予算が付きやすい」
「災害対応時はウェブ会議で気象台と連携を取っており、アドバイザーは必要ない」
「気象台と密に連携しており、それで十分だと考えている」
気象庁が2022年度に実施したアンケートでは、全国で6割弱の自治体が「活用する意向はない」と回答していた。
この自治体と、「活用する意向はあるができていない」とした自治体がアンケートで挙げた理由は「予算の確保が困難」が最多の58%だった。次いで「依頼できる業務の内容がよく分からない」が54%。財源的な制約や仕組みの周知不足がハードルになっているようだ。
▽気象庁「メリット伝え切れていない」
気象庁は、自治体にアドバイザーの活用を試行してもらう事業を行うなど任用の拡大に力を注いでいる。気象庁の担当者はこう語った。
「アドバイザーは自治体目線で防災対応ができる。だが、そのメリットを伝え切れておらず、具体的な好事例を示して任用を働きかけたい。人材不足の課題もあり、中長期的に育成に取り組んでいきたい」
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